3 / 7
③仕組まれた結婚
しおりを挟む
「エマ、ハインリヒってあなたのこと好きなのかしら」
エマは、ユリアの言葉に目を瞬いた。
紅茶カップをソーサーに置きながら笑みを深めたユリアは、じっとエマの目を見つめてくる。
五人姉妹の長女ユリアは、大変強かな女性だ。
少なくともエマはそう思っている。
「ほら、先月次女のメリーフィアが嫁いだでしょう? 三女も、五女も、相手が決まっているけれど、あなたはまだだから」
「そこで、どうしてハインリヒなの?」
エマは自分が、伯爵令嬢らしからぬ自覚があった。
言葉遣いも所作も、ほかの姉妹より粗雑だし、長ったらしいスカートでお淑やかに歩くことがとても面倒なのだ。
物心ついたときから、エマは違和感を覚えていた。
どうして屋敷の向こうで暮らす人たちは、エマよりみすぼらしい格好をしているのだろう。エマは幼くて何もできないのに、仕事をしている大人の人のほうがボロボロの服を纏っているのはどうしてだろう。
そんな彼らのなかでも、貧民街という場所で暮らす人々はもっとみすぼらしいと聞いたとき、そして王族はエマたちよりも豪華な暮らしをしていると聞いたとき、エマは巨大な壁の前に立っているような錯覚を覚えた。
この世界は生まれながらに身分が決まっていて、就ける仕事も決まってくるというのだ。
まるで、物語の登場人物のようである。
みな、与えられた役をこなすしかないのだ。
平民は貴族になれないし、貴族は王族になれない。
そういった当たり前の日常が、常識であり、法律であり、エマの目の前に聳える巨大な壁だった。
(どうして誰もおかしいと思わないの?)
エマは小さいころから、この世界の常識に違和感を覚える変わった子どもだった。
そんなエマを周囲の大人たちは奇妙なものを見る目で見た。この世界では、エマの考えこそが異質だったのだ。
学院に通うようになり、エマの世界は広がった。
初めて貧民街に行ったときは、匂いや不衛生な環境に驚くばかりで、生きている人たちの生命力の高さに感嘆したものだ。
彼らの生活に興味を持ったエマは、時間を作って貧民街に通った。
意外にも治安はそれほど悪くなく、むしろ、心の温かな人が多いことに驚いたものだ。
身寄りのない子どもは孤児院で寝食ができるようで、そちらの待遇もよいようだった。しかしそれも、あくまで貴族の気まぐれによる施しや寄付金からなるものでしかなく、とても不安定なものだ。
エマは貧民街で生きる彼らの家造りを手伝い、稼ぐ方法などを聞いて、彼らとともに何かできないかと考えた。
そうしてエマは学院在学中に、小さな商売を始めた。
材料を安く仕入れて品物を作り、それを売るという単純な商売である。貧民街の人たちに、下請けの仕事として品物の組み立てを任せることにしたのだ。
そこにたどり着くまで、そしてたどり着いてからもトラブルは頻発したが、それでもエマはやりたいと思ったことをやり通した。
あれから数年で小さかった商会は規模を拡大し、エマは正体を隠して商人として名を馳せるようになっていた。
「あなた、誰とも結婚するつもりはないでしょう? 今の仕事に専念するつもりみたいだし」
ユリアの言葉は、概ね正解である。
しかし女が、それも貴族の女が独身を貫くことが難しい時代であることも承知していた。貴族令嬢が結婚適齢期を過ぎて尚独身、というだけで醜聞になるのだ。
「お姉様、それは」
「だからあなた、ハインリヒと結婚したら?」
再び、ハインリヒの名前が出てエマは唇を尖らせる。
「……そんなことできるわけないわ。彼とは身分が違うもの」
「あら、嫌なの?」
「嫌じゃないわ。私、ハインリヒのこととても好きだもの」
ユリアは満足そうに頷いた。
実際、エマはハインリヒに好意を抱いている。
彼は無表情だが、情緒が豊かだ。他者の感情にも敏感で周囲もよく見ている。
無口なのは、話すことが苦手だからだ。
