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第四章 『A』
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飛龍島近郊にある小島に、名はない。
小島と言っても戦艦が入港できる規模の港と三百人が暮らす基地を完備しているのだから、かなりの規模と言ってもいいだろう。
綿貫誠次がこの小島にある基地へ配属されたのは、つい三か月前のことだった。兼ねてより新人種特殊軍及び新人種研究機関を統括している飯嶋大門元帥の補佐官にならないかという話はあったが、誠次は丁重にお断りをしてきた。
この国に五人しかない元帥の一人を直属の上司に持てる栄えある立場は、新人種研究機関の研究員であった義兄の功績に寄るものだ。義兄が何をなして何を得たのか。新人種に関する研究は極秘とされているために、誠次は何も知らない。そんな何も知らない状態で突然元帥補佐官にならないかと声がかかったのだから、喜びよりも驚きが勝った。
政府関係者が住居としている基地の端から、渡り廊下で繋がっている研究施設へ向かう途中、誠次は足を止めた。
真夏だというのに、窓から入ってくる風は涼やかで心地よい。そよ風に髪を揺らしつつ窓の外を覗けば、ここから二キロほどの場所に飛龍島が見えている。
もしかしたら、あそこに彼女がいるかもしれない。
「ふふふっ、誠次じゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」
ふいに名を呼ばれて、振り返る。
研究施設方面から歩いてくる青年がいた。名前は、芳賀麻紅三郎。長い髪を頭上で一つに結び、両手の手首にはしゃらしゃらと音がなるほどに多くの腕輪をつけている。指先には真っ赤なマニキュアが艶やかに輝いていた。
世間一般では美しい、いや、絶世の美男子という容姿に入る容貌をしている……らしい。どこか妖艶でもあり、整い過ぎた顔立ちは気味が悪くもある、と誠次は思う。
「芳賀魔研究所長が、こんなところで何をしてるんだ」
「ちょっとソッチ側に用事でね。それで?」
「何が」
「例の彼女は見つかったかい? きみの姪っこの義姉、だっけ。ややこしいなぁ」
姪である未来は、内陸にある樹塚町という辺鄙な場所で暮らしている。両親が他界し、誠次も仕事柄彼女を引き取れないために、誠次や未来の母親が生まれ育ったという地域にある児童養護施設に入っていた。
その未来が、実の姉のように慕っている少女がいる。
名は、霧島小毬。
誠次自身、何度も顔を合わせており、言葉も交わしたことがある。
その小毬が、一年ほど前に新人種にさらわれた。ちょうど夏休みを目前とした、真夏だったころのように思う。
誠次は、感情を堪えるように拳を握りしめる。
「俺の力が足りないばかりに、小毬ちゃんがさらわれたんだ」
「足りないのは力っていうより頭じゃないの? ま、それはいいや」
紅三郎はにんまりと口の端をつりあげた。
「誠次にとって、そんなにその子が大事なの?」
「俺は、あの場に居たんだ。銃声を聞いて、すぐに――」
「駆けつけたけど、間に合わなかった。コマリちゃんは、新人種に連れ去られた」
「そうだ。助けられなかった。……わかってたんだ。新人種が近郊に潜んでいたことは。なのに、小毬ちゃんは俺の目の前でさらわれた」
紅三郎は、ため息をついて肩をすくめてみせる。
「責任感じちゃって、誠次はホントに真面目だねぇ。元帥閣下からの誘いを断り続けたのも、内地で小毬ちゃん探しに奔走してたからなんでしょ」
ぐ、と誠次は言葉につまった。
小毬がさらわれて以後、誠次はあらゆる手段を使って小毬を探した。新人種は見目が特異なため、激しく目立つ。すぐに居場所は掴めると思っていた。
けれど、どれだけ捜索範囲を広げても、新人種の所在はわからないまま。新人種特殊軍も動いての捜索だったが、半年が過ぎたころに捜査は打ち切りになった。
――『本土に、新人種はいない』
何を根拠にそう言い切るのかわからないが、それが顔も知らない上層部が下した決定である。
誠次は思った。
本土に居ないのなら、小毬とあの新人種はどこにいる?
