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第一章 5、須藤先生は、やっぱり少し、変わっている

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 先生が、芸術や美術以外で、こんなに真剣な声を出すなんて初めてだ。私は、先生を振り向いた。振り向かせる強さが、先生の声にはあった。すぐ近くに座っていた先生と、目が合う。
 静かな目だった。見える感情は、悔しさや不安がほとんどだ。ちらりとだけ、母が我が子を愛するような温かい感情も見えた。
「すべてに当てはまるわけではないし、特殊な例も多々ある。だが、おおむね犯罪者に共通しているのは、圧倒的孤独だ」
「……孤独」
「そうだ」
 先生は、芸術だけではなく、犯罪心理学なども学んでいるのだろうか。ふいっ、と前を向いて顎肘をつく先生の横顔は、彫刻のように美しく、憂いを帯びていた。
「先生は、犯罪が嫌いなんですね」
「好きな人間などいるものか。事件云々をメディアが取りだたすたび、事件の真実は世間に埋もれて、一部の人間の、興奮や娯楽の材料へと変わる。真実は隠され、被害者遺族ばかりが悪目立ちする。とくに、殺人など、決して許されることではない。犯人は重い処罰を受けるべきだ」
「そうでしょうか」
 ぽつり、と言葉がこぼれた。
「犯罪者と一つにまとめることはできないのではないですか。遺伝はもちろん、環境や対人関係など、いろんなことが原因で犯罪は引き起こされるんだと思います。結果として、犯した罪は消えませんし、償うべきでしょう。ですが、犯した側も、やりたくてやったんでしょうか。先生のいう、圧倒的孤独のなかで、道を示す光を探してあがいた結果が、それなのではないですか」
「なぜきみは、犯罪者側の立場で考える? ニュースで事件が報道されるたびにそうなのかっ? 道で子どもがひき殺された、ひき殺した犯人は仕事に疲れたしんどかったんだろうな、とか考えるんだろう!」
「考えなくはないですが……怒ってます?」
「怒ってなどいない!」
 先生は、いらだたし気に指でとんとんとベンチを叩いていた。そっと目を伏せて、地面を見つめる。私の思考は、おかしいのかもしれない。だから、先生を怒らせてしまったのだ。
「違う」
 先生が、かすれた声でつぶやいた。
「きみに怒ってなどいない。自分に怒ってるんだ」
「どうしてですか?」
 返事はない。
 さやさやと揺れる、初夏の風をみせる桜の花びらが、はらりと落ちた。さらに風に舞って飛んでいく。そんな、短くもあって長い時間ののち、先生のほうを見た。
 振り向いた私を察して、先生も振り返る。先生の形のよい薄い唇が、ゆっくりと動いた。
「きみは――あ」
 あ、という言葉と同時に、先生の視線が私を超えた。
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