言葉は簡単に人を傷つけることを、彼はよく理解しているのである。
心を痛めたとき、ハインリヒは中庭に行く。
エマの部屋からよく見えるそこで、ぼうっと一人で立ち尽くしているのだ。
辛いときは甘い物を食べればいいと言った姉の言葉を信じていたエマは、いつも飴を持ち歩いていた。実際に疲労で頭がふらふらしてくると、飴を食べればよくなったのだ。
落ち込むハインリヒに飴をあげたのは、どうしてなのか。自分でもよくわからない。
――そうしていつ頃からか、視線を感じるようになった。
視線を感じて振り返ると、ハインリヒと視線が合うのだ。
微笑むと彼はサッと視線を逸らし、どこかに行ってしまうのだけれど。
そういうことが増えたある日、エマは見てしまう。
エマはよく、庭の木陰でこっそり本を読む時間をもつ。
そこは誰にも話していない秘密の場所なのだが、その日はそこに、薄手の上着を忘れてきたのだ。
部屋に戻ってから気づいたエマは、秘密の場所ゆえに使用人に取ってくることを頼むこともできず、自分で取りに戻ったのである。
そこに、ハインリヒがいた。
驚いたことに、彼はエマの上着を抱きしめながら、その上着に顔を押し当てていたのだ。
見てはいけないものを見た気がして、その場から離れた。
切なそうに潜めた表情は艶やかで、初めてみるハインリヒの姿に心臓がバクバクいっていた。
それからエマはこれまでよりもハインリヒを意識するようになり、やはり彼がエマをよく見ていることに気づいたのだ。
もしかしたら、自分に好意を抱いてくれているのだろうか。
そんな淡い期待をもつが、仮に両想いだとしても身分差という壁が立ちはだかる。
エマはハインリヒに対する切ないような気持ちを封印し、商人として生きていくことを決めた。
(簡単に、結婚したら、なんて言わないで)
憮然とするエマに、ユリアは意味深に微笑んだ。
「エマは、とても変わり者でしょう?」
「わからないわ。私は私が『普通』だと思ってるもの」
「エマが本当に商人として生きていくには、今の時代、姿を隠して指示を出すだけでは難しいわ。絶対にあなたを裏切らない代理人が必要なの。いい? 商売はね、信用が第一なの。あなたが人前に姿を見せないことを不安がったり不気味がったりする取引先は、もし少しでもあなたの商売経営に何かあれば、身を引いていくわ。多少揺らいでも建て直せると思わせる、いいえ、向こうから手を貸したくなるくらいの、信用を得るの」
「……それは、そうかもしれないけど。そこまでの信用を、姿を隠したまま得るなんて……」
「だから、ハインリヒと結婚するのよ」
エマは、ユリアの言わんとしていることを察した。
ハインリヒに、エマの代理になって貰うというのだ。
もしハインリヒが婿養子にくれば、ディライト家という後ろ盾を持つことになる。そんな彼がエマが手がけている商売の総責任者となれば、確かに「いつまでも姿を現さない責任者」よりは、ずっといい。
「ハインリヒならば、きっとあなたの望むようにしてくれるでしょう?」
「わからない。彼が、いいと言わないと……無理強いはしたくないもの」
ユリアが驚いたような顔をしたあと、おかしそうに笑った。
いつも淑女なユリアも、エマの前では声をあげて笑うのだ。豪快なところが彼女の魅力なのだが、ほんの一握りの人物の前でしか、ユリアは素の自分を見せないのである。
「では、こうしましょう。私たちが、あなたとハインリヒが結婚できるように動きます。お父様にも話をしておくから」
「……お姉様たち?」
「そう、私や妹たちよ。この話には、私の事情も含まれているの。あなたにも話しておくわね」
ユリアが話したのは、夫のフランツのことだ。
フランツは野心家で、ユリアはディライト家の後継者として相応しい男を捜していた。確かに恋愛結婚なのは間違いないが、それは、フランツとユリア双方にとって都合が良い存在だったから、恋愛ごっこをして、お互いに惚れたように見せただけなのだという。
