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第三章 4、真実
7、
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この言葉を言うのは、勇気がいる。言ってしまうことで私は楽になるだろうが、優しい先生に、余計な負担をかけてしまうかもしれない。
「鏑木くん」
促す先生の声が、とても優しい。そして、切なさを帯びている。
私は、ぐっと唇をかんだあと、口をひらいた。
「でも、先生に嫌われるのは、いや。先生に嫌われたらって思うと、怖くておかしくなりそうなんです」
「嫌うのは、私ではなく、きみのほうだろう。私は、須藤由紀子の息子だ。それに、屋号でいまだに「須藤」を名乗っている。きみにとっては、傷をえぐるなんてものではないだろう。嫌われるどころか、刺されても文句はいえない立場だ」
「……どうしてですか。よく、意味がわかりません。私が先生を嫌うなんて、ありえません。嫌われるのは、私のほうです。黙ってて、ごめんなさい」
先生の腕にさらに力がこもった。
少し痛かったけれど、ほとんど無意識に先生の背中へ手を回していた。目頭が熱い。体の奥からこみあげてくる熱が、目からぽろぽろとこぼれ落ちて、先生のシャツに染みをつくる。
「ごめんなさい」
「謝るな。きみは、被害者だ」
頭を撫でられて、ますます涙がこぼれた。小さな嗚咽まで出てしまって、幼子のようにしがみつく。
「……私は、母の件が公になってから、周囲からは白い目で見られてきた。友人だと思っていたやつらも去っていき、内定が決まっていた会社からは内定を取り消された。そのあと、いくつか中途採用の面接をしたが、すべて落ちたんだ。定職につけず、すべてを母のせいにして、部屋に引きこもっていた時期もある。だから、きみも……母の件を知れば、私から離れるだろうと思った」
「離れません」
「ああ。きみは、離れなかった。きみは、ただの傍観者ではなく、被害者という立場なのに」
「被害者だとか、加害者だとか。そういうのも、よくわからないんです。私は、先生に嫌われたくない。はじめて、私を見てくれた人だから」
「きみは、単純だな」
先生はからかうように笑うけれど、その声音はとても優しい。
「嫌わないで」
「嫌わない。絶対だ」
先生は、私をあやすように背中を撫でながら、独り言のように話し始めた。
「鏑木くん」
促す先生の声が、とても優しい。そして、切なさを帯びている。
私は、ぐっと唇をかんだあと、口をひらいた。
「でも、先生に嫌われるのは、いや。先生に嫌われたらって思うと、怖くておかしくなりそうなんです」
「嫌うのは、私ではなく、きみのほうだろう。私は、須藤由紀子の息子だ。それに、屋号でいまだに「須藤」を名乗っている。きみにとっては、傷をえぐるなんてものではないだろう。嫌われるどころか、刺されても文句はいえない立場だ」
「……どうしてですか。よく、意味がわかりません。私が先生を嫌うなんて、ありえません。嫌われるのは、私のほうです。黙ってて、ごめんなさい」
先生の腕にさらに力がこもった。
少し痛かったけれど、ほとんど無意識に先生の背中へ手を回していた。目頭が熱い。体の奥からこみあげてくる熱が、目からぽろぽろとこぼれ落ちて、先生のシャツに染みをつくる。
「ごめんなさい」
「謝るな。きみは、被害者だ」
頭を撫でられて、ますます涙がこぼれた。小さな嗚咽まで出てしまって、幼子のようにしがみつく。
「……私は、母の件が公になってから、周囲からは白い目で見られてきた。友人だと思っていたやつらも去っていき、内定が決まっていた会社からは内定を取り消された。そのあと、いくつか中途採用の面接をしたが、すべて落ちたんだ。定職につけず、すべてを母のせいにして、部屋に引きこもっていた時期もある。だから、きみも……母の件を知れば、私から離れるだろうと思った」
「離れません」
「ああ。きみは、離れなかった。きみは、ただの傍観者ではなく、被害者という立場なのに」
「被害者だとか、加害者だとか。そういうのも、よくわからないんです。私は、先生に嫌われたくない。はじめて、私を見てくれた人だから」
「きみは、単純だな」
先生はからかうように笑うけれど、その声音はとても優しい。
「嫌わないで」
「嫌わない。絶対だ」
先生は、私をあやすように背中を撫でながら、独り言のように話し始めた。
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