新人種の娘

如月あこ

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序章

1、

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 無人のボロ小屋の真ん中に、死体があった。
 それも、人の死体だ。
 目を反らすこともできず、小毬はただひたすらその死体をじっと見つめる。身体が震え、凍りついてしまったかのように動かなかった。こういうとき、どうすればいいのだろうか。発見者として、悲鳴をあげながら警察に駆けこむべきなのか。けれど悲鳴どころか、喉が引きつっただけで、声が喉にはりついて出てこない。
 死体は成人男性のようだ。背は高いが痩せ型で、だらりと地面に垂れた髪は長く、染めているのだろう緑色をしている。死体は上下ともに黒い服を着ており、長袖長ズボンの暑苦しいものだ。
 この季節においては、やや不自然ないでたちである。
 そこまで考えて、疑問が湧いてきた。
(本当に、死体……?)
 倒れている彼を死体だと思った一番の理由は、顔色の悪さだった。青や白を通り越して、皮下組織が見えてしまっている。肌が透明だといえばわかりやすいだろう。しかし、顔色が悪くなりすぎると本当にこうも透明になってしまうものだろうか。
 落ち着け、と自分に言い聞かせて、小毬は自分の現状を認識することにした。


 小毬が暮らす樹塚町は、日本国の中部あたりに位置する、山沿いの小さな町である。辺境地、という言葉が似合うほどに過疎化した、絵に描いたような田舎町だ。
 なだらかな山を開拓して人々が住みついた場所ゆえに、町自体が緩やかな傾斜のなかに形成されている。樹塚町は大きくわけて東丁と西丁に別れており、東丁には分校や公民館などの公的施設が、西丁には古くから樹塚町で暮らす田舎独特の大きな庭付きの一軒家が立ち並ぶ。
 つい先ほど一時間に一本のバスで樹塚町のふもとまで帰ってきた小毬は、涼しげな白いセーラー服の裾を揺らしながら、バス停の古びた屋根の下にかかっている時計を見上げた。今日は四時限授業だったこと、そして季節が初夏であることから、まだ帰宅するには早い時間であると判断する。
 小毬は学生鞄を抱え直すと、自宅のある東丁を見上げた。緩やかな傾斜のそこここに公共の建物があり、その中でも箱型の木造建築である児童養護施設が、小毬の自宅だった。
 小毬は赤子のとき、児童養護施設の門前に捨てられていたという。小毬という名前は施設長である義母がつけたもので、名字は法律にのっとって町長に命名された。よって、小毬が両親から与えられたモノや本当の小毬自身を示すモノは、何一つない。
 別に構わない。
 小毬はもう十七歳だし、高校を卒業したら独り立ちできる。中学卒業後に就職しないかという話もあったが、勉強がしたかった小毬は進学を選んだ。
 勉強が好きだ。
 異国の言葉や歴史、生態系などの知識を深めるたびに、目の前がチカチカするような衝撃と、視界がひらけるような喜びを感じる。
 もっと、もっと知りたいと、果てのない欲求が常に胸の奥底にあった。
 小毬は、もう一度鞄を抱え直した。
 そして、児童養護施設から顔を反らす。視線を向けた先は、東丁でも西丁でもない、北丁だ。北丁は、ドがつく田舎である樹塚町のなかでもとくに民家が少なく、おもに田畑や竹藪などの農耕地となっている。
(久しぶりに、行ってみようかな)
 北丁には、おそらく小毬しか知らない秘密基地がある。
 高校へ進学してからは通学だけで時間を取られ、なかなか行く機会がなかったその場所は、樹塚城跡にある小さな小屋だった。
 樹塚城跡から少し外れたところにある、もう使われていないボロい小屋。
 そこが、小毬の秘密基地だ。
 そして今。
 目の前には、例の死体――なのか? ――がある。
 落ち着いて、と自分に言い聞かせて大きく深呼吸をした。
    
    
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