須藤先生の平凡なる非日常

第二章 ４、渡月とお父さん

５、

「私はきみが、嫌いではないということだ。きみはどうも、他者との間に壁を作りすぎる。今はよいかもしれないが、社会で生きていくうえで集団生活から逃れることはできない。今のうちに、私でコミュニケーションを練習しておけ。……この前、私のことを知れてよかったと言っていただろう」
　それって。
　ごしごしと目をこすって、布団のなかをもぞもぞ這いまわったのち（どっちが頭部分かわからなかったので）、布団から顔を出した。思っていたよりも近くに先生の顔があって、黒い瞳が大きく見開かれているのを近くで見た。まつ毛が長い。
「もっと、先生のことを聞いてもいいってことですか」
「あ、ああ。言いたくないことは、言いたくないとはっきり言う。それできみを避けるようになったりは、しない。……もっとも、きみが知りたいと思うこと限定の質問だ。くだらんことを乱射するかのような質問はやめろ」
「わかりました」
「……そうか」
「はい」
「それで、早速聞きたいことはないか？」
「特に思い浮かびません」
「……」
「ありがとうございます。なんだか、少しだけ、眠たくなってきました」
　シャワーを浴びて、ほっこりしたからだろうか。先生の体温が布団のなかで伝わってきて、とても安心するのも、眠たくなってきた理由として大きいのかもしれない。
「もう少し、年齢を意識したほうがいい」
「……すみません」
　憮然としたような、困惑したような、先生の声音に返事を返して。
　ことん、と眠りに落ちた。自分でも信じられないくらい、ゆったりと心地よく。
　奇妙な夢は、見なかった。
　＊