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第四章 隠された真実
13-2、
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「いや」
「これ、買ってくださったわけじゃないんですか。……あ、私が喜んじゃったから、本当のことを言いだしにくくなったとか」
「違う。きみに、買ったんだ……昔」
「昔?」
姫島屋先生は、両手で髪をかき上げるように顔を覆うと、防波堤に臥せってしまった。耳が赤い。かなり。
「気持ち悪いだろう。自分でも自覚している。そもそも、何が規律だ。自分から破っておいて、教師失格もいいところだ。あげくに自分から連絡を絶って、気持ちを伝えることもせずに、買ったこれも捨てられずにずっと持っていて……最低だ。気持ちが悪い」
一気に言い放った先生は、それきり動かなくなった。
私は、ストラップもとい根付けを目の高さまで掲げて、和風狐の裏面に『晴明』と記載さえた文字に気づいた。
息を呑む。
――懐かしいな
――きみに、買ったんだ
先生の言葉が、脳裏に蘇る。
同時に、目の前に広がる海と、京都の鴨川が重なって見えた。
修学旅行の夜、姫島屋先生とふたりで眺めた鴨川は私にとって特別で、とてつもなく幸福な時間だった。
「……覚えてくださったんですか」
あの日のことを。
それだけじゃない、この根付けを当時、私のために買ってくれたというのか。ニコイチの、お揃いの根付けを。
学生時代の私の気持ちを否定した先生。
連絡手段をすべて経ったことを、情けないと言った先生。
やっとそれらの意味を、理解できた。
私は、全身がむずむずして、暖かくて、どうしようもなくなって、姫島屋先生の身体を抱きしめた。横から抱きしめると、すんなり後ろへ手を回せたから、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
姫島屋先生が、弾かれるように顔をあげた。
目が合った瞬間、姫島屋先生の頬が甘く染まっていく。
「そ、そんな顔をするな」
どんな顔をしていたのだろう。ただ嬉しくて、この気持ちを伝えたいだけなのに。
「聡さん」
「……なんだ」
「聡さん」
「だから、なんだ」
「好きです。ずっと、好きです」
さらに強く腕に力を込めると、姫島屋先生の手が動いて、身体の向きを変えられる。正面からお互いに向き合う形になった瞬間、姫島屋先生に抱きすくめられていた。
大きくてかたい手が、背中と腰に回される。
大好きな先生の香りを、これまでより遥かに強く感じて、女としての切なさに身体が熱くなった。当たり前のように抱きしめ返し、姫島屋先生の胸へ顔を埋める。
「菜緒子」
くぐもった声には、熱がこもっていて。
ああ、先生も私と同じ気持ちでいてくれるんだと思うと、もうどうしようもなくなって、ぐりぐりと胸に頬を押しつける。子どもっぽい仕草だろうかと思いながらも、どうすれば私の抱く気持ちが伝わるかわからずに、抱きしめる腕にも力を込めた。
「……可愛いな」
「先生」
「ん?」
「好きです」
「ああ。私もだ」
ふいに、姫島屋先生の身体が離れた。もっとくっついていたかったのに、と残念な表情をしていただろう私を見て、姫島屋先生がおかしそうに笑う。
ゆっくりと姫島屋先生の顔が近づいてきた。
当たり前のように目を閉じて、唇が合わさる心地よさを受け入れた。
一度目のキスはすぐに離れたけれど、そのあと、何度も角度を変えて繰り返されるキスは次第に深くなっていく。
「明日は、予定があるか?」
「いえ」
「……どこかで一泊していくか」
耳元で囁かれた言葉に、私は拒否などするはずもなく。
ゴールデンウィークで、初デートである日帰り旅行は、一泊旅行へと変更になった。
「これ、買ってくださったわけじゃないんですか。……あ、私が喜んじゃったから、本当のことを言いだしにくくなったとか」
「違う。きみに、買ったんだ……昔」
「昔?」
姫島屋先生は、両手で髪をかき上げるように顔を覆うと、防波堤に臥せってしまった。耳が赤い。かなり。
「気持ち悪いだろう。自分でも自覚している。そもそも、何が規律だ。自分から破っておいて、教師失格もいいところだ。あげくに自分から連絡を絶って、気持ちを伝えることもせずに、買ったこれも捨てられずにずっと持っていて……最低だ。気持ちが悪い」
一気に言い放った先生は、それきり動かなくなった。
私は、ストラップもとい根付けを目の高さまで掲げて、和風狐の裏面に『晴明』と記載さえた文字に気づいた。
息を呑む。
――懐かしいな
――きみに、買ったんだ
先生の言葉が、脳裏に蘇る。
同時に、目の前に広がる海と、京都の鴨川が重なって見えた。
修学旅行の夜、姫島屋先生とふたりで眺めた鴨川は私にとって特別で、とてつもなく幸福な時間だった。
「……覚えてくださったんですか」
あの日のことを。
それだけじゃない、この根付けを当時、私のために買ってくれたというのか。ニコイチの、お揃いの根付けを。
学生時代の私の気持ちを否定した先生。
連絡手段をすべて経ったことを、情けないと言った先生。
やっとそれらの意味を、理解できた。
私は、全身がむずむずして、暖かくて、どうしようもなくなって、姫島屋先生の身体を抱きしめた。横から抱きしめると、すんなり後ろへ手を回せたから、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
姫島屋先生が、弾かれるように顔をあげた。
目が合った瞬間、姫島屋先生の頬が甘く染まっていく。
「そ、そんな顔をするな」
どんな顔をしていたのだろう。ただ嬉しくて、この気持ちを伝えたいだけなのに。
「聡さん」
「……なんだ」
「聡さん」
「だから、なんだ」
「好きです。ずっと、好きです」
さらに強く腕に力を込めると、姫島屋先生の手が動いて、身体の向きを変えられる。正面からお互いに向き合う形になった瞬間、姫島屋先生に抱きすくめられていた。
大きくてかたい手が、背中と腰に回される。
大好きな先生の香りを、これまでより遥かに強く感じて、女としての切なさに身体が熱くなった。当たり前のように抱きしめ返し、姫島屋先生の胸へ顔を埋める。
「菜緒子」
くぐもった声には、熱がこもっていて。
ああ、先生も私と同じ気持ちでいてくれるんだと思うと、もうどうしようもなくなって、ぐりぐりと胸に頬を押しつける。子どもっぽい仕草だろうかと思いながらも、どうすれば私の抱く気持ちが伝わるかわからずに、抱きしめる腕にも力を込めた。
「……可愛いな」
「先生」
「ん?」
「好きです」
「ああ。私もだ」
ふいに、姫島屋先生の身体が離れた。もっとくっついていたかったのに、と残念な表情をしていただろう私を見て、姫島屋先生がおかしそうに笑う。
ゆっくりと姫島屋先生の顔が近づいてきた。
当たり前のように目を閉じて、唇が合わさる心地よさを受け入れた。
一度目のキスはすぐに離れたけれど、そのあと、何度も角度を変えて繰り返されるキスは次第に深くなっていく。
「明日は、予定があるか?」
「いえ」
「……どこかで一泊していくか」
耳元で囁かれた言葉に、私は拒否などするはずもなく。
ゴールデンウィークで、初デートである日帰り旅行は、一泊旅行へと変更になった。
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