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番外編

懐妊しました!

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「ご懐妊です」

 医者の言葉に、静寂が降りた。
 天蓋付きのベッドの上で、至れり尽くせり状態で横になっていたメリアは、表情を綻ばせる。

「やっぱり!」
「おめでとうございます、奥様」

 王宮に勤める腕のよい男性医者は、そう言って懐からメモを取りだした。

「腕の良い女医を寄越しましょう。出産に関する知識については、彼女以上の者は王都におりますまい」

 こんなに嬉しいことはなかった。
 メリアは両手で自らの腹部に手を当てる。
 ここに、赤ちゃんがいる――それも、愛するゲオルグとの子どもが。

(旦那様、なんておっしゃるかしら)

 部屋にいるのは、モナとツェーリア、そして医者を案内してきたエドワードだ。
 ゲオルグは仕事のため、王宮である。
 メリアは顔をあげると、ぽかんとしている使用人たちを見回した。

「ほらね。大丈夫だったでしょう?」

 メリアが不調になった際、誰もが心配した。
 風邪の症状にも似ていたし、なかなか改善しないため、不可侵領域となっていた夫婦の寝室をゲオルグが解放したほどだ。
 天蓋付きのベッドには、メリアが快適に過ごせるようあらゆる工夫が施されていた。
 もっとも、メリアは何度も大丈夫だと言ったし、「もしかしたら」という予感も抱いていた。
 だがなぜか、ゲオルグはじめ使用人たちはメリアが懐妊しているという発想は一切持たなかったのだ。あれほど世継ぎを望んでいたゲオルグとバルバロッサでさえ、メリアが病にかかったと大騒ぎする始末である。

 安心してもらうよう微笑んだメリアに、それぞれがこくりと頷く。
 にっこりと使用人らしい作り笑いで、「おめでとうございます、奥様」と祝いをくれた皆は、医者を送るためにモナ一人を残して部屋を出ようとする。
 皆が部屋から出る間際、モナが駆け寄ってきて「お身体は辛くないですか?」と尋ねたあと、使用人たちとともにモナも部屋から出て行ってしまった。

 寝室に一人残されたメリアは、使用人たちのぎこちない笑みと言葉に、不安になる。

(私、懐妊してはいけなかったのかしら)

 貴族についてまだ把握しきれていないメリアは、何かとんでもないことをしでかしてしまったのでは。
 そんな焦りに胸の前で拳を握り締めたとき。

「ああああああああっ」

 ドア一枚隔てた向こうから、叫び声が聞こえた。
 すました顔で医者を送ると出て行った、エドワードの声だ。

「まさかの――っ、まさかの懐妊でした――っ!」
「エドワード様、モナ、くれぐれもプレッシャーだけはご法度でちゅよ!」
「ツェーリア様、お言葉がすでに世継ぎ様に語るようになっておりますわ。落ち着いてくださいませ、まずは……そう、赤子の服を揃えましょう」
「お前こそ落ち着くんだ。まだ性別もわかっていないのだぞ! ここは、部屋を整えるところから始めねば」
「お二人とも、奥様の前では決してはしゃいではいけません! プレッシャーだけは、決して! 奥様は初産ですから、心細いに違いありませんからね。それに、今からすることは服を揃えることでも、部屋を整えることでもありません。名前を考えることです」
「それですわ!」
「それだ!」

 使用人たちの会話は丸聞こえだった。
 しかも、遠慮がちに医者が「ゲオルグ様に報告されるのが、最初かと思われますが」と教えてくれた辺りまで聞こえてしまった。

(よかった。皆、喜んでくれてるみたい)

 まだ膨らみも目立たないお腹を、愛おしく撫でる。
 ここに愛する人の子がいると思うと、胸の奥がきゅうと切なくなり、それがなんとも言えず心地よい。
 これが幸福というものなのだろう。

 すました顔で部屋に戻ってきたモナは、ゲオルグへの連絡について聞いてくる。
 結局、自分の口から伝えることにして、ゲオルグ宛の手紙には『今夜、お医者様の診断をお話します』とだけ、手紙に書いた。


