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第八章 ぬくもり
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「すごくないよ、この辺の子どもは大体進学する高校だから」
「……その高校に受からなかったのがあたしです」
確かに未来の言うように、未来はある程度ランクが低めの高校へ進学した。電車で一時間以上と場所は遠めだが、施設で育った者にも優しい制度があるらしく、この施設から進学していく者も稀にいるという。
未来は、「それにー」と言葉を続ける。
「お姉ちゃん、なんかクールだし。すごくかっこいいよ」
「かっこよくなんかないよ」
「えー、そんなことないよ。決断力とかあるし、一人で生きていけそう。あたし、いっぱいいろんな人に迷惑かけて、頼って、なんとか生きてるって感じだもん」
未来は恥ずかしそうに笑うと、照れ隠しのように冷茶を飲んだ。
小毬もまた視線を落とし、手元の冷茶を眺める。
(……私は、未来が羨ましかった)
未来は、皆から愛されている。なんでも上手くこなして、悩みなどないかのように笑っていた。
(馬鹿だ、私は)
未来もまた、小毬のように自身が愚かであることに気づいていたのだ。そして、未来は皆から愛されるように努力していた。思い返せば、未来が微笑んでいない日はなかった。
未来は運がいいのでもなければ、生まれ持って愛くるしさを持っていたわけではないのかもしれない。前向きに物事をとらえ、一生懸命生きてきたからこそ、皆から愛された。それらは、未来が得るべくして得たものだったのだろう。
それに引き替え、小毬は一体なにをした?
何も努力せず、ただ人を羨み、勝手に幻滅して、自分に絶望した。
目の前の未来を、そっと見る。
(ここは、温かかった)
飛龍島にいた新人種たちだけが、小毬を受け入れてくれたのだと勘違いしていた。与えられるものばかり当然のように受け入れて、未来が得たものを羨んだ。
(当たり前すぎて、何も気づいていなかった)
ここには未来がいる。義母もいる。誠次も来るたびに声をかけてくれた。ほかにも兄弟がいる。学校に通って勉強も出来た。雨風を凌げる部屋もある。食事にも困らなかった。
故郷は、最初から小毬を受け入れてくれていたのだ。
「早く、お姉ちゃんにトワを会わせたいなぁ」
ふいに呟かれた言葉に、小毬はこぼれんばかりに目を見張った。
「……え?」
「あ、気が早い? この子の名前」
そう言って、未来はお腹に手を当てる。
「永遠って書いて、トワ。あ、男の子ならね。女の子なら小毬って名前にしようと思ってたんだけど、お姉ちゃんが帰って来てくれたから、ややこしくなるかな?」
「どうして、トワって名前にしたの」
「あたしにね、お兄ちゃんがいたって話したっけ?」
小毬は静かに身体が強張るのを感じた。
首を横に振ると、未来は自慢げに話しはじめる。
「あたしね、三歳まではお母さんのお友達だった新人種研究員? だっけ? の人のところで暮らしてたの。そのときに聞いたんだ。あたしにはお兄ちゃんがいたの。二人いたらしいんだけど、その一人が、トワ。永遠って書いて、トワって言うんだって」
「……永遠(えいえん)」
「そう。あたしの名前の『未来』っていうのも、お兄ちゃんの名前から考えついたんだって。素敵だと思わない? トワ。ねぇ、お姉ちゃ――」
未来が慌てたように、小毬の傍へやってきた。
「お、お姉ちゃん。どうしたの、あたし酷いこと言っちゃった?」
え、と短く答えたとき、頬を伝うものがあった。慌てて頬を手の甲で擦るが、溢れる涙は止まらない。何度もぬぐったが止まらないので、結局流れるに任せた。
ここは温かい。
温かすぎて、否応なく飛龍島での生活を思いだしてしまう。
――生きろ
トワの声が聞こえた気がした。
どうして小毬だけが生き残ってしまったのだ、と思っていた。
けれどそれは違う。
小毬だけが偶然生き残ってしまったのではない。
両の手を見た。
