大神官様に溺愛されて、幸せいっぱいです!~××がきっかけですが~

如月あこ

文字の大きさ
上 下
3 / 24

【3】失恋

しおりを挟む
「やぁ、迎えにきたよ」

 ショールを羽織って職場を出たアリアドネは、聞き覚えのある声に振り返った。

(ラティス!)

 ラフなチュニックを着ているのはこれまで通りだが、今日は珍しく髪を短く整えている。
 いつも髪型には無頓着なのに、一体どうしたのだろう。

「驚いたわ、どうしてここに?」
「まだ仕事中だろうから、迎えに来てあげたんだ。ねぇ、俺に話ってなに?」

 ラティスはまた格好よくなっていた。
 月に一度は酒を飲む仲なので先月も会っている。しかし、仕事終わりだからか、いつにも増してラティスは精悍で逞しく見えた。

 お礼を言って、二人で歩き始める。
 夕暮れの橙色が二人を包み、地面に長い影を落とす。
 肩を並べて歩くと、ラティスの背がアリアドネより頭一つ分高いことがわかる。
 子どもの頃はアリアドネのほうが高かったのに、ラティスはあっという間に背を追い抜き、兵士となって、アリアドネから遠い人になってしまった。

 アリアドネは、羽織っていたショールを握りしめる。
 ドレスを新調する余裕はなかったので、ショールを買い足したのだ。

 少しでも可愛く見られたいという思いからだが、鈍いラティスはアリアドネの健気な努力に気づかない。

「明日休みだから、俺泊まっていけるよ?」
「えっ!」

 ラティスの唐突な言葉に、アリアドネは驚いた。
 大胆な誘い文句に、耳年増のアリアドネの脳内は大変なことになる。破廉恥な妄想をしてしまう自分と、ずっと好きだった幼なじみからの誘いに、頬が真っ赤になってしまう。

(お、落ち着くのよ私。いつかラティスとそういう関係になったら、全部をあげるって決めてたじゃない!)

 ラティスは兵士になって出世しても、月に一度は会いに来てくれる優しい人だ。
 小さい頃からラティスの笑顔が大好きで、彼が笑ってくれるためならなんだってしたいと思ってきた。

「どうしたの? ぱぁっとお酒を飲もうよ」
「……あ、お酒。うん、飲もう」

 飲み明かしたいという意味だったらしい。
 どうやら男女間の諸々を意識してはいないようだが、男と女がひとつの部屋で過ごすのだから、何か起きる可能性もじゅうぶんある。

 少し早とちりをしてしまって、アリアドネは今度は恥ずかしさから赤くなった。

(……もう告白しちゃおうかしら)

 きっとラティスもアリアドネを憎からず思ってくれているだろう。だから、何も告白されるのを待つことはない。
 それに、アリアドネももう二十歳だ。結婚適齢期が十七歳のカーン帝国において、二十歳というのは婚期ギリギリの年齢だった。

「で、相談って?」
「部屋に着いたら話すわ」

 魔獣について聞いたところで、保護した現物は自宅にある。ならば今は二人で何気ない会話をして楽しみたい。

「ラティスは最近どう?」
「ぼちぼちだよ。あ、そうだ。アリアドネってさ、誕生日に何貰ったら嬉しい?」

 ぎょっとして振り返ると、ほんのり照れた様子のラティスがアリアドネを見下ろしていた。
 ドキリと心臓が跳ねる。
 来月は、アリアドネの誕生日だ。

 しかし、これまでラティスから誕生日を祝ってもらったことは無い。アリアドネからも、おめでとうの言葉くらいしか送ったことがなかった。
 物を贈る余裕がなかったし、何より改めて言葉にして祝うことが、恥ずかしいのだ。

「どうしたのよ、急に。これまで誕生日なんて気にもしなかったのに」

 照れくささから、むっと言い返してしまう。
 ラティスは頬をさらに赤くした。

「俺ら平民と違って、貴族のお嬢様はそういうのに敏感なんだってさ」

 貴族のお嬢様。
 ラティスの返事に違和感を覚えた。
 振り向くと、ラティスの視線は空中を――どこか遠くにいる誰かを見ていた。
 愛おしい人を見つめるかのように、目がとろんと緩んでいる。

 嫌な予感がした。

「俺さ、今度結婚するんだよ」

 聞きたくない。聞いては駄目だ。

「先月の巡回のとき、たまたま助けた令嬢と婚約したんだ。俺、結婚すると同時に騎士位を貰えるんだって。末端だけど、貴族だよ! すごいでしょ?」

 ラティスは思い出したようにアリアドネを振り返ると、無邪気に微笑んだ。
 おもちゃを自慢する幼子のように屈託ない笑顔を向けられて、アリアドネは無理やり笑みを作る。

「すごいじゃないの」
「やっぱり? それで、彼女に何か贈り物をしたくなったんだ。そしたら来月誕生日だって聞いたから」
「へぇ」
「今夜、飲みながら相談乗ってほしい。あ、勿論きみの話が優先だから。手紙を寄越すなんて、よっぽどのことなんでしょ?」

