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第二章 3、渡月の、秘密 

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 唐揚げを一口食べて、その熱さと溢れてくる肉汁に驚いた。
「わぁ、美味しいです」
「どこがだ、ただの冷凍だろう」
「え、でも熱くて、肉汁も」
「冷凍唐揚げを、油で揚げただけだ。ここではたった三個入りで四百円取っているが、コンビニでは二百円で買える。その程度の値段だ」
「こんなに美味しいんですねぇ、冷凍って」
 もぐもぐと一個を食べ終えて、オレンジジュースで流し込む。先生は次のドリンクをタッチパネルで選んでいた。
「先生、マグロ食べていいですか」
「ああ」
 先生が自分の一番近くに配置したお刺身の盛り合わせ。サーモン好きの先生は、サーモンの刺身が好物だと先々月に知った。
「マグロも美味しいです!」
「なら、こっちも食べていいぞ。ほら、マグロだ。イカもやろう」
 そして、サーモンはすべて先生が食べる、と。すでに慣れつつあるやり取りだった。サーモン単品もあったように思うが、先生はいつも、盛り合わせを頼む。私のために、サーモン以外もついている盛り合わせを注文してくれているのだ。
「私の人生最大の謎になるだろうな」
「なにがです?」
「きみを雇ったことだ」
「はぁ、なるほど」
「どうでもよさそうな顔をするな」
「……すみません」
 先生は、何かぶつぶつと文句を言っている。たまに、先生には愚痴が多い時期がやってくる。愚痴は吐き出せるだけよいのよ、と中学時代に保健室の先生が言っていた。私が生理痛でベッドで寝ていたとき、カーテンの向こうで知らない生徒の相談に乗っていたのを聞いていたのだ。
「大体、きみもほいほいついてきすぎる」
「そうですか」
「当たり前に雇われて、夕方に出かけて、今度は家に泊まる。妙齢である自覚はないのか? 親御さんにはなんて言ってあるんだ?」
「お父さんには言ってませんよ」
 私が注文したパスタがきた。「少し食べますか?」と聞くが、先生は無言のまま激しく顔をしかめていた。
「放任主義か」
「いいえ。毎朝必ず電話がありますし、気にかけてくれているみたいです」
「……電話?」
「海外赴任してるんです。私、一人暮らしなんですよ」
「きみのような世間知らずを一人暮らしさせるなんて、自殺行為だろう!」
 あんまりな言葉を投げかけられて、思わず唇を尖らせてしまう。
「これでも、中学生になったときからずっと一人暮らししてるんです! 六年以上の実績があるんです、問題ありません」
「実績というのかそれは……いや、ではなく、中学生から?」
「はい。小学生のころは親戚の家で暮らしてたんですけど。あ、これも美味しい」
 先生は、考える素振りを見せたあと、追加注文したジョッキを傾けた。どん、と置いて、口をひらく。
「世間知らずだと思ったら。出会ったころのきみを思い出して、やや納得できた。自分に閉じこもるしか身を守るすべを知らなかったのだろう。きみは、ほとんど他者と関わらず生きてきた。そのような生き方しか選べなかったからだ」
「おそらく、おおむねその通りかと」
「まったく、中学生といえば小学校を卒業したばかりだぞ? 前年度までランドセルを背負っていたやつを一人暮らしさせるなんて、どうかしている」
「お父さんが、そのほうがいいだろうって。親戚の家、あまり居心地がよくなかったんです。結果、今の私があって、こうして先生にも会えたのでよかったんですよ」
 先生は、また何か愚痴を言っている。
 ややのち、ふと考えるように質問をよこしてきた。
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