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第三章 歩く死体
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そこは図らずとも、先日「沈め池」へ行く際に姫島屋先生と待ち合わせた場所から、左程離れていない茂みだった。
校舎裏、裏庭と一般沿道を隔てた柵の外側にずらっと並ぶ、つつじの茂みの隙間にしゃがみこんだ私は、今日こそ忘れなかった懐中電灯を片手に、じぃっと目を凝らして校舎の裏側を見つめていた。
時間は、午後八時前。
あと少しで、例の声が聞こえるという時間だ。
隣でため息が聞こえて、私は身を小さくして、ちらっと隣で同じように身をひそめている姫島屋先生をみた。
いつも以上に、眉間の皴が深い。
「……すみません」
「何が、だ」
「付き合わせてしまって」
「違う」
姫島屋先生は、私をみた。
悪意はないが、物言いたげ……いや、不満全開な視線だ。
「そこじゃない。ついてきたのは、私が来たかったからだ」
私は今日も、勇気をふりしぼって、昼休みに姫島屋先生をお昼に誘った。最近一緒に食べることが増えてきているが、姫島屋先生に仕事がある日は、あっさり断らせるため、誘うときは未だに緊張する。
交際をはじめて、一週間。
お昼を一緒に食べたのが、初日を含めて四日。
その貴重な一日が、本日の昼だったのだが――さりげなく、ゴールデンウィークの予定を聞き出す手筈だったのに、日常会話の流れで、今夜学校の謎の声を確認しに行くことになった件を話してしまったのだ。
というよりも、進んで話すことでもないが、隠すことでもないと、その程度の認識でしかなかった。見回りも教師の仕事だと考えているし……時間外だけどさ。
どうやら、姫島屋先生はこういった労働を好まないらしい。
「あの、無理に付き合っていただかなくても大丈夫ですよ? 先生は、帰ってくださっても」
「それを本気で言っているのなら、さらに腹立たしいんだが」
また、姫島屋先生はため息をつく。
慌て始める私を見据えて、言い聞かせるような口調でいった。
「きみは、女性で、私の恋人だ。こんな夜中にひとりで出歩かせることなどさせたくないし、そういった仕事を簡単に促す教師もどうかしている。きみも、なぜ当然のように引き受けるんだ。断ってしまえばいいだろう」
私にとって、予想外の言葉だった。
もし私がミコ先生みたいに可愛い女性だったら、夜中にひとりで歩くのは危険だろうとか考えたかもしれない。
あいにく、私は見た目に自信はないし、体つきも貧相とまではいわないが、男好きのする体形ではなかった。
今更ながら、よく姫島屋先生は私と付き合ってくれたなぁと思う。
「べ、別に苦じゃないんで、そこまで深く考えていませんでした。九時とかでも、普通に買い物にぶらつくので」
「今後ひとりで外出する際は、声をかけろ。この辺りは明かりも少なく人通りもない」
「でも、治安はいいって」
「言っただろう? メディア沙汰のような事件は起きていないが、揉み消せる程度の事件は、稀に起こる。とくに、道路が整備されて、『外』から車で城山ヶ原村へこれるようになってからは」
つと、姫島屋先生の目が鋭くなる。
そういえば、以前飲み会の帰りに、ゴミ袋を拾ったことがあった。中身はビールやチューハイの缶で、明らかに『外』の人が捨てたゴミだった。
「村の名前に傷がつけば、沙賀城市議会委員の名前がでる。嫌な意味でな。そのうえ、地元も守れないだと悪評もたつ。揉み消すに限る」
なぜ、村の事件をわざわざ揉み消す必要があるのかという疑問は、姫島屋先生が先に答えてくれた。でもそれだと、今後、別の事件を助長させかねないんじゃないかと思ったけれど、あくまで私の考えでしかない。
つまり、えらい議員さんの考えはよくわからないということだ。
こほん、と。
校舎裏、裏庭と一般沿道を隔てた柵の外側にずらっと並ぶ、つつじの茂みの隙間にしゃがみこんだ私は、今日こそ忘れなかった懐中電灯を片手に、じぃっと目を凝らして校舎の裏側を見つめていた。
時間は、午後八時前。
あと少しで、例の声が聞こえるという時間だ。
隣でため息が聞こえて、私は身を小さくして、ちらっと隣で同じように身をひそめている姫島屋先生をみた。
いつも以上に、眉間の皴が深い。
「……すみません」
「何が、だ」
「付き合わせてしまって」
「違う」
姫島屋先生は、私をみた。
悪意はないが、物言いたげ……いや、不満全開な視線だ。
「そこじゃない。ついてきたのは、私が来たかったからだ」
私は今日も、勇気をふりしぼって、昼休みに姫島屋先生をお昼に誘った。最近一緒に食べることが増えてきているが、姫島屋先生に仕事がある日は、あっさり断らせるため、誘うときは未だに緊張する。
交際をはじめて、一週間。
お昼を一緒に食べたのが、初日を含めて四日。
その貴重な一日が、本日の昼だったのだが――さりげなく、ゴールデンウィークの予定を聞き出す手筈だったのに、日常会話の流れで、今夜学校の謎の声を確認しに行くことになった件を話してしまったのだ。
というよりも、進んで話すことでもないが、隠すことでもないと、その程度の認識でしかなかった。見回りも教師の仕事だと考えているし……時間外だけどさ。
どうやら、姫島屋先生はこういった労働を好まないらしい。
「あの、無理に付き合っていただかなくても大丈夫ですよ? 先生は、帰ってくださっても」
「それを本気で言っているのなら、さらに腹立たしいんだが」
また、姫島屋先生はため息をつく。
慌て始める私を見据えて、言い聞かせるような口調でいった。
「きみは、女性で、私の恋人だ。こんな夜中にひとりで出歩かせることなどさせたくないし、そういった仕事を簡単に促す教師もどうかしている。きみも、なぜ当然のように引き受けるんだ。断ってしまえばいいだろう」
私にとって、予想外の言葉だった。
もし私がミコ先生みたいに可愛い女性だったら、夜中にひとりで歩くのは危険だろうとか考えたかもしれない。
あいにく、私は見た目に自信はないし、体つきも貧相とまではいわないが、男好きのする体形ではなかった。
今更ながら、よく姫島屋先生は私と付き合ってくれたなぁと思う。
「べ、別に苦じゃないんで、そこまで深く考えていませんでした。九時とかでも、普通に買い物にぶらつくので」
「今後ひとりで外出する際は、声をかけろ。この辺りは明かりも少なく人通りもない」
「でも、治安はいいって」
「言っただろう? メディア沙汰のような事件は起きていないが、揉み消せる程度の事件は、稀に起こる。とくに、道路が整備されて、『外』から車で城山ヶ原村へこれるようになってからは」
つと、姫島屋先生の目が鋭くなる。
そういえば、以前飲み会の帰りに、ゴミ袋を拾ったことがあった。中身はビールやチューハイの缶で、明らかに『外』の人が捨てたゴミだった。
「村の名前に傷がつけば、沙賀城市議会委員の名前がでる。嫌な意味でな。そのうえ、地元も守れないだと悪評もたつ。揉み消すに限る」
なぜ、村の事件をわざわざ揉み消す必要があるのかという疑問は、姫島屋先生が先に答えてくれた。でもそれだと、今後、別の事件を助長させかねないんじゃないかと思ったけれど、あくまで私の考えでしかない。
つまり、えらい議員さんの考えはよくわからないということだ。
こほん、と。
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