須藤先生の平凡なる非日常

如月あこ

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第一章 3、須藤先生は、ちょっぴり優しい……かも、しれない

7、

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「だから、私はとっさに接客対応をした」
「はい」
 今の先生からは想像のできない、穏やか且つにこやかな先生の態度を思い出して、頷く。
「私はそれが間違っていたとは思わないし、店を開くつもりで準備していたのだから、当然の関わり方だと思っている。だが、私の対応に、きみはひどく幻滅した表情をした」
「そう……ですか」
「気づいていなかったのか?」
「すみません」
 そうか、と先生が続ける。
「きみは、おそらく、私の接客対応に幻滅したのだろうと考える。表面上だけの言葉や表情、それらを感じ取って、同時に、私が接客として関わっていたその深い部分までをも感じ取り、その差異に落胆したのだ。わかりやすく言えば、相手の考えていることと言葉が一致していない違和感に、恐怖を覚えたのだ」
「……すみません」
 高校時代を思い出して、ぎゅっと目をつぶった。孤立していく己、腫れ物を扱うような周囲、そんな彼らの何気ない言葉に含まれた悪意、視線、態度。
 表情は笑顔で、言葉も優しい。なのに、心の奥底では私をあざ笑っていた人たちが、大勢いた。その頃から、人の心に敏感になってしまっている自覚はある。
 それ以前は――どうだっただろう。私は、どんな生活をしてたっけ。
「謝ることではない。あの件は、私が勝手に怒っただけだ。……あのカートは美しい。私が露店をする際に使うカートだ。純粋無垢で静謐、聖女であり処女であり、万人の心を癒す乙女であるような、潔癖さを見事に自然に見立てて作ってある一級品だ」
 うっとりと、まるで恋に浮かされる女性のような柔らかい声音で、先生が言う。カートを思い出して、聖女だとか乙女だとかを当てはめてみるが、どうも私が感じた印象とは違うようだ。
「私は、あれを見て、どちらかというと赤子を想像しました。自然のなかでも、新芽に近い、命の息吹を感じて。だからかな、本物っぽく見え――ひゃっ」
 唐突に腕を引かれて、否応なく足を止める。引っ張られるまま歩道の端へよけた。薄墨が下りてきた丁度よい時間帯だからか、頭上で電灯がぱっとつく。足元に敷いた影は、染み込んだようにそこにあった。
 先生の顔が、すぐ近くにある。瞳をらんらんと輝かせて、まるで、面白いものを発見した子どものような表情で、私を見ているのだ。すぐ後ろを、ちゃりん、と自転車が通り過ぎていく。どうやら自転車から身を守ってくれたらしい。だが、先生は私を見たまま動かない。先生も、動かなかった。
 近くを通り過ぎる人たちが、ちらちらと見てくる気配がする。
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