 ☆


 ゲオルグは馬車へ急いでいた。
 愛する妻にここ暫く不調が続いており、ゲオルグの胸中は穏やかではない。
 こんな日に限って、抜き打ちの警備巡回という仰々しい仕事が入っており、騎士隊を組んで王都をぐるっと警備巡回したのだ。あげく、普段なら抑止力用パレードのような警備巡回なのに、不運にも窃盗団とかち合ってしまった。
 結果、宮廷に戻るまで時間がかかり、屋敷から送られてきた手紙が手元にくるのが遅れてしまったのだ。

(急ぎならば、すぐ届くよう手配するはずだ……)

 大丈夫だ、と自分に言い聞かせるが、王宮に戻って受け取った手紙は、なんとも不安を覚えるものだった。
 報告ならば執事のエドワードから、メリア本人からの手紙であってもモナの代筆で届くのが通常だ。それが、今日に限ってメリアの手書きだったことも気がかりである。

(何より内容が、医者の診断結果とは)

 愛しい妻が不安がっている姿を想像し、自分は毅然とあろうと心に決める。
 急いでいたこともあり、想定より早く馬車へついた。
 が、急ぎのときほど、想定外なことが起きるものだ。
 ゲオルグの馬車の前に、バルバロッサが寝転んでいた。
 堂々と。両手足を広げて。

(こいつっ! ここ数日、来訪を断り続けたからと、駄々をこねるつもりか!)

 メリアが不調となってから、バルバロッサの訪問を遠慮させていた。
 優しすぎるメリアは、バルバロッサがいるだけで気疲れするかもしれないからだ。彼女は頑張りすぎる節があるので、今だけはゆっくり休んでほしい。
 そういった思いから、バルバロッサの「屋敷へ行きたい」攻撃をかわしてきた。
 だが、今日に限って馬車の前で寝転んで待ち伏せするなど、たちが悪い。
 ゲオルグとの距離が縮まるにつれ、バルバロッサが両手足をバタバタさせ始めた。このまま無視をして馬車に飛び乗れば足にしがみついてくるだろう。
 それを振りほどき馬車を出発させたとして、座席に押し入ってくるか、馬車の前に飛び出してくるか、最悪、馬に飛び乗ってくるかもしれない。

(ちっ)

 舌打ちした。
 ぎりり、と歯ぎしりもする。

「さっさと乗れ!」

 手間が惜しい。
 ゲオルグが叫んだとほぼ同時にバルバロッサに起き上がり、優雅すぎる仕草で馬車へ乗り込んだ。

 ゲオルグも馬車へ乗り込むと、御者に急ぐように伝え、屋敷へ帰宅したのだった。


  ☆


「……メリアがこの手紙を?」

 馬車のなか、送られてきたメリア直筆の手紙を読んだバルバロッサは、秀麗な眉をひそめた。彼は、憂いを帯びた表情で息をつき、手紙を自らの懐にしまう。

「ああ。私は屋敷につき次第、メリアのところへ行く」

 堂々と盗まれた手紙を懐から奪い返したゲオルグは、そう言って上司の男を睨みつけた。
 バルバロッサは、そんなゲオルグをねめつける。

「私とて、場を弁えています。メリアの体調不良は知っていますし、ずっと心配でしたから。むしろ、なぜもっと早く医者に見せなかったのですか?」

 ゲオルグは言い返せずに、唸る。
 メリアが嫁いできてから、四カ月近くが経つ。
 その間、ちょっとした変化があるたびに医者を呼び――いや、呼び過ぎた。
 くしゃみが出たら、医者を呼び。咳をしたら医者を呼び。寝起きに眩暈でベッドに手をついたら医者を呼び。
 そんなふうに一日に何度も医者を呼んだせいで、メリアに、しこたま怒られたことをバルバロッサは知らない。

 今こそ医者を呼ぶときだったが、メリアが「大丈夫です」と言い張って、なかなか医者の受診に応じてくれなかった。
 それなのに。
 昨夜突然、「お医者様の件ですけれど」とメリアのほうから医者を望んだのだ。
 本人から言い出すなど、余程辛かったに違いない。なぜ無理やりにも医者に見せなかったのか、どうしてこんな日に限って休暇を取れないのか、頭を抱えたものだ。

(無事であってくれ) 

 祈る気持ちを抱えながら、屋敷に到着する。
 出迎えに出てきたのは、ハマルだった。
 いつもならば、執事のエドワードと妻のメリアが出迎えるのだが、今日に限って二人ともいない。
 ゲオルグの心が、不安に震えた。

 羽織っていた外套をハマルに渡しながら、足早へメリアがいるだろう寝室へ向かう。

「ハマル、メリアはどうだ」
「自分の口からはとても言えません」
(っ!)

