須藤先生の平凡なる非日常

如月あこ

文字の大きさ
上 下
66 / 128
第二章 4、渡月とお父さん

2、

しおりを挟む
――あなた、見所があるわ
 美しい女性は、凛とした一輪のバラのようだった。女性は、私の手を引いて歩き出す。私の目は、女性の美しい横顔に見とれていた。
 いや、違う。見とれていたわけではない。
 体が動かなかったのだ。声が出ない。ただ、手を引かれるままに、私は歩き出す。遠くで、私を呼ぶ声がした。名前は聞きとれないけれど、声は、どこかで聞いたことがある女の人だった。その人のところへ戻らないといけないのに、私は、この美しい女の人と歩いている。
 どんどん、離れていく。
 帰らなきゃ。そう思うのに、身体が動かない。
 ふいに、私の手をつかんでいた女性の力が強くなった。鋭利な目が、私を見下ろす。柔和に微笑んでいるのに、その目は、笑っていない。
――まだ小さいから、大丈夫。すぐに、忘れるから
 はっ、と目を覚ました私は、見覚えのない天井に戦慄を覚えて、飛び起きた。そこは見慣れた、須藤先生のアトリエで、私は休憩室で眠っていたのだ。
 荒い呼吸を整えて、汗でぐっしょり濡れた自分の身体を抱きしめる。
 しばらく、放心していたけれど。
 軽く首を振って、のろのろと立ち上がる。時計は五時過ぎをさしており、辺りはまだ暗い。眠れそうにないので、立ち上がって体を軽く動かした。そういえば、昨日は疲れて着替えずに眠ってしまった。
 私の着替えは自宅のマンションなので、眠るときのみ、先生のシャツを拝借していた。衣類の確認などいちいちしない人なので、黙っていればばれないだろう。
 今日も少し借りよう、汗をかきすぎた。
 先生の着替え用のラフなシャツとズボンをもって、二階の風呂場へ向かった。
 ぐっすり眠っている先生の脇を通り過ぎて、熱いお湯で汗を流し、かすかに残っていた眠気を消し去る。
 怖い夢を見た。
 とてもとても、怖い夢。
 シャワーを浴び終えて、先生のシャツとズボンを着る。全体的にかなり大きいので肩が見えたりもするが、緩い分、着ていて楽だった。
 休憩室に戻ろうと、眠っている先生の隣を通り過ぎようとしたとき。
 ごろん、と先生が寝返りを打った。起こしてしまったのかと体をびくつかせながら、振り返る。先生の目は閉じており、規則正しい寝息が聞こえた。
 似ている。
 最初に、先生に会ったときに感じたデジャブ。
 今ならば、確信できた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...