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【12】屈辱のステュアート

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 ステュアートは、屈辱に打ち震えていた。
 まさか、アリアドネのような平凡女に、ステュアートの本性を見抜かれるだなんて。
 挙句に、彼女はステュアートからの愛を欲しいと望めばいいものを、まるで『どっちでもいい』かのような態度を取ったのである。

 もっとステュアートを望むべきだ。
 ただでさえ、長年アソコだけを愛していた男に振られたのだから、今度こそ幸せを望んでもいいではないか。

 ――私、頑張ってお役に立ちます。なので、何をすればいいのかいつでもおっしゃってください。

 思い出して、ステュアートは苛立ちが込み上げるのを感じた。
 
(いくらなんでも、健気過ぎませんか!? まさか私を愛していない、なんてことは……ありませんよね。もしそうだとしたら、結婚話に頷くはずがありません。相思相愛を夢見る娘が好きでも無い男に嫁ぐなんて愚の骨頂、健気以前に正気を疑います)

 政略結婚でもないし、断ることもできただろう。
 しかし、アリアドネは変なところで優しすぎるような気もする。

「……まさか、私が強く口説いたから……?」

 ふとそんな考えが過ぎったがすぐに否定した。
 ステュアートに口説かれて恋心を大きくすることはあるだろうけれど、好きでも無いのなら突っぱねればよいだけだ。
 アリアドネは平凡女だが、自分の意見を言えないほど卑屈な性分では無い。
 むしろ、周囲に流されずに意見を述べることができる、芯の強い女だ。
 それは、何日も彼女を見てきたステュアートは理解しているつもりである。

 初めて会った日、彼女はステュアートがフューリア教関係者だとわかっていながら、しっかりと意見を述べた。
 強気に出てから懇願までの流れも、より《リリアン》を思ってのことだとわかるものだった。
 
――コンコンコン。

 ドアを叩く音に、執務机でぼうっとしていたステュアートは顔を上げた。

「どうぞ」
「失礼します」

 嬉々として入ってきたのはアランだ。

「アリアドネさんとの結婚の事なんですが通例通り、結婚後に初夜でよろしいですよね? だとすると、法的にも一週間後くらいになるかと思うんですが、その間夫婦の寝室は別に……」
「いえ、今夜です」
「はい?」
「初夜です。今夜アリアドネさんのところに伺う予定です」

 アランはぎょっとしたように、目を見開いた。
 なぜ驚かれるのか。
 否定されたようで、なんだか無性に腹が立つ。

「待ってください、侍女も雇ってないんですよ? 初夜に挑むために、こう、女性は準備が必要なんです」
「必要なものはすべて準備して差しあげてください。本人が侍女が必要ならすぐに手配を」
「急ぐ必要ありますか? せめて、明日にできません?」
「できません」

 アリアドネに今夜すると大見得切ったのだから、今更延期などできるはずがない。

「本人にも了承を得ています」

 拒否は許さない、とアランを睨むと、ハッとしたようにアランが目を見張った。

「そこまで、愛し合って……わかりました! 全力で今夜に備えて準備させて頂きます!」
  
 キリッと表情を引き締めると、アランは諸々の報告をして踵を返す。
 その背中に、ステュアートは声をかけながら執務机の引き出しをひいた。

「待ってください。アラン、これを」

 取り出したのは、聖力を特殊な方法で込めたお守りである。
 紐に繋いだ小さな石で、ほんのりピンク色をしていた。

「アリアドネさんへの贈り物でしたら、大神官様が直接渡された方がいいんじゃないですか?」
「彼女にも用意してありますが、これはあなたの分です。いいですか、肌身離さず持ってなさい」

 虚をつかれた顔をするアランに、ステュアートは強く言う。


「ですが、そこまで……いえ、では、ありがたく」

 アランは深深と頭を下げて部屋を出ていった。
 一人に戻ったステュアートは、アランの来訪が気分転換になったこともあり、屈辱で満ち満ちていた気持ちを自分の中から追いやる。

 悶々と考えていても仕方がない。
 自分は今夜、アリアドネと初夜を迎えるのだ。

 ドサッと参考書を机に置いて、もう一度、初夜についてのおさらいを始めて――ハッとステュアートはあることに思い至った。

(身体が反応しなかったら、どうしましょう……?)

 ステュアートは性欲が強い方ではない、というより、ほとんどない。
 興味を持てないといったほうが正しいだろう。
 未だステュアートのなかに根強く残る幼い頃の苦痛や苦悩、それに、大神官として見てきた世の残酷さ。
 それらが、ステュアートのなかにある欲望を奪っていくのだ。

(何よりアリアドネさんは、平凡女ですからね)

 これまでステュアートの妻に収まろうという女に押し倒されそうになったり、全裸で布団で待ち伏せされたり、そういったことをしてくる女は決まって、世間で言う美女だった。
 彼女たちに反応しないのに、果たしてアリアドネに反応するだろうか。

 一抹の不安を抱えつつ準備に勤しむうちに、あっという間に夜になった。
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