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第二章 1、渡月は、認めたくない
1、
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中学時代、何かの授業で箱庭づくりをしたことがある。段ボールの箱に、好きなミニチュアや石を置いて、好みの庭や家をつくるというものだ。
私が作った箱庭は、教師に褒められて、職員室前にあった展示用の棚へしばらく展示された。計算しつくされた設計になっていると、その教師は褒めていたけれど。
私はただ、私の日常をそのまま箱庭にしただけだった。ほかの生徒が、好みの世界を表現するなかで。
私の作った日常は、どうやら計算しつくされていたらしい。
*
徐々に寝やすくなってきたが、それでも、寝起きはひどく汗ばんでいる。
それは季節が夏を終えて、秋に近づいているからというだけではなく、最近頻繁に見る夢も関係しているだろう。
先生に――須藤先生に出会い、バイトとして雇われるようになってから。やたらと、昔のことを思い出す。昔というのは、小学生と中学生のころだ。
ぴりりり、とまるでタイミングを見計らったように、枕元の携帯電話が鳴った。私は着信も確認せずに、すぐに電話を取る。
「はい、渡月です」
『おはよう、渡月。変わりはないかな』
電話の相手は、お父さんだ。お父さんは、毎朝電話をかけてきて、私の様子を尋ねてくれる。海外赴任中ゆえ、一人暮らしをさせている娘が心配なのだという。
私は、定型的な挨拶を返した。
「変わりはないよ、元気でやってる」
『そうか、ならいいんだ。もし何かつらいことがあれば、お父さんに言うんだよ』
「うん」
『それじゃあ、今日も、いつもの言葉で終わろうか』
「わかった」
――『人の命は尊い。人の死は尊い。この世でもっとも崇高なものは、人の命である』
お父さんと声をそろえて、幼少期から日課になっている言葉を述べた。終わると、お父さんは「また明日」と言って電話を切る。
この一連のやりとりは、私が小学一年生のころから続いている。当時、親戚の家に預けられていた私は、周囲に羨まれつつもすでに携帯電話を持っていた。やりとりする相手はお父さんしかいないけれど。
諸々の準備をしてから、今日も学校へいく。
担任の矢賀先生と、クラスメートの加納さんが、挨拶をくれる。どちらの挨拶もさらっとしたものだけれど、それに返事を返すたびに、胸がほっこりとするのだ。
挨拶は、私にとって恐怖の一つだったと、今ならわかる。感情のないといわれがちな私が挨拶を返すと、相手は怖がったり、憮然としたりと、気まずい空気になるのだ。だから、挨拶を返さなければならないたびに、言葉を、声音を、表情を、どうするべきか考える。けれど、どれもうまくいかない。――そのうち、私はできる限り、他者と挨拶をしなくなっていた。
なのに、今の私は、たった一つの挨拶で胸を温める。深く考えることもない。ただ、おはよう、と言われたら、そのまま「おはよう」と返すだけだ。
「ねぇ、鏑木さん。このあとの料理実習、三人でペアにならない?」
席に着いた私に、加納さんが誘ってくれる。もう一人は美月さんだろう。加納さんの隣で、私を伺うように微笑んでいる。
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私はただ、私の日常をそのまま箱庭にしただけだった。ほかの生徒が、好みの世界を表現するなかで。
私の作った日常は、どうやら計算しつくされていたらしい。
*
徐々に寝やすくなってきたが、それでも、寝起きはひどく汗ばんでいる。
それは季節が夏を終えて、秋に近づいているからというだけではなく、最近頻繁に見る夢も関係しているだろう。
先生に――須藤先生に出会い、バイトとして雇われるようになってから。やたらと、昔のことを思い出す。昔というのは、小学生と中学生のころだ。
ぴりりり、とまるでタイミングを見計らったように、枕元の携帯電話が鳴った。私は着信も確認せずに、すぐに電話を取る。
「はい、渡月です」
『おはよう、渡月。変わりはないかな』
電話の相手は、お父さんだ。お父さんは、毎朝電話をかけてきて、私の様子を尋ねてくれる。海外赴任中ゆえ、一人暮らしをさせている娘が心配なのだという。
私は、定型的な挨拶を返した。
「変わりはないよ、元気でやってる」
『そうか、ならいいんだ。もし何かつらいことがあれば、お父さんに言うんだよ』
「うん」
『それじゃあ、今日も、いつもの言葉で終わろうか』
「わかった」
――『人の命は尊い。人の死は尊い。この世でもっとも崇高なものは、人の命である』
お父さんと声をそろえて、幼少期から日課になっている言葉を述べた。終わると、お父さんは「また明日」と言って電話を切る。
この一連のやりとりは、私が小学一年生のころから続いている。当時、親戚の家に預けられていた私は、周囲に羨まれつつもすでに携帯電話を持っていた。やりとりする相手はお父さんしかいないけれど。
諸々の準備をしてから、今日も学校へいく。
担任の矢賀先生と、クラスメートの加納さんが、挨拶をくれる。どちらの挨拶もさらっとしたものだけれど、それに返事を返すたびに、胸がほっこりとするのだ。
挨拶は、私にとって恐怖の一つだったと、今ならわかる。感情のないといわれがちな私が挨拶を返すと、相手は怖がったり、憮然としたりと、気まずい空気になるのだ。だから、挨拶を返さなければならないたびに、言葉を、声音を、表情を、どうするべきか考える。けれど、どれもうまくいかない。――そのうち、私はできる限り、他者と挨拶をしなくなっていた。
なのに、今の私は、たった一つの挨拶で胸を温める。深く考えることもない。ただ、おはよう、と言われたら、そのまま「おはよう」と返すだけだ。
「ねぇ、鏑木さん。このあとの料理実習、三人でペアにならない?」
席に着いた私に、加納さんが誘ってくれる。もう一人は美月さんだろう。加納さんの隣で、私を伺うように微笑んでいる。
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