上 下
15 / 17
エピローグ

エピローグ

しおりを挟む
 いつも仕事で遅くなるゲオルグから、今日は夕食を共に出来ると手紙が届いた。
 そこには、バルバロッサも同席すると書いてあり、メリアは使用人たちにこれまでのもてなし方法を聞きながら、準備をすすめる。
 例のレイブランド元子爵の一件以後、バルバロッサとは二度、ティータイムを共にしていた。
 どちらも屋敷の庭で、モナやハマルが用意した紅茶と菓子を嗜む気楽なものだったが、そのたった二度のティータイムで、メリアのバルバロッサに対するイメージは変わった。
 近寄りがたく硬派な印象があったが、とても気さくな方で、今尚メリアの母を大切に想ってくれている。
 メリアを血縁の家族だと言ってくれる、大切な伯父なのだ。
 ややメリアを可愛がり過ぎるところがあるが、それも愛嬌だろう。
 和気あいあいなゲオルグとバルバロッサを思い描いて、メリアは微笑んだ。

(夕食でのおもてなしは初めてだわ、頑張らないと)

 よし、と拳を握り締めて気合を入れるメリアに、そっと声がかかる。

「奥様、あまり張り切ると失敗しますよ」
「えっ! ……私、失敗すると思う?」
「正直に申し上げますと、思います」
「意地悪! ハマルは日に日に意地悪になるわ」
「いいですね、そのように気楽になさるのが奥様らしいかと」

 ふふ、と笑うハマルに、メリアは憮然とする。
 そのとき、主人帰宅の先触れがきて、メリアはすぐに玄関へ急いだ。
 僅かもしないうちにゲオルグが帰宅し、真っ先にメリアの元へ急ぐと胸に押しつけるように抱きしめた。ゲオルグの香りに混ざって、初夏の香りを感じ、そういえば庭の花々も姿を変えつつあったことを思い出す。

「おかえりなさいませ」
「ただいま、メリア。変わったことはなかったか?」
「はい」

 そっと胸から顔をあげると、微笑むゲオルグがいた。
 メリアは、ぽ、と頬を染めてしまう。

(どうしよう、好き)

 そんなことを考えていると名前を呼ばれた。
 バルバロッサが美しい顔を蕩けるほどに歪ませて、メリアに向けて両手を広げている。
 メリアがその胸に飛び込もうとしたとき、ゲオルグは傍にいたハマルの腕を引っ張り、バルバロッサの胸に押しつけた。

「……申し訳ありません、俺にそんな趣味はないので」
「当たり前でしょう、退きなさい!」

 ゲオルグはバルバロッサの視線を受けて、不敵に微笑んだ。
 相変わらず、悪い男の顔をしている。

「ゲオルグ、嫉妬は見苦しいですよ。久しぶりの姪との逢瀬なんです、抱きしめてもいいでしょう!」
「夫婦になって尚、私の愛は揺るがないのだ。そう簡単に触れさせるわけなかろう」
「揺るがないまでも、少し柔らかくしたらどうですか? 最近のあなたはメリアに対しての愛が駄々洩れ且つ歯止めがきかなくて、大変気持ち悪いと報告が上がっています」
(えっ!)

 ゲオルグの評判に関わることならば、メリアとて黙っているわけにはいかない。
 ゲオルグのメリアに対する溺愛ぶりは、今や周知だ。特に問題ないと思っていたが、かっこいいゲオルグを気持ち悪いと誤解させるなど、とんでもなかった。
 メリアに何か出来ることはないかと聞こうとしたとき、ハマルがそっとメリアの前で手を振った。

「夕食が冷めてしまいます、食堂へまいりましょう」
「でも」
「旦那様もゲスト様も放っておいて問題ありませんよ。奥様がレイブランド元子爵に捕まりかけたとき、旦那様が物凄い形相でレイブランド元子爵を殴りつけたのを覚えておられますか?」

 後日、墓地でレイブランド元子爵が吹っ飛んだ理由が、ゲオルグの拳によるものだと聞いた。愛する妻を救い出すナイトだと、モナからも熱く語られたほどだ。
 だがいかんせん、距離が近すぎただめ、メリアにはゲオルグの行動が見えておらず、気づいたときにはバルバロッサがレイブランド元子爵を血祭りにあげていた。
 ゲオルグの雄姿を見ていないとは言い出しにくくて、それとなく濁している。

