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第二章 4、渡月とお父さん
2、
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――あなた、見所があるわ
美しい女性は、凛とした一輪のバラのようだった。女性は、私の手を引いて歩き出す。私の目は、女性の美しい横顔に見とれていた。
いや、違う。見とれていたわけではない。
体が動かなかったのだ。声が出ない。ただ、手を引かれるままに、私は歩き出す。遠くで、私を呼ぶ声がした。名前は聞きとれないけれど、声は、どこかで聞いたことがある女の人だった。その人のところへ戻らないといけないのに、私は、この美しい女の人と歩いている。
どんどん、離れていく。
帰らなきゃ。そう思うのに、身体が動かない。
ふいに、私の手をつかんでいた女性の力が強くなった。鋭利な目が、私を見下ろす。柔和に微笑んでいるのに、その目は、笑っていない。
――まだ小さいから、大丈夫。すぐに、忘れるから
はっ、と目を覚ました私は、見覚えのない天井に戦慄を覚えて、飛び起きた。そこは見慣れた、須藤先生のアトリエで、私は休憩室で眠っていたのだ。
荒い呼吸を整えて、汗でぐっしょり濡れた自分の身体を抱きしめる。
しばらく、放心していたけれど。
軽く首を振って、のろのろと立ち上がる。時計は五時過ぎをさしており、辺りはまだ暗い。眠れそうにないので、立ち上がって体を軽く動かした。そういえば、昨日は疲れて着替えずに眠ってしまった。
私の着替えは自宅のマンションなので、眠るときのみ、先生のシャツを拝借していた。衣類の確認などいちいちしない人なので、黙っていればばれないだろう。
今日も少し借りよう、汗をかきすぎた。
先生の着替え用のラフなシャツとズボンをもって、二階の風呂場へ向かった。
ぐっすり眠っている先生の脇を通り過ぎて、熱いお湯で汗を流し、かすかに残っていた眠気を消し去る。
怖い夢を見た。
とてもとても、怖い夢。
シャワーを浴び終えて、先生のシャツとズボンを着る。全体的にかなり大きいので肩が見えたりもするが、緩い分、着ていて楽だった。
休憩室に戻ろうと、眠っている先生の隣を通り過ぎようとしたとき。
ごろん、と先生が寝返りを打った。起こしてしまったのかと体をびくつかせながら、振り返る。先生の目は閉じており、規則正しい寝息が聞こえた。
似ている。
最初に、先生に会ったときに感じたデジャブ。
今ならば、確信できた。
美しい女性は、凛とした一輪のバラのようだった。女性は、私の手を引いて歩き出す。私の目は、女性の美しい横顔に見とれていた。
いや、違う。見とれていたわけではない。
体が動かなかったのだ。声が出ない。ただ、手を引かれるままに、私は歩き出す。遠くで、私を呼ぶ声がした。名前は聞きとれないけれど、声は、どこかで聞いたことがある女の人だった。その人のところへ戻らないといけないのに、私は、この美しい女の人と歩いている。
どんどん、離れていく。
帰らなきゃ。そう思うのに、身体が動かない。
ふいに、私の手をつかんでいた女性の力が強くなった。鋭利な目が、私を見下ろす。柔和に微笑んでいるのに、その目は、笑っていない。
――まだ小さいから、大丈夫。すぐに、忘れるから
はっ、と目を覚ました私は、見覚えのない天井に戦慄を覚えて、飛び起きた。そこは見慣れた、須藤先生のアトリエで、私は休憩室で眠っていたのだ。
荒い呼吸を整えて、汗でぐっしょり濡れた自分の身体を抱きしめる。
しばらく、放心していたけれど。
軽く首を振って、のろのろと立ち上がる。時計は五時過ぎをさしており、辺りはまだ暗い。眠れそうにないので、立ち上がって体を軽く動かした。そういえば、昨日は疲れて着替えずに眠ってしまった。
私の着替えは自宅のマンションなので、眠るときのみ、先生のシャツを拝借していた。衣類の確認などいちいちしない人なので、黙っていればばれないだろう。
今日も少し借りよう、汗をかきすぎた。
先生の着替え用のラフなシャツとズボンをもって、二階の風呂場へ向かった。
ぐっすり眠っている先生の脇を通り過ぎて、熱いお湯で汗を流し、かすかに残っていた眠気を消し去る。
怖い夢を見た。
とてもとても、怖い夢。
シャワーを浴び終えて、先生のシャツとズボンを着る。全体的にかなり大きいので肩が見えたりもするが、緩い分、着ていて楽だった。
休憩室に戻ろうと、眠っている先生の隣を通り過ぎようとしたとき。
ごろん、と先生が寝返りを打った。起こしてしまったのかと体をびくつかせながら、振り返る。先生の目は閉じており、規則正しい寝息が聞こえた。
似ている。
最初に、先生に会ったときに感じたデジャブ。
今ならば、確信できた。
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