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第二章 5、渡月は望まぬ己を知る

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 今日から配属されたユニットは、比較的会話のできる方が多かった。
 私がコミュニケーションについて苦手すぎるという件は、実習先のスタッフたちに知れ渡っておいた。本日のユニットへ挨拶に行くなり、スタッフに顔をしかめられたことで、心ががさついている。私のよくない噂が広がっているのだろう。
 腹が立たないわけではない。
 むしろ、怒りを超えて使命さえ感じる。
 この人間たちを、粛清してやることが世間のためになるのでは、と。
 そんな考えを抱くたびに、顔をしかめた。物騒な考えだ。以前からよく考えてはいたが、行動に移すことはなかった。
 私も幼かったから。
 でも、今の私ならば、実行できる。
 包丁一つあれば、このユニットにいるスタッフすべての、粛清が。だって、こんな人を見下すような人たちを、このまま放っておくなんて――私のような「被害者」が増えるだけだ。
 利用者の方々への挨拶も、あと一部屋というところまできて、私は大きなため息をついた。そして、首をぶんぶんと振って、物騒な考えを振り払った。
 そうやって自分の理屈を押し付けて、自分が正義であると思い込み、突っ走ったらどうなるかわからない私ではない。スタッフたちを正義だとも言えないが、私が悪だと世間から思われることは確かだ。
 お父さんがくれる本の主人公は、そうやって犯罪を犯し、最後には美しくこの世を去る。主人公を悪だと罵る者もいるが、一部の人間は、彼こそが正しい裁きを下した神であると、崇めるのだ。
 ふっ、と。
 須藤先生の顔が浮かぶ。きみは馬鹿なのか、と見下したような目で私を見ていた。
 不思議と、強張っていた身体が緩んで、苦笑まで浮かぶ。
 今は、実習の真っ最中だ。
 怒りや恨み、それらに支配されてくだらない妄想をしている暇があるのならば、どうすればうまくいくのか、具体的に考えて実行するほうが有意義だ。
 私は大きく深呼吸をして、ドアをノックした。返事はないが、この部屋で暮らす竹中さんは、基本的に返事をしない人らしい。三回ノックをして、ひと声かけたら、入ってもいいと聞いている。……スタッフも、必要な情報はくれているのだ。
 言われた通りに、ノックのあと声をかけて、そっとドアを開いた。
 ベッドの淵に、ちょこんと座っている竹中さんがいた。小柄なおばあさんで、歳は確か、九十八だった。言葉はほとんどなく、歩けなくはないが足腰の衰えもあり、基本は車いす移動らしい。
 竹中さんは、私を見ることもなく、ぼうっとしている。
「こんにちは。今日から三日間、ここで実習させていただく鏑木です。よろしくお願いします」
 竹中さんは、無言だった。
「少しだけ、お話してもいいですか」
「話すことなんか、あらへん」
 声はとても小さかった。年齢がありありと浮かんだ、屋久島の大樹を彷彿とさせる声音は、今にも消えてしまいそうで、けれど、確かな存在感がある。
「では、今はこれで失礼します。また、きますね」
 会釈をして、部屋を出る。
 何十人という利用者へ挨拶をして、冷遇され、洗礼のような嫌味を言われ、ときには一方的にひたすら話しかけられもしたけれど。
 竹中さんの、ちょこんとベッドに座ったままの姿が、やけに記憶に残った。
 ***
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