つい先ほど負ったはずの親指から指の付け根にかけての傷が、まるで最初から何も無かったかのように完治していた。
「……その高校に受からなかったのがあたしです」
確かに未来の言うように、未来はある程度ランクが低めの高校へ進学した。電車で一時間以上と場所は遠めだが、施設で育った者にも優しい制度があるらしく、この施設から進学していく者も稀にいるという。
未来は、「それにー」と言葉を続ける。
「お姉ちゃん、なんかクールだし。すごくかっこいいよ」
「かっこよくなんかないよ」
「えー、そんなことないよ。決断力とかあるし、一人で生きていけそう。あたし、いっぱいいろんな人に迷惑かけて、頼って、なんとか生きてるって感じだもん」
未来は恥ずかしそうに笑うと、照れ隠しのように冷茶を飲んだ。
小毬もまた視線を落とし、手元の冷茶を眺める。
(……私は、未来が羨ましかった)
未来は、皆から愛されている。なんでも上手くこなして、悩みなどないかのように笑っていた。
(馬鹿だ、私は)
未来もまた、小毬のように自身が愚かであることに気づいていたのだ。そして、未来は皆から愛されるように努力していた。思い返せば、未来が微笑んでいない日はなかった。
未来は運がいいのでもなければ、生まれ持って愛くるしさを持っていたわけではないのかもしれない。前向きに物事をとらえ、一生懸命生きてきたからこそ、皆から愛された。それらは、未来が得るべくして得たものだったのだろう。
それに引き替え、小毬は一体なにをした?
何も努力せず、ただ人を羨み、勝手に幻滅して、自分に絶望した。
目の前の未来を、そっと見る。
(ここは、温かかった)
飛龍島にいた新人種たちだけが、小毬を受け入れてくれたのだと勘違いしていた。与えられるものばかり当然のように受け入れて、未来が得たものを羨んだ。
(当たり前すぎて、何も気づいていなかった)
ここには未来がいる。義母もいる。誠次も来るたびに声をかけてくれた。ほかにも兄弟がいる。学校に通って勉強も出来た。雨風を凌げる部屋もある。食事にも困らなかった。
故郷は、最初から小毬を受け入れてくれていたのだ。
「早く、お姉ちゃんにトワを会わせたいなぁ」
ふいに呟かれた言葉に、小毬はこぼれんばかりに目を見張った。
「……え?」
「あ、気が早い? この子の名前」
そう言って、未来はお腹に手を当てる。
「永遠って書いて、トワ。あ、男の子ならね。女の子なら小毬って名前にしようと思ってたんだけど、お姉ちゃんが帰って来てくれたから、ややこしくなるかな?」
「どうして、トワって名前にしたの」
「あたしにね、お兄ちゃんがいたって話したっけ?」
小毬は静かに身体が強張るのを感じた。
首を横に振ると、未来は自慢げに話しはじめる。
「あたしね、三歳まではお母さんのお友達だった新人種研究員? だっけ? の人のところで暮らしてたの。そのときに聞いたんだ。あたしにはお兄ちゃんがいたの。二人いたらしいんだけど、その一人が、トワ。永遠って書いて、トワって言うんだって」
「……永遠(えいえん)」
「そう。あたしの名前の『未来』っていうのも、お兄ちゃんの名前から考えついたんだって。素敵だと思わない? トワ。ねぇ、お姉ちゃ――」
未来が慌てたように、小毬の傍へやってきた。
「お、お姉ちゃん。どうしたの、あたし酷いこと言っちゃった?」
え、と短く答えたとき、頬を伝うものがあった。慌てて頬を手の甲で擦るが、溢れる涙は止まらない。何度もぬぐったが止まらないので、結局流れるに任せた。
ここは温かい。
温かすぎて、否応なく飛龍島での生活を思いだしてしまう。
――生きろ
トワの声が聞こえた気がした。
どうして小毬だけが生き残ってしまったのだ、と思っていた。
けれどそれは違う。
小毬だけが偶然生き残ってしまったのではない。
両の手を見た。
つい先ほど負ったはずの親指から指の付け根にかけての傷が、まるで最初から何も無かったかのように完治していた。
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