「……ええ」
「おや。間がありましたね」
「それよりも! やっぱり先に食堂へ行くなんて駄目よ。私も――」
「奥様がいたら、もっと面倒くさいことになりますよ」
「うっ」
「張り切るのは結構ですが、奥様は『私も頑張らなきゃ』と自分を追い込みすぎです。ほどほどでいいんですよ、ほどほどで」
「で、でも」
「頑張り時がきたら、俺たち使用人が教えて差し上げます。一人ではないのですから、もっと頼ってください」
「そうですよ、奥様」

 いつも傍にいるモナも同意をくれて、メリアは頷いた。

「……ええ、ありがとう。モナ、ハマル。他の皆も」

 そしてメリアは先に食堂へ向かった。
 暫くして、脱兎のごとく食堂へやってきたゲオルグとバルバロッサは、メリアを責めるではなく、メリアを放置して二人でやり取りしていたことを謝罪した。
 どうやら、蚊帳の外に置かれたメリアが落ち込んで先に行ってしまったと思ったらしい。
 そんなことがあり、やっとのこと夕食となった。

「メリア、メリア。私のことをどう思っていますか?」
「とても頼りになる騎士様で、大切な伯父様だと思っています」
「んふふふふふふ」

 彼のファンが裸足で逃げていくほどに表情をだらしなく蕩けさせたバルバロッサは、夕食を終えたあと、机を回り込んでメリアを抱きしめた。

「やはり私は、メリアと結婚します」
「……帰れ」

 ゲオルグの絶対零度な声音が部屋の気温を下げ、蹴りつける勢いでバルバロッサを部屋から追い出すところまで、いつものティータイムと同じだった。
 両手をぶんぶんと振りながら、何度も振り返って帰っていくバルバロッサを、姿が見えなくなるまで見送る。

「伯父様とのお食事も、賑やかでいいですね」
「賑やかなのがよいのならば、家族を増やそう」

 そう言ってメリアの腰を引き寄せると、ゲオルグはメリアの髪に指を差し込んで、自分の胸にぐりぐりとメリアの貌を押しつけた。

(苦しいっ!)

 ぷは、と息を吸い込みながら顔をあげると、頬を赤くしたゲオルグと目が合う。慌てて顔を逸らすゲオルグだが、耳まで赤いので、照れているのは一目瞭然だった。
 つられて、メリアも頬を紅潮させた。

(家族を増やすって、そういうこと⁉)

 確かにメリアもいい歳だし、元々子どもを望まれていたし。

「……誤解するな。バルバロッサをメリアから遠ざけるためではない。むしろ子が出来れば、さらに足しげく通う可能性もある」

 げふん、と露骨な咳ばらいをしたゲオルグは、そっとメリアを見下ろした。

「私の子を、産んでくれるか?」

 答えなど、わかりきっているのに、律儀に聞いてくるゲオルグにメリアは微笑んだ。
 今度は、誤解でもなければ訳あり結婚状態でもない。
 メリアは自分の意志で、返事をした。
 返事を聞いて喜びに表情を綻ばせたゲオルグは、すぐさまメリアを抱き上げて寝室へ直行する。

(……嬉しい)

 メリアは、幸せを噛みしめる。
 今だけではない。
 ゲオルグが帰ってくるたび、朝起きるたび、一緒に食事をするたび……あらゆる場面で、メリアは幸せだと感じた。

 きっと、この幸福は生涯続くのだろう。

 愛しい人との間に子が生まれ、歳を取り、子の成長を見守って。
 メリアはゲオルグと共に、幸福で彩られた生涯を送るのだ――。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない

迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。 「陛下は、同性しか愛せないのでは?」 そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。 ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~

二階堂まや
恋愛
王女フランチェスカは、幼少期に助けられたことをきっかけに令嬢エリザのことを慕っていた。しかしエリザは大国ドラフィアに 嫁いだ後、人々から冷遇されたことにより精神的なバランスを崩してしまう。そしてフランチェスカはエリザを支えるため、ドラフィアの隣国バルティデルの王ゴードンの元へ嫁いだのだった。 その後フランチェスカは、とある夜会でエリザのために嘘をついてゴードンの元へ嫁いだことを糾弾される。 万事休すと思いきや、彼女を庇ったのはその場に居合わせたゴードンであった。 +関連作「騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~」 +本作単体でも楽しめる仕様になっております。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

処理中です...