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第一章 新たな世界へ
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はじめに、という最初の項目から目を通していく。
本の内容によると、新人種とはヒトではないらしい。霊長類のなかでも魔猿科に分類され、ヒトよりもサルに近い生き物である。ヒトのように戸籍はなく、凶暴性ゆえに今では『飛龍島』という孤島でのみ、生活が許されているという話だ。
ざっと目を通しただけでは、いまいち新人種がどういったものかわからない。
あの青年の姿が脳裏に浮かぶ。
二本足で歩き、両手を使い、意志の疎通ができる。どこがヒトと違うのか。もしかすると小毬の知らない新人種の一面があるのかもしれない、と次のページをめくろうとした、そのとき。
「今日も勉強か、霧島は」
降ってきた低い声音は、軽い苛立ちを含んでいた。
勢いよく顔をあげると、担任の東堂が腕を組んで小毬を見下ろしている。短いボサボサの髪に丸眼鏡をしており、眇めた目の下にはくっきりとした皺が刻まれている。年かさの教師である東堂は生徒想い且つ何事にも丁寧な対応をすると評判で、東堂の受け持つ生徒になれたことを皆は喜んでいた。
しかし、それはあくまで皆の話であり、小毬自身は東堂があまり好きではない。
「勉強ばかりしているから、友達ができないんだぞ。もっと人と関わって、コミュニケーション力を身に着けていかないと、将来に困るのは霧島だ。そうだろう?」
「すみません」
「謝らなくていい。卑屈さは他者を不快にさせることもある」
東堂は何かにつけて、こうしてお節介をやいてくる。クラスメートが東堂に『霧島は態度が悪い』と告げ口をしているのを小毬自身知っているし、さらに言えば、東堂が小毬ではなく告げ口をしたクラスメートの言葉をそのまま信じていることも知っていた。
ほっといて、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、読んでいた本を閉じた。足早に図書室を去ろうと思ったのだが、東堂が素早く小毬の本を取り上げたために、立ち上がりかけたままの体勢で動きを止めた。
「新人種について調べていたのか。感心だな。最近の若者は、新人種の存在さえ知らない者が多いんだ。知っておくべき歴史だろうに」
思わず、東堂を振り返る。
「先生は、新人種についてお詳しいんですか」
「人並みに知識はあるつもりだぞ。教師だしな」
そう言って、東堂は笑みを見せた。小毬に対して東堂が笑みを見せるのは貴重で、大変珍しいものを見たと目を瞬く。
先ほどまでの張り詰めた空気が、柔らかくなったような気がした。
東堂に限らず、大人があまり好きではない。誰も小毬を信じないし、そもそも大人に好かれない子どもである自覚もある。きっと、小毬はその他大勢の子どもたちと比べて、可愛げというものが足りないのだ。
そんな小毬が、東堂とこうも普通に会話できることが、信じられなかった。
「新人種に興味があるのか? 何を調べてたんだ?」
東堂は笑みを浮かべたまま、小毬にそう問う。
逡巡した末に、小さく頷いた。
「あの。私、新人種って最近はじめて知ったんです。新人種、ってどうしてヒトではないんですか」
「たしか、俺が生まれる数十年前だったな。新人種が徒党を組み、人間を大量殺戮した事件があった」
息を呑む。
そんな事件は聞いたことがない。
「それまで、新人種の存在は認められていなかった。山奥で暮らす種族で、存在自体があやふやだったためだ。だが、その事件をきっかけに新人種の存在は世に広まった」
東堂は顎に手を置くと、考えるように視線を天井に向けた。
「たしか新人種生体研究……だったかな? の結果、新人種は残虐性が強いことがわかってな。生き物を殺めることに快感を覚える性分なんだと」
「じゃあ、新人種は人間の敵なんですか」
だから、ヒトではなく魔猿科という獣に分類されているのか。
そう聞いても、納得できないものがあった。やはり思い出すのはあの青年で、とても残虐性があるようには思えない。
「でも、どうしてそんな種族の存在を、それまで誰も知らなかったんでしょう? 山奥に住んでいてもまったく存在さえ知られない、なんてことがあるんでしょうか」
「よく、寝物語に昔話を聞いただろう? 悪い鬼を英雄が対峙する話だ。あれら物語に出てくる鬼は、新人種が元となっている。つまり遥か昔から、人々は新人種の存在には気づいてたんだな」
昔は、新人種を鬼と呼んでいた。
けれど、大量殺戮の事件をきっかけに、『鬼』は『新人種』という学名を与えられ、これまでより遥かに忌嫌われる存在となった、ということか。
「でも、新人種が意味もなく大量殺戮するなんて思えません」
「言っただろう? 生き物を殺めることに、快感を得る生き物なのさ。その証拠に、今では飛龍島でのみ生活を許される存在になっている。飛龍島以外で発見されれば、射殺命令がくだるんだ。残虐性を考えれば、当然だな」
「……そうなんですか」
「ああ。手引きした者がいれば、その者も重罪になる。それくらい危険なんだ。新人種は殺されて当然だろう」
東堂は小毬の肩に手を置いた。
その手の力強さに、小毬はかすかな違和感を覚えながらも、それがなんなのかわからなかった。
「まさか、霧島が『新人種』に興味を持つなんてな」
「……おかしいですか」
「いや。さ、この話はもう終わりにしよう。霧島は、何か得意なこととかないのか。会話のきっかけに、趣味の話を持ち出すというのはいい案だと思うんだが」