 普段馴れ馴れしいハマルからはほど遠い、礼儀正しい口調で彼は言った。
 思わず振り返ると、何かを堪えるような無表情をつくり、ゲオルグと視線が合わないように目を伏せたのがわかった。

 ほとんど駆け足で階段をのぼった。
 寝室のドアをたたき、返事が返るなりすぐにドアを開いて飛び込んだ。

「メリア!」

 天蓋のカーテンを柱に止めた状態のベッドに、横座りしているメリアがいた。
 顔色がやや悪いものの、彼女の浮かべる笑みは女神のように美しく艶やかだ。日に日に美しくなるメリアだが、今日のメリアは格別に美しい。

「おかえりなさいませ、旦那様。あっ、伯父様も、おいでくださったのですね。出迎えにいけず、ごめんなさい」

 メリアはゲオルグと、ゲオルグの後ろをついてきたバルバロッサに微笑んだ。
 その姿には憂いがなく、作り笑いのような違和感もない。
 身体の力が抜けるほど安堵したゲオルグは、メリアの隣に座るなり、彼女を強く抱きしめた。

「……ただいま」

 手のひらや腕、胸に、伝わるメリアのぬくもりにっほっとした。

(メリアだ)
 
 腕のなかに、メリアがいる。
 匂いも、肌のさわり心地も、抱きしめ具合も、ゲオルグの身体が熱を擡げ始める感覚も、何もかもがメリアのもの。

 視界の端で、ハマルが紅茶を淹れ始めるのが見えた。
 バルバロッサは、貴族らしい優雅な立ち振る舞いでカウチに座る。

「旦那様、今日はお医者様を手配してくださってありがとうございます」
「構わない。それで、医者の診断というのは、どういうものだったのだ?」
「はい! あの、赤ちゃんが出来たそうです!」

 ぱぁ、と太陽もかくやというほど眩しい笑顔で、メリアがいう。
 ゲオルグはぽかんとした。

 あまりにも、予想を覆す診断だったためだ。

(あ、赤子? ……つまり……)

 メリアが、自分のお腹に手を当てた。
 しなやかな指が撫でる腹部に、自然と視線がいく。

(私が、父親になるということか……?)

 あれほど子を望まれ、自分でもいつかはと考えていたにも関わらず、自分が父親になるという考えはメリアの不調の原因の一つから、完全に除外されていた。
 独身生活が長かったせいか。
 それとも、未だにメリアと夫婦になったという夢のような出来事を現実として認識できていないのか。

「ついに私も……父親に……なるのですね」

 茫然とするゲオルグの耳に、バルバロッサの声が飛び込んでくる。

「バルバロッサ様、すみませんが奥様が旦那様にお話があるそうですので、暫く客間のほうへお願いできますかね」
「いいえ、私はここで……離しなさい、ハマル」
「あなたがいるとややこしくなりそうなので、ぜひぜひこちらへ。皆も揃っていますから」
「皆? 誰のことです?」
「エドワード様たちですよ。今日は始終、気持ち悪いほど笑顔なんです。奥様が自らお話になる前に表情で即バレするので、私が出迎えにいったというわけでして」
「ハマル、きみはなぜ表情がにやけない!? 私の子が出来たんだぞ!」
「そういう発言がややこしいんですよ」

 会話が遠ざかり、やがて聞こえなくなった頃。
 ゲオルグはやっと、メリアの腹から顔へ視線を戻した。

 くすくすと軽やかに笑う声が、胸を甘くざわめかせる。

「伯父様ったら、混乱されているのかしら」
(……混乱してても正常でも、やつはああいう態度を取るだろう)