夫婦であっても、お互いの望みや目的について話し合ったことはないそうだ。
理由は単純明快で、ユリアの心はフランツではなく、ディライト家のものだからである。
「フランツは、世継ぎとして相応しいわ。けれど、彼がもし暴走してディライト家の名を使ってさらにのし上がろうとしたり……ディライト家の血筋である私たちを蔑ろにしたりするようなことがあれば、彼は不要だわ」
不要。
ユリアはそう行って、微笑んだ。
「けれど、そうなると一時期でもディライト家を預かってくれる人が必要なの。現在のこの国では、男性しか爵位を相続できないし」
エマはユリアの目論見を察した。
ハインリヒは保険なのだ。
ハインリヒは平民だが、エマと結婚して婿養子に入ればディライト家の人間になる。そしてエマの商売を彼のものとして広めれば、その手腕を人々は知ることになるだろう。
商売云々を抜きにしても、ハインリヒは今でも充分ディライト伯爵の右腕として働いている。跡継ぎとして、能力面は問題ないはずだ。
婿養子になり、エマとの子を次の当主にすればすべてが丸く収まるのである。
「……まぁ、フランツに関しては今のところ大丈夫だとは思うわ。けれど、慣れというのは恐ろしいからね」
「そうね。お姉様がよいのなら、その話を受けるわ。けれど、商会に関しては――」
「結婚してから、二人で話し合ってちょうだい。もちろん、ハインリヒが嫌がるのならば、それはそれで構わないわ。無理に箔をつける必要もなければ、商売の規模を大きくする必要もないもの」
エマは、ユリアからの提案を受けた。
フランツに対してはディライト伯爵も不安を抱いていたようで、ハインリヒのほうが信用できると結論を出したようだ。
何より、大切な娘の一人であるエマがハインリヒを愛していると知るなり、絶対に結婚させてやると豪語したのである。
そうして、ディライト家一丸となって、エマとハインリヒがスムーズに結婚できるように計画を練り、実行した。
結果、めでたくエマとハインリヒは結婚できたのだが、以前より遙かにエマに対する世間の評判が下がった。
エマが外聞を気にしないタイプであることは家族の皆が知るところだし、別に構わないのだけれど。
理由が理由だけに国王の許可も下りて、ディライト家に対する偏見もほとんどない。
これは奇跡に近いことだ。
そうして――エマは今、結婚後与えられた離れにいた。
エマは、ユリアの言葉に目を瞬いた。
紅茶カップをソーサーに置きながら笑みを深めたユリアは、じっとエマの目を見つめてくる。
五人姉妹の長女ユリアは、大変強かな女性だ。
少なくともエマはそう思っている。
「ほら、先月次女のメリーフィアが嫁いだでしょう? 三女も、五女も、相手が決まっているけれど、あなたはまだだから」
「そこで、どうしてハインリヒなの?」
エマは自分が、伯爵令嬢らしからぬ自覚があった。
言葉遣いも所作も、ほかの姉妹より粗雑だし、長ったらしいスカートでお淑やかに歩くことがとても面倒なのだ。
物心ついたときから、エマは違和感を覚えていた。
どうして屋敷の向こうで暮らす人たちは、エマよりみすぼらしい格好をしているのだろう。エマは幼くて何もできないのに、仕事をしている大人の人のほうがボロボロの服を纏っているのはどうしてだろう。
そんな彼らのなかでも、貧民街という場所で暮らす人々はもっとみすぼらしいと聞いたとき、そして王族はエマたちよりも豪華な暮らしをしていると聞いたとき、エマは巨大な壁の前に立っているような錯覚を覚えた。
この世界は生まれながらに身分が決まっていて、就ける仕事も決まってくるというのだ。
まるで、物語の登場人物のようである。
みな、与えられた役をこなすしかないのだ。
平民は貴族になれないし、貴族は王族になれない。
そういった当たり前の日常が、常識であり、法律であり、エマの目の前に聳える巨大な壁だった。
(どうして誰もおかしいと思わないの?)