新人種が本土から移動し、身をひそめられる場所など一つしかない。飛龍島だ。新人種が住まうあの島に、小毬は連れ去られたのだ。
そう思うのは、安直すぎるだろうか。だが、ほかに考えられない。どちらにしろ、可能性は一つずつ潰していくべきだ。
誠次は再び、飛龍島を眺める。
「この基地は、飛龍島に近いから。ここに居れば、いつかあの島へ入れるかもしれない。そしたら、小毬ちゃんを探して連れ戻すんだ」
そのために、誠次は飯嶋大門元帥の誘いを受けたのだ。
この、飛龍島にもっとも近い基地へ身を置くために。
「もう死んでるかもよ」
「紅三郎!」
「わ、怒鳴らないでよ」
紅三郎は不満げに唇を尖らせた。けれどもすぐに、意地の悪そうなにやにやとした笑いを浮かべる。
「誠次とは、もう十年来の友だよね。歳も同じだし。まぁ、地位は断然ワタシのほうが上だけどさ。頭もワタシのほうがいいし、外見もワタシの圧勝だよね」
「簡潔に言ってくれないか」
「じゃあ言うけどさ。きみから聞いた話、おかしくない?」
誠次は眉をひそめ、皺のよった眉間を右手で押さえた。
小島と言っても戦艦が入港できる規模の港と三百人が暮らす基地を完備しているのだから、かなりの規模と言ってもいいだろう。
綿貫誠次がこの小島にある基地へ配属されたのは、つい三か月前のことだった。兼ねてより新人種特殊軍及び新人種研究機関を統括している飯嶋大門元帥の補佐官にならないかという話はあったが、誠次は丁重にお断りをしてきた。
この国に五人しかない元帥の一人を直属の上司に持てる栄えある立場は、新人種研究機関の研究員であった義兄の功績に寄るものだ。義兄が何をなして何を得たのか。新人種に関する研究は極秘とされているために、誠次は何も知らない。そんな何も知らない状態で突然元帥補佐官にならないかと声がかかったのだから、喜びよりも驚きが勝った。
政府関係者が住居としている基地の端から、渡り廊下で繋がっている研究施設へ向かう途中、誠次は足を止めた。
真夏だというのに、窓から入ってくる風は涼やかで心地よい。そよ風に髪を揺らしつつ窓の外を覗けば、ここから二キロほどの場所に飛龍島が見えている。
もしかしたら、あそこに彼女がいるかもしれない。
「ふふふっ、誠次じゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」
ふいに名を呼ばれて、振り返る。
研究施設方面から歩いてくる青年がいた。名前は、芳賀麻紅三郎。長い髪を頭上で一つに結び、両手の手首にはしゃらしゃらと音がなるほどに多くの腕輪をつけている。指先には真っ赤なマニキュアが艶やかに輝いていた。
世間一般では美しい、いや、絶世の美男子という容姿に入る容貌をしている……らしい。どこか妖艶でもあり、整い過ぎた顔立ちは気味が悪くもある、と誠次は思う。
「芳賀魔研究所長が、こんなところで何をしてるんだ」
「ちょっとソッチ側に用事でね。それで?」
「何が」
「例の彼女は見つかったかい? きみの姪っこの義姉、だっけ。ややこしいなぁ」
姪である未来は、内陸にある樹塚町という辺鄙な場所で暮らしている。両親が他界し、誠次も仕事柄彼女を引き取れないために、誠次や未来の母親が生まれ育ったという地域にある児童養護施設に入っていた。
その未来が、実の姉のように慕っている少女がいる。
名は、霧島小毬。
誠次自身、何度も顔を合わせており、言葉も交わしたことがある。
その小毬が、一年ほど前に新人種にさらわれた。ちょうど夏休みを目前とした、真夏だったころのように思う。
誠次は、感情を堪えるように拳を握りしめる。
「俺の力が足りないばかりに、小毬ちゃんがさらわれたんだ」
「足りないのは力っていうより頭じゃないの? ま、それはいいや」
紅三郎はにんまりと口の端をつりあげた。
「誠次にとって、そんなにその子が大事なの?」
「俺は、あの場に居たんだ。銃声を聞いて、すぐに――」
「駆けつけたけど、間に合わなかった。コマリちゃんは、新人種に連れ去られた」
「そうだ。助けられなかった。……わかってたんだ。新人種が近郊に潜んでいたことは。なのに、小毬ちゃんは俺の目の前でさらわれた」
紅三郎は、ため息をついて肩をすくめてみせる。
「責任感じちゃって、誠次はホントに真面目だねぇ。元帥閣下からの誘いを断り続けたのも、内地で小毬ちゃん探しに奔走してたからなんでしょ」
ぐ、と誠次は言葉につまった。
小毬がさらわれて以後、誠次はあらゆる手段を使って小毬を探した。新人種は見目が特異なため、激しく目立つ。すぐに居場所は掴めると思っていた。
けれど、どれだけ捜索範囲を広げても、新人種の所在はわからないまま。新人種特殊軍も動いての捜索だったが、半年が過ぎたころに捜査は打ち切りになった。
――『本土に、新人種はいない』
何を根拠にそう言い切るのかわからないが、それが顔も知らない上層部が下した決定である。
誠次は思った。
本土に居ないのなら、小毬とあの新人種はどこにいる?
新人種が本土から移動し、身をひそめられる場所など一つしかない。飛龍島だ。新人種が住まうあの島に、小毬は連れ去られたのだ。
そう思うのは、安直すぎるだろうか。だが、ほかに考えられない。どちらにしろ、可能性は一つずつ潰していくべきだ。
誠次は再び、飛龍島を眺める。
「この基地は、飛龍島に近いから。ここに居れば、いつかあの島へ入れるかもしれない。そしたら、小毬ちゃんを探して連れ戻すんだ」
そのために、誠次は飯嶋大門元帥の誘いを受けたのだ。
この、飛龍島にもっとも近い基地へ身を置くために。
「もう死んでるかもよ」
「紅三郎!」
「わ、怒鳴らないでよ」
紅三郎は不満げに唇を尖らせた。けれどもすぐに、意地の悪そうなにやにやとした笑いを浮かべる。
「誠次とは、もう十年来の友だよね。歳も同じだし。まぁ、地位は断然ワタシのほうが上だけどさ。頭もワタシのほうがいいし、外見もワタシの圧勝だよね」
「簡潔に言ってくれないか」
「じゃあ言うけどさ。きみから聞いた話、おかしくない?」
誠次は眉をひそめ、皺のよった眉間を右手で押さえた。
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