 じわじわと、自覚がやってきた。
 メリアの腹に、子が宿った。
 ゲオルグの子だ。
 つまり、二人の愛の結晶であり、家族が増えるということである。
 感極まって泣きそうになるのに、言葉が出てこない。
 こういうとき、メリアを労わって愛を囁き未来を語るのが、男としてやるべきことなのだろう。だが、いくら頭で考えても、言葉が喉でつっかえてでてこなかった。

 無言のまま、抱きしめる腕の力を強めた。
 それくらいしか出来なかったからだ。
 メリアは笑みを深めて、額をゲオルグの胸にすり寄せてきた。

「ありがとうございます、旦那様」

 メリアは、ほんのりと頬を染めて安心しきった表情でゲオルグの胸に凭れる。

「とても、とても、幸せです」

 こんなに懸命に喜びを伝えてくれるメリアに対して、自分はどこまで腑抜けているのか。

「メリア」

 やっとのこと絞り出した声は、震えていた。
 どこまでも自分は格好悪い。
 それなのに、メリアはゲオルグを愛しい相手を見るうっとりした瞳で見上げてくれる。

「なんでしょう、旦那様」
「……よくやった」

 メリアがはにかんで、ゲオルグの背中に手を回す。
 心底嬉しそうに。幸せそうに。

「旦那様のお子を産めるなんて、私は幸せ者です。あの、一応知識はそれなりにあるつもりですが、初産ですし、ご迷惑をおかけすることもあるかと――」
「何を言う! 私とメリアの子ではないか。迷惑なわけがない。必要なものや、してほしいことがあれば、なんでも言え」

 メリアの不安を感じた瞬間、つっかえていたはずの言葉が、すらすらとこぼれる。
 残念ながら愛を囁く内容ではなかったが、それでもメリアは、嬉しそうに微笑むのだ。
 愛しさと喜びが、身体の奥からせり上がってくるのを感じる。

(私の子……メリアが……メリアが、私の、子を……)

 焦がれていた女性が、自分の子をその身に宿しているのだ。
 言いようのない歓喜が、嵐のようにゲオルグの体内を駆け巡る。もっとも、メリアからは無表情に見えるため、愛しい妻はゲオルグが胸中で、狂喜乱舞の裸踊りをしているなど、想像もしていないだろう。

(ああ……メリア。好きだ。好きだ……不安にさせんように、言葉を……)

 腕の中にいるメリアの背中を撫でた。





 優しくも力強い抱擁に、メリアは心の底から幸福で満ちていた。
 初妊娠ゆえの不安がないわけではないが、それを上回る喜びに溢れている。
 愛しい夫の子を宿し、皆が祝福をくれたのだ。
 ゲオルグもこんなに喜んでくれている。
 ふと、ゲオルグがメリアの背中を撫でた。優しい手つきで、労わるように。
 それだけで、胸がきゅんと甘く痺れる。

「子が無事に生まれるまで、夜の営みはやめておこう」
「……ふぁ」

 変な声が出た。

「あ、あの。安定期に入れば……」
「いや、無理はさせたくない」

(待って。待って……夜の営みがなしって……)

 宮廷使用人時代に見聞きした、貴族夫人や使用人たちの、妊娠や出産の話を思い出した。
 男性は、妻が妊娠すると『女』ではなく『母親』として見てしまい、性欲がわかなくなるとか。
 妻の妊娠中にどこどこの娼婦と馴染になったとか、性欲を持て余した末に第二夫人を娶ったとか。

 男同士の下世話な話は、夜会では毎度聞いていた。
 当時は自分に無関係だと聞き流していたが、由々しき事態である。

 愕然としたメリアに、ゲオルグが熱のこもった声で囁いた。

「私のことは気にしなくてもいい」
「でも、あの」

 正直に言うと、ゲオルグは絶倫だ。
 毎夜ねちっこいほどメリアを絶頂に導いてくれる。

 特に最近は、当初の激情だけの営みではない。
 スローセックスとか、ちょっと変わった体位だとか、メリアを様々な方法で気持ちよくしてくれるのだ。メリアの体調が戻ったら、えっちなオモチャを売っているお店に行こうとデートの約束だってしていた。

(……私、旦那様の期待に応えられない、妻になっちゃう……)