エマは小さいころから、この世界の常識に違和感を覚える変わった子どもだった。
そんなエマを周囲の大人たちは奇妙なものを見る目で見た。この世界では、エマの考えこそが異質だったのだ。
学院に通うようになり、エマの世界は広がった。
初めて貧民街に行ったときは、匂いや不衛生な環境に驚くばかりで、生きている人たちの生命力の高さに感嘆したものだ。
彼らの生活に興味を持ったエマは、時間を作って貧民街に通った。
意外にも治安はそれほど悪くなく、むしろ、心の温かな人が多いことに驚いたものだ。
身寄りのない子どもは孤児院で寝食ができるようで、そちらの待遇もよいようだった。しかしそれも、あくまで貴族の気まぐれによる施しや寄付金からなるものでしかなく、とても不安定なものだ。
エマは貧民街で生きる彼らの家造りを手伝い、稼ぐ方法などを聞いて、彼らとともに何かできないかと考えた。
そうしてエマは学院在学中に、小さな商売を始めた。
材料を安く仕入れて品物を作り、それを売るという単純な商売である。貧民街の人たちに、下請けの仕事として品物の組み立てを任せることにしたのだ。
そこにたどり着くまで、そしてたどり着いてからもトラブルは頻発したが、それでもエマはやりたいと思ったことをやり通した。
あれから数年で小さかった商会は規模を拡大し、エマは正体を隠して商人として名を馳せるようになっていた。
「あなた、誰とも結婚するつもりはないでしょう? 今の仕事に専念するつもりみたいだし」
ユリアの言葉は、概ね正解である。
しかし女が、それも貴族の女が独身を貫くことが難しい時代であることも承知していた。貴族令嬢が結婚適齢期を過ぎて尚独身、というだけで醜聞になるのだ。
「お姉様、それは」
「だからあなた、ハインリヒと結婚したら?」
再び、ハインリヒの名前が出てエマは唇を尖らせる。
「……そんなことできるわけないわ。彼とは身分が違うもの」
「あら、嫌なの?」
「嫌じゃないわ。私、ハインリヒのこととても好きだもの」
ユリアは満足そうに頷いた。
実際、エマはハインリヒに好意を抱いている。
彼は無表情だが、情緒が豊かだ。他者の感情にも敏感で周囲もよく見ている。
無口なのは、話すことが苦手だからだ。
言葉は簡単に人を傷つけることを、彼はよく理解しているのである。
心を痛めたとき、ハインリヒは中庭に行く。
エマの部屋からよく見えるそこで、ぼうっと一人で立ち尽くしているのだ。
辛いときは甘い物を食べればいいと言った姉の言葉を信じていたエマは、いつも飴を持ち歩いていた。実際に疲労で頭がふらふらしてくると、飴を食べればよくなったのだ。
落ち込むハインリヒに飴をあげたのは、どうしてなのか。自分でもよくわからない。
――そうしていつ頃からか、視線を感じるようになった。
視線を感じて振り返ると、ハインリヒと視線が合うのだ。
微笑むと彼はサッと視線を逸らし、どこかに行ってしまうのだけれど。
そういうことが増えたある日、エマは見てしまう。
エマはよく、庭の木陰でこっそり本を読む時間をもつ。
そこは誰にも話していない秘密の場所なのだが、その日はそこに、薄手の上着を忘れてきたのだ。
部屋に戻ってから気づいたエマは、秘密の場所ゆえに使用人に取ってくることを頼むこともできず、自分で取りに戻ったのである。
そこに、ハインリヒがいた。
驚いたことに、彼はエマの上着を抱きしめながら、その上着に顔を押し当てていたのだ。
見てはいけないものを見た気がして、その場から離れた。
切なそうに潜めた表情は艶やかで、初めてみるハインリヒの姿に心臓がバクバクいっていた。
それからエマはこれまでよりもハインリヒを意識するようになり、やはり彼がエマをよく見ていることに気づいたのだ。
もしかしたら、自分に好意を抱いてくれているのだろうか。
そんな淡い期待をもつが、仮に両想いだとしても身分差という壁が立ちはだかる。
エマはハインリヒに対する切ないような気持ちを封印し、商人として生きていくことを決めた。
(簡単に、結婚したら、なんて言わないで)
憮然とするエマに、ユリアは意味深に微笑んだ。
「エマは、とても変わり者でしょう?」
「わからないわ。私は私が『普通』だと思ってるもの」
「エマが本当に商人として生きていくには、今の時代、姿を隠して指示を出すだけでは難しいわ。絶対にあなたを裏切らない代理人が必要なの。いい? 商売はね、信用が第一なの。あなたが人前に姿を見せないことを不安がったり不気味がったりする取引先は、もし少しでもあなたの商売経営に何かあれば、身を引いていくわ。多少揺らいでも建て直せると思わせる、いいえ、向こうから手を貸したくなるくらいの、信用を得るの」
「……それは、そうかもしれないけど。そこまでの信用を、姿を隠したまま得るなんて……」
「だから、ハインリヒと結婚するのよ」
エマは、ユリアの言わんとしていることを察した。
ハインリヒに、エマの代理になって貰うというのだ。
もしハインリヒが婿養子にくれば、ディライト家という後ろ盾を持つことになる。そんな彼がエマが手がけている商売の総責任者となれば、確かに「いつまでも姿を現さない責任者」よりは、ずっといい。
「ハインリヒならば、きっとあなたの望むようにしてくれるでしょう?」
「わからない。彼が、いいと言わないと……無理強いはしたくないもの」
ユリアが驚いたような顔をしたあと、おかしそうに笑った。
