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第一章 5、須藤先生は、やっぱり少し、変わっている
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平穏が欲しいなら、バイトを辞めてしまえばいい。先生と学校以外で会う機会があるというだけで、学校の女子から問い詰められるだろうから。けれど、そうしないのは、ここでのバイトを心待ちにしている私がいるからだ。以前ならば、面倒ごとはすべて関わらなかった。私の感情が波立たないことが、幸福だと思っていた。
それは、私がマイナスの意味でしか心を揺らしたことがなかったからだ。初めてのことばかりなので、「おそらく」という仮定でしかないけれど。きっと、心がぬくもりで満たされたり、ぎゅう、と苦しくなったり、熱くなったり。そういった感情の波立ちは、嬉しいとか楽しいとか、プラスの意味を持っているのだろう。
「大胆だな」
先生の呟きに顔をむけると、さっと視線をそらされた。そこでやっと、堂々と休憩室でシャツを着替えていたことに思い至る。
「気が回りませんでした、気を付けます」
「そうしてくれ。犯罪者になってしまう」
「お気遣いありがとうございます。でも、先生さえ通報しなければ痴女で捕まることはないので。寛容な対応をお願いします」
「いや、きみではなく、私が捕まるという話だ」
「不本意に見せられたのに、先生が捕まるのはおかしいです」
間違ったことは言っていないはずなのに、先生は眉をひそめたまま、奇妙な顔をしていた。さらに声をかけようとするが、それより先に、先生が戸締りチェックを始めたので、私も鞄を持ってから、アトリエの戸締りにはいった。
先生の隣を歩きながら、すでに見慣れつつある餅井殿商店街、その一筋となりの、ならまちを歩く。すれ違う人はほとんどなく、平日のこの辺りは、人々を懐かしい気持ちにさせるような、ゆったりとした時間が流れていた。
「きみは、変わっているな」
ぽつりと先生が言う。
「先生に言われたくありません」
「冗談で言っているのではない。きみは、変わっている」
私も冗談で返したわけじゃないけど、と心のなかで反発しつつも、先生の言葉に耳を傾けた。
「よく、自分は他と違うんだと言いたげな、痛い子がいる。突拍子もないことを言い出したり、延々と趣味の話を続けたり」
実体験からの、言葉だろうか。聞いています、という意味合いで頷いた。
「初対面で、『宇宙人に会ったことがあるんです』とか言われても、こっちは引くだけだ。そういう、変わった人種が世の中にはいて、それも二パターンに分けられる。わざとやっている打算的なやつと、救いようがない天然記念物の二パターンだ」
心底嫌そうに顔をしかめる先生は、過去に何かあったのだろう。どこか遠い目をしているのが、横からでも嫌悪がありありと読み取れた。
それは、私がマイナスの意味でしか心を揺らしたことがなかったからだ。初めてのことばかりなので、「おそらく」という仮定でしかないけれど。きっと、心がぬくもりで満たされたり、ぎゅう、と苦しくなったり、熱くなったり。そういった感情の波立ちは、嬉しいとか楽しいとか、プラスの意味を持っているのだろう。
「大胆だな」
先生の呟きに顔をむけると、さっと視線をそらされた。そこでやっと、堂々と休憩室でシャツを着替えていたことに思い至る。
「気が回りませんでした、気を付けます」
「そうしてくれ。犯罪者になってしまう」
「お気遣いありがとうございます。でも、先生さえ通報しなければ痴女で捕まることはないので。寛容な対応をお願いします」
「いや、きみではなく、私が捕まるという話だ」
「不本意に見せられたのに、先生が捕まるのはおかしいです」
間違ったことは言っていないはずなのに、先生は眉をひそめたまま、奇妙な顔をしていた。さらに声をかけようとするが、それより先に、先生が戸締りチェックを始めたので、私も鞄を持ってから、アトリエの戸締りにはいった。
先生の隣を歩きながら、すでに見慣れつつある餅井殿商店街、その一筋となりの、ならまちを歩く。すれ違う人はほとんどなく、平日のこの辺りは、人々を懐かしい気持ちにさせるような、ゆったりとした時間が流れていた。
「きみは、変わっているな」
ぽつりと先生が言う。
「先生に言われたくありません」
「冗談で言っているのではない。きみは、変わっている」
私も冗談で返したわけじゃないけど、と心のなかで反発しつつも、先生の言葉に耳を傾けた。
「よく、自分は他と違うんだと言いたげな、痛い子がいる。突拍子もないことを言い出したり、延々と趣味の話を続けたり」
実体験からの、言葉だろうか。聞いています、という意味合いで頷いた。
「初対面で、『宇宙人に会ったことがあるんです』とか言われても、こっちは引くだけだ。そういう、変わった人種が世の中にはいて、それも二パターンに分けられる。わざとやっている打算的なやつと、救いようがない天然記念物の二パターンだ」
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