 第二夫人、懇意の娼婦、という言葉が過って、顔を青くした。

「――だが、私も子が生まれるまでずっと、性欲を我慢することはできない。そのあたりは、わかってくれるな?」

 ゲオルグの、幼子に言い聞かせるような声音にメリアは震える。
 貴族夫人として、夫がほかの妻を娶ったり懇意の娼婦をつくるのは、寛容に認めなければならない。
 きゅ、と唇を噛んだ。
 お腹に手を当てて、愛しい存在を感じて――メリアは、俯くと小さく頷いた。

「はい。……理解しています」

 大丈夫。
 ゲオルグが愛しているのはメリアだ。
 愛されている自覚もあるし、今だってメリアを思って言ってくれている。
 だから……大丈夫。

「メリアを不安にさせないと約束する」

 ゲオルグは感極まったようにそう言うと、メリアを腕の中に閉じ込めた。

「安定期に入るまでは、自慰行為で我慢しよう。メリアの傍で行うから、見ていてくれ。むしろそのほうが興奮する。もしメリアがよければ、手でしてくれるとさらに嬉しい。安定期に入ったら、触れたい。擦りたい。……誓って本番はしないゆえ、安心して欲しい」
「……あ、はい」

 思っていたのと違った。
 ゲオルグの「わかってくれるな?」に含まれた意味をすぐに理解できないなんて、メリアは彼の妻としてまだまだ未熟であると実感する。
 ゲオルグがあまりにも一途に愛してくれるので、彼が基本的に女嫌いであることを失念してしまっていたのだ。
 メリアは、ぐりぐりとゲオルグの胸に顔をこすりつけた。

「手も、口も、おっぱいも、いっぱい使って旦那様を気持ちよくします。私、私……いっぱい、えっちなこと頑張りますっ!」
「メリアッ!」

 髪に長い指が差し込まれて、唇が重なる。
 深い口づけを受けて、身体が心地よい熱に潤み始めた。

 荒い呼吸をつきながら顔を離したゲオルグは、潤んだ瞳でメリアを見つめて口をひらいた。

「私は、不甲斐ない男だ。この歳になっても、父親になるには未熟だろう。こんな私だが、頼ってほしい。全身全霊、すべてをかけて守る」

 再び唇が重なって、啄むような優しいキスをした。
 熱い吐息を感じて、身体中の産毛がざわつくのを感じる。

 いつもならばこのままベッドにもつれ込むところだが、ゲオルグはすぐに身体を離した。
 少し名残惜しそうな仕草に、胸がきゅんと甘く痺れる。

「名医を手配せねば。メリアの安全が第一だ。使用人たちにも伝えよう」
「お医者様でしたら、今日来てくださった先生が、女医様を紹介してくださいました」
「ほう、さすが宮廷医師だ」
「そろそろ、皆のところへ行きましょう。エドワードたちが懐妊お祝いをしてくれるそうです」

 ちょうどそのとき、部屋のドアがノックされ、準備が整ったとツェーリアが知らせにきた。
 ゲオルグが颯爽と立ち上がり、メリアを支えるよう手を取り、腰へ腕を回す。

 過保護すぎると思わないでもないが、気遣いが嬉しくてされるままに甘えた。
 心なしか、エスコートするゲオルグも誇らしそうだ。



 その後。
 よく短時間でここまで用意したと驚愕するほど、パーティ会場と化した客間に案内された。

 妊娠が発覚したばかりにも関わらず、すでに準備された出生届が置いてあったり。
 バルバロッサがその出生届にこっそりと自分が父親だと記入していてゲオルグの怒りを買ったり。
 エドワードとツェーリアが作った、使用人用の予定表に『令息令嬢の思春期の対応について』という色々すっ飛ばした講義の受講予定を見つけてしまったり。

 その日は賑やか且つ、斬新な祝いの日になった。

 喜んでくれる皆に囲まれて、メリアは、ゲオルグが家族を増やそうと言ってくれた日のことを思い出す。

 ゲオルグは実際に、こうして新しい家族をお腹に宿してくれた。

(……旦那様、メリアはこの世でいちばんの、幸せ者です)

 メリアはそっと、己の幸福を噛みしめるのだった。






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