いつも淑女なユリアも、エマの前では声をあげて笑うのだ。豪快なところが彼女の魅力なのだが、ほんの一握りの人物の前でしか、ユリアは素の自分を見せないのである。
「では、こうしましょう。私たちが、あなたとハインリヒが結婚できるように動きます。お父様にも話をしておくから」
「……お姉様たち?」
「そう、私や妹たちよ。この話には、私の事情も含まれているの。あなたにも話しておくわね」
ユリアが話したのは、夫のフランツのことだ。
フランツは野心家で、ユリアはディライト家の後継者として相応しい男を捜していた。確かに恋愛結婚なのは間違いないが、それは、フランツとユリア双方にとって都合が良い存在だったから、恋愛ごっこをして、お互いに惚れたように見せただけなのだという。
夫婦であっても、お互いの望みや目的について話し合ったことはないそうだ。
理由は単純明快で、ユリアの心はフランツではなく、ディライト家のものだからである。
「フランツは、世継ぎとして相応しいわ。けれど、彼がもし暴走してディライト家の名を使ってさらにのし上がろうとしたり……ディライト家の血筋である私たちを蔑ろにしたりするようなことがあれば、彼は不要だわ」
不要。
ユリアはそう行って、微笑んだ。
「けれど、そうなると一時期でもディライト家を預かってくれる人が必要なの。現在のこの国では、男性しか爵位を相続できないし」
エマはユリアの目論見を察した。
ハインリヒは保険なのだ。
ハインリヒは平民だが、エマと結婚して婿養子に入ればディライト家の人間になる。そしてエマの商売を彼のものとして広めれば、その手腕を人々は知ることになるだろう。
商売云々を抜きにしても、ハインリヒは今でも充分ディライト伯爵の右腕として働いている。跡継ぎとして、能力面は問題ないはずだ。
婿養子になり、エマとの子を次の当主にすればすべてが丸く収まるのである。
「……まぁ、フランツに関しては今のところ大丈夫だとは思うわ。けれど、慣れというのは恐ろしいからね」
「そうね。お姉様がよいのなら、その話を受けるわ。けれど、商会に関しては――」
「結婚してから、二人で話し合ってちょうだい。もちろん、ハインリヒが嫌がるのならば、それはそれで構わないわ。無理に箔をつける必要もなければ、商売の規模を大きくする必要もないもの」
エマは、ユリアからの提案を受けた。
フランツに対してはディライト伯爵も不安を抱いていたようで、ハインリヒのほうが信用できると結論を出したようだ。
何より、大切な娘の一人であるエマがハインリヒを愛していると知るなり、絶対に結婚させてやると豪語したのである。
そうして、ディライト家一丸となって、エマとハインリヒがスムーズに結婚できるように計画を練り、実行した。
結果、めでたくエマとハインリヒは結婚できたのだが、以前より遙かにエマに対する世間の評判が下がった。
エマが外聞を気にしないタイプであることは家族の皆が知るところだし、別に構わないのだけれど。
理由が理由だけに国王の許可も下りて、ディライト家に対する偏見もほとんどない。
これは奇跡に近いことだ。
そうして――エマは今、結婚後与えられた離れにいた。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。

七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり
国香
恋愛
「正声 一拍 嵯峨の山荘」から読んでください。本編はこちらからスタートします。
その前の序章の部分が長いです。読まなくてもストーリー的に全く問題ない部分。
後で興味が出てきたら、覗いてみてください。勿論、最初から読んでいただいても大丈夫です。
────────────
これは小説ではない。物語である。
平安時代。
雅びで勇ましく、美しくおぞましい物語。
宿命の恋。
陰謀、呪い、戦、愛憎。
幻の楽器・七絃琴(古琴)。
秘曲『広陵散』に誓う復讐。
運命によって、何があっても生きなければならない、それが宿命でもある人々。決して死ぬことが許されない男……
平安時代の雅と呪、貴族と武士の、楽器をめぐる物語。
─────────────
七絃琴は現代の日本人には馴染みのない楽器かもしれません。
平安時代、貴族達に演奏され、『源氏物語』にも登場します。しかし、平安時代後期、何故か滅んでしまいました。
いったい何があったのでしょうか?
タイトルは「しちげんかんじょうけちみゃく」「きんのこと」と読みます。
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

【完結】妻至上主義
Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。
この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。
本編11話+番外編数話
[作者よりご挨拶]
未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。
現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。
お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。
(╥﹏╥)
お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる