新人種の娘

如月あこ

文字の大きさ
上 下
27 / 66
第三章 日々の暮らしと、『芳賀魔巌二』

6、

しおりを挟む
 けれど、青年らが哀れだとは思わない。彼らには酷い目にあったのだ。死んでほしいとまでは言わないけれど、罰は受けてほしい。
 まだあの日のことを思い出すだけで身体が震え、頭のなかが真っ白になってしまう。そっと、自分の両腕を抱いたとき。
「ねぇ、あんたの故郷の話、聞かせなさいよ」
 ふいに、百合子が言った。ぺろりと指先を舐めた彼女は、二つ目のおにぎりを手に取っている。
「あんただけ、この島のことを知ってるなんて不公平だわ」
「いいけど。何を話せばいいの?」
「そうねぇ。あんたの一日の生活を教えてよ」
「一日の生活? 朝起きて、学校に行って、帰って寝る、かな」
「……ずいぶんと大まかね。学校なら、この島にもあるわよ。ここでの生き方を学ぶの」
「それって、もしかしてトワが教えてるの?」
「そうよ。トワ以外にも教師役のやつはいるけど、トワが一番だわ。私もトワに教わったのよ、いろいろと」
 百合子はそう言って、ふふ、と笑う。
「気になる?」
「何を?」
「だから、『いろいろと』教わったの。気になるでしょ?」
「……え、っと。気になる、かな」
「それ、完全に私が言わせたわよね。気になってないじゃないの」
「ごめん、何が言いたいのかわからない」
「あんた、トワを愛してるんでしょ」
「あ。……私が焼きもち妬く、ってこと?」
「そう。まぁいいわ。いじわる言ってごめんなさい、いろいろって言っても、男女の関係なんてなかったから。私ね、いい歳でしょ。なのに子どももいないのよ、夫もいないし」
 百合子はそう言って、ため息をつく。
 ここまで話を聞いて、小毬は察する。百合子はいわゆる「恋バナ」をしたいのではないか、と。よく同級生の少女たちが恋愛の話をしているのを見かけたが、彼女らに加わったことはなかった。
(これが恋バナなんだ)
 そう思うと、がぜん意気込んできた。
「いつか、愛する人と幸せになりたいって、ずっと思ってたわ。けど、なかなかうまくいかないのよねぇ」
「好きな人はいないの?」
「……いなくはないけど」
 百合子は視線を落とし、ふと、顔をあげる。
「でも、死ぬまでには、恋人をつくってみせるわ。問題は、この島が狭いことよね。新人種みんな顔見知りで、正直言っていい男がいないんだもの。……『ソト』には、男はたくさんいるの?」
 小毬は驚いて、目を瞬いた。
 百合子が『ソト』の人間に悪意なく気をかけるなんて。
「たくさんいるよ。この島より、ずっとずっと広いから」
「いいなぁ」
 ぽつり、とこぼれたそれは、百合子の本音なのかもしれない。新人種はヒトを嫌っている。けれどその反面、羨んでもいるのだろう。
 小毬は、海を見つめた。
 この先に大きな陸地があり、そこで『ヒト』は自由に暮らしている。小さなころからそれを知り、この島で生きていくということは、ヒトに対しての憧れを産むのかもしれない。
「いつか、百合子さんたちが自由になったら。そしたら、一緒に本土に行こうよ」
 百合子が小毬を見つめてくる。視線を横顔に感じながら、小毬は笑みを浮かべた。
「故郷にいたころはあまり幸せだって思えなかったけど、百合子さんが一緒なら、向こうでも暮らしていけるかもしれない」
「そんな日が来るといいわね」
「男の人、いっぱいいるからね」
「あら、楽しみ」
 そう言ってお互いに目配せをして、微笑みあった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

あの夏の日に戻れない

瀬戸森羅
ライト文芸
学生時代を何気なく過ごしてしまったことが、何よりの後悔だった。 心躍る青春を、胸高鳴る恋愛を充実させることができなかった。 そんな後悔ばかりしている生活を送る悠は、やはり現在の生活に納得がいっていなかった。 仕事で疲れ、周りの人間にも認めてはもらえない。 あの時選択を間違えていなければ、僕はもっと充実していたはずなのに。 そんなことばかり考えていた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...