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第二章 6、渡月は試される

4、

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 そのまま体が近づいてきて、私の肩に、先生が額を置く。
「青くなっているのは、体調不良か? 本当に何もないんだな」
「はい。何も」
「……今日は、暖かくして眠れ。無理はするな」
「わかりました。先生」
 何者かに家を空けさせられて、何も盗まれていないという。
 そして、机に置かれた、おそらく一度も開かれていないだろう、住所のない先生宛の封筒。
 何者かが侵入して、先生へこの封筒を置いて行った。
 私は、そう推測する。
――今、二階かい?
 お父さんの声を思い出して、ぶわっと鳥肌が立った。とっさに窓を見て、カーテンが閉まっているか確認をした。大丈夫、カーテンは閉まっている。
 もし、あの封筒の中身を先生が見たら、どうなっていただろう。
 きっと、私を問い詰め、軽蔑し、遠ざけたに違いない。封筒の送り主は、そう仕向けたかったのだ。
 カチリ、とまた、ピースがはまった。
「鏑木くん、きみのお父さんとやらは、いつ頃日本に戻ってくるんだ?」
 父の話題に、一瞬だけ身体がはねたが、出来るだけ穏やかさを装って、答えた。
「まだまだですよ、きっと」
「ならば、卒業まで、このままここで暮らさないか」
「はい、ぜひ……え」
 思わず、先生を見る。私の肩に額をくっつけたまま、動かない。
「一人暮らしは物騒だろう。それに、通学の短縮にもなる」
「いいんですか?」
 問い返してから、唇をかんだ。
 鞄の中の封筒の意味するところを、考えたのだ。この封筒は、忠告なのかもしれない。
 だとしたら、戻らないと。一日が一人で完結する、そんな日々に。
 先生を、巻き込んでしまう前に。
 気づけば、先生の髪に指を差し込んでいた。見た目のまま、柔らかい髪だった。手触りがよく、他人の髪に触れるのは初めてだなぁとぼんやり思う。先生独特の香りは、気持ちを安心させてくれる。けれど、今回ばかりはその効果も薄かった。
「お言葉に甘えたいです。今年いっぱいは、先生のアトリエから通学させてください。来年からは、就職活動に専念したいので……バイトも、続けられないと思います」
 そしたら、もう先生と関わることはなくなるだろう。
 だから、あと少しだけ。
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