 それからラティスは、婚約者の令嬢のことを話し始めた。
 どうやら心根の優しい女性らしい。

 これまで剣一筋だったラティスが女性を愛し、出世をする。
 めでたいことこの上ないのに、アリアドネの中にある嫉妬や惨めさがじくじくと痛み、笑顔すら作ることが難しい。

(どうして、両想いかもしれないなんて思えたのかしら)

 アリアドネは、ついに足を止めた。

「途中で酒買って帰ろうよ。俺が奢るからさ……どしたの? 」

 俯いたまま立ち尽くしていると、ラティスが訝るように戻ってくる。

「具合が悪い?」
「……婚約者がいるなんて、知らなかったわ」
「今日話そうと思ってたんだ。黙ってたのを怒ってるの? 婚約したのは、つい先月のこと――」
「帰って」
「え?」

 ラティスが心配そうにアリアドネの肩に触れようとした手を、ぱしりと叩く。
 ギリッと奥歯をかみ締めて顔を上げた。
 驚いているラティスを真っ直ぐに見つめる。

「アリアドネ?」
「今日じゃ遅いのよ。あのね、婚約者がいるならうちに呼ばなかったわ。ましてや泊まるなんてダメに決まってるでしょ」
「どうしてさ。アリアドネは友達だろ? これまでもずっと一緒だったのに、なんで今更そんな……」
「ラティス」

 低くはっきりと、窘めるように名前を呼ぶ。
 ラティスは不安そうに顔を顰めたが、アリアドネは構わず続けた。

「ラティスはそうかもしれないけど、婚約者の令嬢の気持ちを考えてあげて。恋愛結婚するんでしょ?」
「それは……でも、アリアドネは友達だから……」
「例え友達でも、異性と二人きりなんてよくないわ。私が原因で婚約がなくなったら嫌よ。あなた、騎士になりたいんでしょ?」

 ぐっ、とラティスは唇を噛む。
 ラティスの瞳は、じっとアリアドネに向いていた。助けを求めるように、真っ直ぐに。

 幼なじみだからこそ、今の言葉を撤回して欲しいのだとわかった。
 ――嘘よ今後とも何も変わらないわ。
 そう言ってほしいのだ。

「突然呼び出してごめんなさい、今後二度としないから」
「二度とって」
「他に誰かいるときに、飲みましょ」
「……手紙にあった話っていうのは? 俺が必要なんだよね?」
「他の人に頼むわよ」

 魔獣について聞きたいのは本当だが、アリアドネにはラティスに会いたいという下心があった。
 改めて魔獣に関しては、ラティスに頼らない方法を模索しよう。

 ラティスは傷ついた表情でアリアドネを見ていた。
 傷ついたのはアリアドネなのに、なぜそんなふうに見てくるのだろう。

「わざわざ来てもらったのにごめんなさいね。それじゃあ、お幸せに。出世もおめでとう」

 ラティスは何かを言いかけたが、結局何も言わなかった。
 アリアドネも振り返らずその場から立ち去った。

 足早に自宅に戻ると、ショールを投げ捨てた。
 少しでも可愛いと思って貰いたかったけれど、ラティスにとってアリアドネはどこまでいっても友達なのだ。

 悔しくて惨めで、涙が溢れた。
 片想いが実らなかった、それだけのことなのにこんなに辛いなんて。

 ずるずるとその場にしゃがみこむ。
 嗚咽が漏れて、口を押えた。
 涙や鼻水が溢れて、胸も痛い。

(両想いかも、なんて……馬鹿みたい)

 とっくに住む世界が違ったのだ。
 アリアドネは声を押し殺して泣いた。

 ◇◇

(あの子……!)

 アリアドネは乱暴に目をこすって、寝室に向かう。
 桶の中に寝かせた魔獣はそこにいて、触れるとやはり人肌のぬくもりがあった。

 弱っているが、まだ生きているらしい。
 ほっと安堵して、またその場にしゃがみ込んだ。

「……あなたがいなかったら、ずっと泣き続けてたわ」

 まだ涙は止まらないけれど、魔獣の命がかかっていると思うと早く動かなければならない。
 魔獣はアリアドネが仕事に出ている間、一人部屋で待っていたのだ。

 食事も水分も取っていないのだから、いつこのまま冷たくなってもおかしくない。

 ごしごしと、袖で目を擦った。
 少しの間とはいえ全力で泣いたからか、気持ちが先程より落ち着いている。

「よし! ごめんね、すぐになんとかするわ。あなたのこと……えっと、呼ぶのに名前が無いと困るわね」

 情が移るかもしれないが、それを言うなら、魔獣を助けようと思った時点で手遅れだ。

「そうね。……リリアン、ってどうかしら?」

 リリアン。
 可愛い名前が、ピンクの魔獣にぴったりである。

 アリアドネは満足して頷くと、完全に涙を拭い、リリアンの今後について考え始めた。

 それから程なくして、やはり専門家に聞くべきだという判断に至った頃。

 部屋のドアをノックする音がした。
 一瞬、ラティスが来たのかと思ったが、ノックの音がラティスよりも早く、そして力強い。
 アリアドネはリリアンが籠の中で眠っているのを確認してから、玄関に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

処理中です...