上 下
61 / 128
第二章 3、渡月の、秘密 

2、

しおりを挟む
 店員に案内された私は、掘り炬燵式の席で暖かいおしぼりを受け取り、そわそわしていた。店員さんが、ご注文はタッチパネルでお願いいたします、と言って会釈をし、次の接客へ向かった。
 辺りは薄暗く、個室ではないが、机同士は背の高い仕切りで仕切られている。
「ここが、ファミレスですか?」
「どこをどう見ればそうなるんだ」
「だって、ほら」
 私は、奥の席で談笑している家族へ目を向けた。二歳ほどの男の子に、小学校低学年ほどの女の子。母親と父親らしき男女の、四人が座っていた。ちょうどこの席から見えるテーブルだが、向こうは家族での過ごしに夢中でこちらを気にもしていない。微笑ましい家族の姿だ。
「家族でご飯を食べることができる場所を、ファミレスっていうんですよね。私、初めてです。三条通りにもいくつかあるんですが、一人で入る勇気はなくて」
 先生は、奥の家族を見たあと、メニューへ目を通して、軽く首を振った。
「最近の居酒屋は、家族連れメニューもあるんだな。世間は変わった」
「居酒屋とファミレスって同じだったんですか?」
「もう話すな、他に聞かれると私まで馬鹿だと思われる。きみはどれだけ世間知らずなんだ」
 え、と首をかしげる。スマホで、ファミレスと居酒屋の違いを調べようと思ったが、先生が軽く手で制した。
「先に注文だ。どれにする? 飲酒は禁止だ」
「わぁ、沢山ありますね」
 メニューは薄い冊子になっており、イラストや写真、文字のみのメニューと様々だ。想像が出来ないのに、文字だけでおいしそうだと思えるから不思議である。
「じゃあ、たらこパスタを」
「ふむ。あとは適当に頼むか。飲み物は、オレンジでよかったか」
 はい、と頷いた。
 何度か一緒に外食しているうちに、飲み物の好物まで覚えてもらった。先生は、ぽちぽちといろいろなボタンを押している。こちらからは何を操作しているのかわからないが、先生はよく来るのだろうか。
「なんか、格好いいですね」
「どこがだ。安っぽい居酒屋を、精いっぱい高く見せている滑稽な店に思える。大抵のものは、薄暗がりではよく見えるものだ」
「店はよくわかりません。先生が、格好いいんです」
 先生は、タッチパネルの機械を置きながら、はぁ? と言いたげな顔を私に向けた。私は大きく頷いて、「タッチパネル、自由に操っていたじゃないですか」と告げた。
「どうせ、さみしい独り身だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ま性戦隊シマパンダー

九情承太郎
キャラ文芸
 魔性のオーパーツ「中二病プリンター」により、ノベルワナビー(小説家志望)の作品から次々に現れるアホ…個性的な敵キャラたちが、現実世界(特に関東地方)に被害を与えていた。  警察や軍隊で相手にしきれないアホ…個性的な敵キャラに対処するために、多くの民間戦隊が立ち上がった!  そんな戦隊の一つ、極秘戦隊スクリーマーズの一員ブルースクリーマー・入谷恐子は、迂闊な行動が重なり、シマパンの力で戦う戦士「シマパンダー」と勘違いされて悪目立ちしてしまう(笑)  誤解が解ける日は、果たして来るのであろうか?  たぶん、ない! ま性(まぬけな性分)の戦士シマパンダーによるスーパー戦隊コメディの決定版。笑い死にを恐れぬならば、読むがいい!! 他の小説サイトでも公開しています。 表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

女ハッカーのコードネームは @takashi

一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか? その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。 守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。

僕のペナントライフ

遊馬友仁
キャラ文芸
〜僕はいかにして心配することを止めてタイガースを愛するようになったか?〜 「なんでやねん!? タイガース……」 頭を抱え続けて15年余り。熱病にとりつかれたファンの人生はかくも辛い。 すべてのスケジュールは試合日程と結果次第。 頭のなかでは、常に自分の精神状態とチームの状態が、こんがらがっている。 ライフプランなんて、とてもじゃないが、立てられたもんじゃない。 このチームを応援し続けるのは、至高の「推し活」か? それとも、究極の「愚行」なのか? 2023年のペナント・レースを通じて、僕には、その答えが見えてきた――――――。

不機嫌な先生は、恋人のために謎を解く

如月あこ
キャラ文芸
田舎の中高一貫校へ赴任して二年目。 赴任先で再会した教師姫島屋先生は、私の初恋のひと。どうやら私のことを覚えていないみたいだけれど、ふとしたことがきっかけで恋人同士になれた。 なのに。 生徒が失踪? 死体が消えた? 白骨遺体が発見? 前向きだけが取り柄の私を取り巻く、謎。 主人公(27)が、初恋兼恋人の高校教師、個性的な双子の生徒とともに、謎を探っていくお話。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

処理中です...