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第一章 初恋は実るもの

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 姫島屋先生と再会したあと、私は、何もアプローチしていないということに。はじめまして、という言葉で一線を引かれたと思っていた。実際そうなのかもしれない。
 でも、もし先生も私に対して「覚えていないだろう」と考えていたのなら?
 余計な気を遣わせまいと、あえて初対面を装ったとも考えられる。
 相手が何も言わないのだから気づいていないのだ、と。お互いに、そう思うようにしていたんじゃないだろうか。
 どうして、私は一年間も、姫島屋先生が「迷惑がるかもしれない」なんて思ったんだろう。
 こんなに優しく、手当をしてくれる先生を。
 姫島屋先生が、私のことをただの「中等部の教師」や「過去に勤めていた学校の生徒」だと思っていたとしても、それで、十分なのに。
「私、教師になりました」
「……ああ」
「姫島屋先生に憧れて、教師になったんですよ」
 姫島屋先生が、少しだけ視線をあげる。
「憧れ、か」
「はい。そして、初恋でした」
 目を見張る先生は、驚きをありありと浮かべていて。
 アプローチしていたつもりだったけれど、高校生時代、一度も「好き」という決定的な言葉を告げていないことに思い至る。
 私は、自分勝手だ。
 告白してもいないのに、私のことを「好き」とまでいかなくても、少しくらい特別に思ってくれているだろうなんて、考えていた。気持ちも伝えずに、私のなかだけで相手の気持ちを推し量って、勝手に自分自身に幻滅したのだ。
 姫島屋先生は、驚いた顔をくしゃりと歪めて、静かに視線を落とした。
「憧れのまま終わるものだ。若い年頃の子というのは、とくに」
「私、もう学生じゃないですよ」
 高校を卒業してから、本当に、いろいろあった。
 彼氏も何人かできて、結婚の話が出たこともある。教師になって、初めて赴任した学校でも切磋琢磨働いて、心身を痛めたりもした。
 十年間は長くて、けれど、それらを経て今またこうして、姫島屋先生に出会えた。
 高校生時代の初恋を黒歴史として封印しようとした頃もあったけれど、私にとってはやはり、大切な大切な日々だったのだ。
 忘れられるはずがない。
 こうして、また、姫島屋先生に会えたのだから――もう一度だけ、チャンスがほしい。
 あの頃伝えられないまま終わってしまった、この気持ちを。
「先生」
 姫島屋先生の視線が、ゆっくりと戻ってくる。
 まるで、この先私が言う言葉がわかっているかのように、驚愕を浮かべていて。
 少しだけ、笑ってしまう。
 そしたら、ふっと心が軽くなった。
「私と、お付き合いしてもらえませんか?」
 姫島屋先生は、固まってしまった。
 すぐにさっと目を伏せて、一度大きく呼吸をしたのがわかる。私は急かさずに、ただ、答えを待った。
 先生から香る、ブラックコーヒーの匂いはだいぶんと薄れていて。
 今は、アルコールと消毒液の匂いが強い。
 初めてみる、先生の自宅玄関。
 何もかもが、特別なような気がした。
 長い沈黙ののち、姫島屋先生が顔をあげる。
 視線が重なって、緊張から体に力が入った。
「……本気、だな?」
「はい」
 姫島屋先生は、静かにゆっくりと息を吐きだす。
 それから、ふと、苦笑を浮かべた。
「わかった、付き合おう」
 この日。
 大袈裟かもしれないけれど、この世に生まれてきてよかったと思った。
 今日の日のために、しんどいことも、辛いことも、耐えてきたんだと思った。
 嬉しくて泣き出した私を、慌てて宥める姫島屋先生はいつも通りだけど。
 好きです、と繰り返す私に、優しく微笑んでくれる姿を見るだけで、満たされた気持ちになった。
 どうしよう。
 どんどん、姫島屋先生のことが好きになっていく。
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