新人種の娘

如月あこ

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第九章 正義と、確固たる悪

4、

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 なんだか無性に悔しかった。
 唇を噛んで、飯嶋を殺そうと首に力を込める。
 いや、込めたつもりだった。けれど、殺せない。殺したいのに。
 小毬のなかの何かが邪魔をして、身体が自分のものではないような気さえして、ただただ唇を噛んだ。血の味がした。
「……共存の道は、なかったの?」
「残念だけど、新人種を作りだした過程に問題がある。新人種とヒト、お互いの認識も違う。和解するとしたら、数十年から百年は時間が必要だと思うな。そのころには、新人種は絶滅しているだろう。だから無理だろうね」
 小毬は、目を伏せた。
 飯嶋の首から手を放そうとしたとき。
 ふいに、ドアを叩く音がした。とっさに飯嶋の首に当てた手に力を込める。
「いないって言って」
「……それって無理があるよね。用事中ってことにしたいけど、たぶん勝手に入ってくるんじゃないかなぁ」
 そう言いながらも、飯嶋は「今は取り込み中だから、あとにして」と告げる。息を殺してじっとドアを見つめる小毬の視線の先、ドアはゆっくりと外側に開いた。
 長い髪と紅を塗ったような真っ赤な唇が、視界に飛び込んできた。
「ナニ言ってんの? 閣下が『A』を連れてこいって言ったんじゃ――」
 言葉を途切れさせたのは、紅三郎だった。大きく目を見張り、右手に掴んでいた鎖を引っ張る。じゃらり、と音をたてた鎖の先には、十歳ほどの新人種の少年が繋がれていた。
 思わず、少年を凝視する。子どもには不釣り合いなほど強固な鎖に、猿轡。縛られていないのは足だけで、少年はほとんど引きずられるようにしてそこにいた。
 紅三郎は軽く口笛をふくと、後ろ手でドアを閉めた。そして、流れるような動きで懐から拳銃を取り出し、小毬に向ける。
「やぁ、コマリちゃんじゃないか。面白い場面に出くわしちゃったなぁ」
 紅三郎は小毬の視線を辿って少年を見ると、肩をすくめてみせた。
「ああ、コレ? コレは、うちで飼ってるモルモット。貴重な最後の新人種だよ。ちなみに『A』って呼んでる。まぁ、そんなことどうでもいいか。キミさ、もしかして窓から入ってきたの?」
 小毬は紅三郎を睨み、飯嶋を前に突き出すようにした。
「銃を下ろして。じゃないと、この人を殺すから」
「ふぅん」
 紅三郎の銃を持つ手が、軽く上に跳ね上がる。
 それが何を意味するのか、最初はわからなかった。拳銃は撃てば爆発音に近い音をたてると思っていたのだ。
 紅三郎が発砲したのだと気づいたのは、飯嶋が崩れるように倒れたときだった。
「……え」
 飯嶋は胸を押さえ、床の絨毯をきつく握りしめた。そして次の瞬間、口から血を吐いた。口からぼたぼたと血を滴らせながら、飯嶋は浅く呼吸をする。
「しぶといね、さすが元帥閣下」
 小毬が飯嶋の傍にしゃがんだ瞬間、飯嶋の頭が後ろへ反れた。額には、焼け跡のような丸い銃痕。折れてしまうんじゃないかと思うほどに後ろに反れた首が、飯嶋の身体を伴って床に倒れ込んだ。
 あっという間に血が絨毯を濡らし、血溜まりが出来ていく。
 紅三郎に撃たれたのだ、ととっさに理解した。理解したが、頭がついていかない。ここで暮らしているのなら、紅三郎とて元帥である飯嶋の部下ではないのか。
「どうして」
「んー、人質とか面倒だったし? ああ、心配はいらないよ。閣下を殺したのは、キミだってことにしておくから。そしたらキミは殺人者だ。どこにも逃げられない。ワタシが研究材料にしてあげるよ」
 そう告げると、紅三郎は肩を揺らした。
「ふ、あはっ、あはははははははっ!」
「……何がおかしいの」
「ワタシはね、トワが死ぬなんて思ってなかった。彼は『特別』だから。正直、トワの死体を見たときは焦ったよ。でも、うん。そういうことか。どういう仕組みか気になるなぁ。キミ、トワから『特別な力』を受け継いだんでしょ? ヒトと新人種は別の生き物だから交配もできない。なのに、キミは今、ヒトでありながら新人種に近い力がある」
 紅三郎の視線が割れた窓へ向く。
「ここは三階だよ」と言って、にんまりと笑った。
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