新人種の娘

如月あこ

文字の大きさ
上 下
6 / 66
第一章 新たな世界へ

4、

しおりを挟む
 はじめに、という最初の項目から目を通していく。
 本の内容によると、新人種とはヒトではないらしい。霊長類のなかでも魔猿科に分類され、ヒトよりもサルに近い生き物である。ヒトのように戸籍はなく、凶暴性ゆえに今では『飛龍島』という孤島でのみ、生活が許されているという話だ。
 ざっと目を通しただけでは、いまいち新人種がどういったものかわからない。
 あの青年の姿が脳裏に浮かぶ。
 二本足で歩き、両手を使い、意志の疎通ができる。どこがヒトと違うのか。もしかすると小毬の知らない新人種の一面があるのかもしれない、と次のページをめくろうとした、そのとき。
「今日も勉強か、霧島は」
 降ってきた低い声音は、軽い苛立ちを含んでいた。
 勢いよく顔をあげると、担任の東堂が腕を組んで小毬を見下ろしている。短いボサボサの髪に丸眼鏡をしており、眇めた目の下にはくっきりとした皺が刻まれている。年かさの教師である東堂は生徒想い且つ何事にも丁寧な対応をすると評判で、東堂の受け持つ生徒になれたことを皆は喜んでいた。
 しかし、それはあくまで皆の話であり、小毬自身は東堂があまり好きではない。
「勉強ばかりしているから、友達ができないんだぞ。もっと人と関わって、コミュニケーション力を身に着けていかないと、将来に困るのは霧島だ。そうだろう?」
「すみません」
「謝らなくていい。卑屈さは他者を不快にさせることもある」
 東堂は何かにつけて、こうしてお節介をやいてくる。クラスメートが東堂に『霧島は態度が悪い』と告げ口をしているのを小毬自身知っているし、さらに言えば、東堂が小毬ではなく告げ口をしたクラスメートの言葉をそのまま信じていることも知っていた。
 ほっといて、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、読んでいた本を閉じた。足早に図書室を去ろうと思ったのだが、東堂が素早く小毬の本を取り上げたために、立ち上がりかけたままの体勢で動きを止めた。
「新人種について調べていたのか。感心だな。最近の若者は、新人種の存在さえ知らない者が多いんだ。知っておくべき歴史だろうに」
 思わず、東堂を振り返る。
「先生は、新人種についてお詳しいんですか」
「人並みに知識はあるつもりだぞ。教師だしな」
 そう言って、東堂は笑みを見せた。小毬に対して東堂が笑みを見せるのは貴重で、大変珍しいものを見たと目を瞬く。
 先ほどまでの張り詰めた空気が、柔らかくなったような気がした。
 東堂に限らず、大人があまり好きではない。誰も小毬を信じないし、そもそも大人に好かれない子どもである自覚もある。きっと、小毬はその他大勢の子どもたちと比べて、可愛げというものが足りないのだ。
 そんな小毬が、東堂とこうも普通に会話できることが、信じられなかった。
「新人種に興味があるのか? 何を調べてたんだ?」
 東堂は笑みを浮かべたまま、小毬にそう問う。
 逡巡した末に、小さく頷いた。
「あの。私、新人種って最近はじめて知ったんです。新人種、ってどうしてヒトではないんですか」
「たしか、俺が生まれる数十年前だったな。新人種が徒党を組み、人間を大量殺戮した事件があった」
 息を呑む。
 そんな事件は聞いたことがない。
「それまで、新人種の存在は認められていなかった。山奥で暮らす種族で、存在自体があやふやだったためだ。だが、その事件をきっかけに新人種の存在は世に広まった」
 東堂は顎に手を置くと、考えるように視線を天井に向けた。
「たしか新人種生体研究……だったかな? の結果、新人種は残虐性が強いことがわかってな。生き物を殺めることに快感を覚える性分なんだと」
「じゃあ、新人種は人間の敵なんですか」
 だから、ヒトではなく魔猿科という獣に分類されているのか。
 そう聞いても、納得できないものがあった。やはり思い出すのはあの青年で、とても残虐性があるようには思えない。
「でも、どうしてそんな種族の存在を、それまで誰も知らなかったんでしょう? 山奥に住んでいてもまったく存在さえ知られない、なんてことがあるんでしょうか」
「よく、寝物語に昔話を聞いただろう? 悪い鬼を英雄が対峙する話だ。あれら物語に出てくる鬼は、新人種が元となっている。つまり遥か昔から、人々は新人種の存在には気づいてたんだな」
 昔は、新人種を鬼と呼んでいた。
 けれど、大量殺戮の事件をきっかけに、『鬼』は『新人種』という学名を与えられ、これまでより遥かに忌嫌われる存在となった、ということか。
「でも、新人種が意味もなく大量殺戮するなんて思えません」
「言っただろう? 生き物を殺めることに、快感を得る生き物なのさ。その証拠に、今では飛龍島でのみ生活を許される存在になっている。飛龍島以外で発見されれば、射殺命令がくだるんだ。残虐性を考えれば、当然だな」
「……そうなんですか」
「ああ。手引きした者がいれば、その者も重罪になる。それくらい危険なんだ。新人種は殺されて当然だろう」
 東堂は小毬の肩に手を置いた。
 その手の力強さに、小毬はかすかな違和感を覚えながらも、それがなんなのかわからなかった。
「まさか、霧島が『新人種』に興味を持つなんてな」
「……おかしいですか」
「いや。さ、この話はもう終わりにしよう。霧島は、何か得意なこととかないのか。会話のきっかけに、趣味の話を持ち出すというのはいい案だと思うんだが」
 どうやら東堂は、話を小毬の社交性に戻そうとしているようだ。
    
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【9】やりなおしの歌【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
雑貨店で店長として働く木村は、ある日道案内した男性から、お礼として「黄色いフリージア」というバンドのライブチケットをもらう。 そのステージで、かつて思いを寄せていた同級生・金田(通称・ダダ)の姿を見つける。 終演後の楽屋で再会を果たすも、その後連絡を取り合うこともなく、それで終わりだと思っていた。しかし、突然、金田が勤務先に現れ……。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ9作目。(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。

処理中です...