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第三章 3、渡月は大体斜め上をいく

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「よくわかったな。この辺りは、地域小学校まで徒歩で五キロはかかる。二年生までは、本校ではなく、分校へ通うことができたんだ。今は、少子化で閉鎖されているがな」
 先生の声が、私を現実へ引き戻した。
 にやりと不敵に笑う須藤由紀子の唇だけが、鮮明に脳裏に残っていたが、強引に記憶の底へ沈める。私は、足元へ視線を向けた。膝の上で手を握り締めて、専門学校入学と同時に購入した紐靴を見つめる。
 ここへ来たことがある――気が、する。
 先生は、父方の実家で暮らしていると言っていた。ならば、かつてここに須藤由紀子が暮らしていたとしても、不思議ではない。
「顔色がよくないな。酔ったか、緊張したか」
「いえ、なんでも」
 自分で思っているより、小さな声になってしまった。先生が訝しんでいるような気がして、一度深呼吸をしてから、顔をあげた。
「さっきの話ですが」
「……なんだ」
 気圧されたのか、目をぱちくりさせる先生を、じっと見つめる。
 よし、話題を変えるというつかみは、上々のようだ。私は続けた。
「先生は、性交がお嫌いってことでいいですか?」
「は? ……はっ?」
「みこちゃんが、せっかくプレゼントをくれたんです。使えなかったのなら、その理由をちゃんとみこちゃんに言わないと。気持ちを無駄にしたくないんです」
「きみは、言葉の意味がわかっているのか」
「わかってます! なんで怒るんですかっ」
「怒ってない! きみがあまりにも無知ゆえに、呆れているんだ! あれを使うということは、つまり、肌を合わせるということだぞ!」
「知ってます!」
「きみは私と、つまり、そういうことが……したい、のか」
 後半が、ごにょごにょと聞きづらい。けれども、聞きとれなかったわけではない。私は、大きく首を縦に振った。通じるように、二度も。
「……本当に?」
 まるで、子どものような臆病さを見せながら、問うてくる。
「はい」
 声に出して頷く。
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