どうやら東堂は、話を小毬の社交性に戻そうとしているようだ。
本の内容によると、新人種とはヒトではないらしい。霊長類のなかでも魔猿科に分類され、ヒトよりもサルに近い生き物である。ヒトのように戸籍はなく、凶暴性ゆえに今では『飛龍島』という孤島でのみ、生活が許されているという話だ。
ざっと目を通しただけでは、いまいち新人種がどういったものかわからない。
あの青年の姿が脳裏に浮かぶ。
二本足で歩き、両手を使い、意志の疎通ができる。どこがヒトと違うのか。もしかすると小毬の知らない新人種の一面があるのかもしれない、と次のページをめくろうとした、そのとき。
「今日も勉強か、霧島は」
降ってきた低い声音は、軽い苛立ちを含んでいた。
勢いよく顔をあげると、担任の東堂が腕を組んで小毬を見下ろしている。短いボサボサの髪に丸眼鏡をしており、眇めた目の下にはくっきりとした皺が刻まれている。年かさの教師である東堂は生徒想い且つ何事にも丁寧な対応をすると評判で、東堂の受け持つ生徒になれたことを皆は喜んでいた。
しかし、それはあくまで皆の話であり、小毬自身は東堂があまり好きではない。
「勉強ばかりしているから、友達ができないんだぞ。もっと人と関わって、コミュニケーション力を身に着けていかないと、将来に困るのは霧島だ。そうだろう?」
「すみません」
「謝らなくていい。卑屈さは他者を不快にさせることもある」
東堂は何かにつけて、こうしてお節介をやいてくる。クラスメートが東堂に『霧島は態度が悪い』と告げ口をしているのを小毬自身知っているし、さらに言えば、東堂が小毬ではなく告げ口をしたクラスメートの言葉をそのまま信じていることも知っていた。
ほっといて、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、読んでいた本を閉じた。足早に図書室を去ろうと思ったのだが、東堂が素早く小毬の本を取り上げたために、立ち上がりかけたままの体勢で動きを止めた。
「新人種について調べていたのか。感心だな。最近の若者は、新人種の存在さえ知らない者が多いんだ。知っておくべき歴史だろうに」
思わず、東堂を振り返る。
「先生は、新人種についてお詳しいんですか」
「人並みに知識はあるつもりだぞ。教師だしな」
そう言って、東堂は笑みを見せた。小毬に対して東堂が笑みを見せるのは貴重で、大変珍しいものを見たと目を瞬く。
先ほどまでの張り詰めた空気が、柔らかくなったような気がした。
東堂に限らず、大人があまり好きではない。誰も小毬を信じないし、そもそも大人に好かれない子どもである自覚もある。きっと、小毬はその他大勢の子どもたちと比べて、可愛げというものが足りないのだ。
そんな小毬が、東堂とこうも普通に会話できることが、信じられなかった。
「新人種に興味があるのか? 何を調べてたんだ?」
東堂は笑みを浮かべたまま、小毬にそう問う。
逡巡した末に、小さく頷いた。
「あの。私、新人種って最近はじめて知ったんです。新人種、ってどうしてヒトではないんですか」
「たしか、俺が生まれる数十年前だったな。新人種が徒党を組み、人間を大量殺戮した事件があった」
息を呑む。
そんな事件は聞いたことがない。
「それまで、新人種の存在は認められていなかった。山奥で暮らす種族で、存在自体があやふやだったためだ。だが、その事件をきっかけに新人種の存在は世に広まった」
東堂は顎に手を置くと、考えるように視線を天井に向けた。
「たしか新人種生体研究……だったかな? の結果、新人種は残虐性が強いことがわかってな。生き物を殺めることに快感を覚える性分なんだと」
「じゃあ、新人種は人間の敵なんですか」
だから、ヒトではなく魔猿科という獣に分類されているのか。
そう聞いても、納得できないものがあった。やはり思い出すのはあの青年で、とても残虐性があるようには思えない。
「でも、どうしてそんな種族の存在を、それまで誰も知らなかったんでしょう? 山奥に住んでいてもまったく存在さえ知られない、なんてことがあるんでしょうか」
「よく、寝物語に昔話を聞いただろう? 悪い鬼を英雄が対峙する話だ。あれら物語に出てくる鬼は、新人種が元となっている。つまり遥か昔から、人々は新人種の存在には気づいてたんだな」
昔は、新人種を鬼と呼んでいた。
けれど、大量殺戮の事件をきっかけに、『鬼』は『新人種』という学名を与えられ、これまでより遥かに忌嫌われる存在となった、ということか。
「でも、新人種が意味もなく大量殺戮するなんて思えません」
「言っただろう? 生き物を殺めることに、快感を得る生き物なのさ。その証拠に、今では飛龍島でのみ生活を許される存在になっている。飛龍島以外で発見されれば、射殺命令がくだるんだ。残虐性を考えれば、当然だな」
「……そうなんですか」
「ああ。手引きした者がいれば、その者も重罪になる。それくらい危険なんだ。新人種は殺されて当然だろう」
東堂は小毬の肩に手を置いた。
その手の力強さに、小毬はかすかな違和感を覚えながらも、それがなんなのかわからなかった。
「まさか、霧島が『新人種』に興味を持つなんてな」
「……おかしいですか」
「いや。さ、この話はもう終わりにしよう。霧島は、何か得意なこととかないのか。会話のきっかけに、趣味の話を持ち出すというのはいい案だと思うんだが」
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