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第二章 6、渡月は試される

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『どういたしまして。少し時間が取れるんだ、このまま少し、話してもいいかな。久しぶりに我が子と話をする時間が欲しかったんだ』
「うん。少しなら、大丈夫。私もお父さんと話したいと思ってたの」
 聞きたいこと――いや、問いただしたいことならば、沢山ある。でも、踏み込んでしまったら、もう戻れない。鞄のなかに手を突っ込んで、先ほど押し込んだ封筒を握りつぶす。
 私は、努めて明るい声音で、実習で行ったこと、悩んだこと、そのなかでも楽しかったことなどを、話した。
『そうかい、身になったようでお父さんも嬉しいよ。渡月には、命の大切さを知ってもらいたいからね』
「うん。頑張るね」
 電話の向こうで、ははは、とお父さんが軽やかに笑う。
 こうして話をしていると、ねじれていたと思った自分の人生が、実は気のせいで、思春期特融の被害妄想が助長しただけではないか、と思えてくる。
『ところで、渡月。今、二階かい?』
「今は――」
 こつん、と。ふいに、階段の下で物音がした。背筋に冷たいものが流れた。
 お父さんは今、なんて、言ったの?
 まだ帰っていないと、私は言った。それに、私が暮らしているのはマンションだ。二階などない。まるで、お父さんは、私が今どこにいるのか、知っていて試しているようだ。
 くしゃり、と握りつぶした封筒を手のひらで感じる。
 この封筒は、誰がここに置いたのか。
 鍵を開けたまま、先生はどこへ行ったのか。
「……今は、マンション暮らしだよ。二階なんてないんだから」
『ああ、そうだった。それにまだ帰宅途中だったね。長電話も悪いし、そろそろ切るよ』
「おやすみなさい、お父さん」
『おやすみ、可愛い渡月』
 ぷつ、と電話が切れると同時に、携帯電話が手から滑り落ちる。携帯電話は、私の足にぶつかって床に落ち、がつんと大きな音が鳴った。
「帰っているのか?」
 ふと声がして、ドアから先生が顔を覗かせた。先生の姿が見えて、少しだけ安堵したが、不安は消えない。
 先生の瞳が、私を見ている間に大きく開かれた。
「なにがあった?」
「なにも」
「真っ青だぞ。それに、こんなに震えて。寒い時期でもないだろうに」
 駆け寄ってきた先生に両肩をささえられて、さりげなく、鞄から手を引き抜いた。
「大丈夫。実習が終わって、気が緩んだだけです。先生こそ、どこにいたんですか?」
「いや、それがよくわからないんだ。電話で宅配業者に呼び出されたんだが、どこにもいなくてな」
「……宅配?」
「ああ。近くまで来ているが、道がわからないというので迎えに行っていた。なのに、目印の場所へ行ってもいない。なんだったんだ」
「いたずらかな」
「かなり不愉快ないたずらだ。泥棒かもしれないと思ったが、ぱっと見たところ、盗まれたものはなさそうだ」
「計画的な犯行ですね」
「だとしたら、かなり危険だった」
 ぐっ、と両肩に置かれた先生の手に力が入った。
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