10 / 128
第一章 2、須藤先生は、ちょっぴり理不尽
4、
しおりを挟む
「お断りします」
「悪い話ではないはずだ」
「お金ではつられません!」
「ドラゴンブレスを知っているか?」
さらに拒絶の言葉を紡ごうとした私は、開いた口のまま、止まった。
ドラゴンブレス。竜の吐息。ゆらゆらと炎のような色が石の奥で揺れる、神秘的な石だ。赤色が多いが、青やほかの色もあるという。宝石ほど高級なわけではないが、魔法が使えそうな不可思議な色合いや角度によって煌めく見目が、私の心をぐっと掴んでいる。
「その様子だと、知っているな。人口オパールもある。バイトの休憩時間、私が弾いたそれらを材料にハンドメイドをして構わない」
「弾いたって、使えないってことですか」
「売り物にできないというだけで、質はよい。ほかの材料も、使えないB級品が沢山ある。好きに使っていいぞ」
「どれですか、見てもいいですか」
ここ数年、世間にハンドメイドブームが到来している。もともと物づくりが好きな私は、その界隈の話は好んで調べていたりする。ネットという手段があるのは、ある意味、酷なことだ。なぜならば、画像で見るだけでは満足できず、手元に欲しくなる。
専用のアプリなどで、手作りのネックレスやブレスレット、ブローチを購入したこともあるし、創作作品の展示や即売会にも行き、素敵空間に癒されまくったりもする。
ゆめかわと呼ばれる可愛い系、大人きれいな使い勝手のよい系、やみかわと呼ばれるダークな作品、どれも好きだが、一番好きなのは、魔法が使えそうな魔法系の作品だ。
その中でも、ドラゴンブレスは群を抜いて美しい。
アトリエを見回そうとした私は、ふと、動きをとめてクラフト教師を見た。彼は、してやったりといった顔をしている。
「なんで私がドラゴンブレスが好きだって知ってるんですか」
「そのブローチやストラップ、ハンドメイドだろう。作り手は別人だが、どちらもコンセプトは同じ、流行りの魔法系だな。そういったモノを好み、尚且つ――それは、カンラの作品だろう?」
リュックのチャックにつけている、小さなストラップ。これは、カンラというハンドメイド作家の作品だ。ネット販売を中心に活動をしており、発売日に即完売するほど人気がある。
「コアなヤツの作品を持っているということは、それなりにこの業界について詳しい」
「コアじゃないです。カンラさんは発想も作り方も、天才的で」
「一部の人間には人気らしいが、私に比べると小さいな。まぁ、そういうわけで、お前はハンドメイドに興味があり、尚且つ、作品を購入するだけの金銭的余裕がある。となれば、そろそろ自分で作りたいと思えるころじゃないか」
「う」
まさにその通りだ。だが、二年ほど前に軽い気持ちでレジンに手をつけ、自分の下手さに幻滅してから、自重していた。
とはいえ、自分でもやってみたい、という気持ちは今なお健在だ。
上着のポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して、ストラップを眺めた。先月に行った創作ハンドメイド即売会で購入したものだ。レジンを翼の形に固めたもので、黒から赤へのグラデーションになっている。角度によってきらきらと輝き、ひと目で惚れ込み、衝動買いした作品だった。ちなみに、売価三千円。
これが、自分の手で作れたら。
「わ、わたし」
クラフト教師を見て、口早に告げた。
「素材とか、全然知らないんです。作り方なんて、本当に知らなくて。でも、こんな私でも、作れるでしょうか。……こんな、素敵な作品が」
「そんな、ナンチャッテ作品よりも、ずっといいものを作れるだろう。今日作ったお前の色紙もセンスがよかった。何より、商店街で私よりカートへ引き寄せられた辺り、悪くない。大抵の人間は、作品よりも私の美しさに真っ先に目を止めて、気を引きたがる」
「本当に、私でも作れるんですか!」
後半は聞かなかったことにして、私は、意気込んで問う。途端に、クラフト教師は気分を害したように眉をひそめた。
「二度言わせるな。作り方や手順の基礎さえ覚えれば、作れる。時間があれば教えてやろう」
不快だと訴えながらも丁寧に答えてくれる辺りに、はじめてこの教師に好感をもった。
よし、と胸の前でこぶしを握り締める。
***
それは、私の日常に放りこまれた、投石だった。
まさか、その投石が波紋をひろげ、私自身の人生を大きく変えることになるなんて。
この時の私は、今後起こることなど、想像さえしていなかった。
「悪い話ではないはずだ」
「お金ではつられません!」
「ドラゴンブレスを知っているか?」
さらに拒絶の言葉を紡ごうとした私は、開いた口のまま、止まった。
ドラゴンブレス。竜の吐息。ゆらゆらと炎のような色が石の奥で揺れる、神秘的な石だ。赤色が多いが、青やほかの色もあるという。宝石ほど高級なわけではないが、魔法が使えそうな不可思議な色合いや角度によって煌めく見目が、私の心をぐっと掴んでいる。
「その様子だと、知っているな。人口オパールもある。バイトの休憩時間、私が弾いたそれらを材料にハンドメイドをして構わない」
「弾いたって、使えないってことですか」
「売り物にできないというだけで、質はよい。ほかの材料も、使えないB級品が沢山ある。好きに使っていいぞ」
「どれですか、見てもいいですか」
ここ数年、世間にハンドメイドブームが到来している。もともと物づくりが好きな私は、その界隈の話は好んで調べていたりする。ネットという手段があるのは、ある意味、酷なことだ。なぜならば、画像で見るだけでは満足できず、手元に欲しくなる。
専用のアプリなどで、手作りのネックレスやブレスレット、ブローチを購入したこともあるし、創作作品の展示や即売会にも行き、素敵空間に癒されまくったりもする。
ゆめかわと呼ばれる可愛い系、大人きれいな使い勝手のよい系、やみかわと呼ばれるダークな作品、どれも好きだが、一番好きなのは、魔法が使えそうな魔法系の作品だ。
その中でも、ドラゴンブレスは群を抜いて美しい。
アトリエを見回そうとした私は、ふと、動きをとめてクラフト教師を見た。彼は、してやったりといった顔をしている。
「なんで私がドラゴンブレスが好きだって知ってるんですか」
「そのブローチやストラップ、ハンドメイドだろう。作り手は別人だが、どちらもコンセプトは同じ、流行りの魔法系だな。そういったモノを好み、尚且つ――それは、カンラの作品だろう?」
リュックのチャックにつけている、小さなストラップ。これは、カンラというハンドメイド作家の作品だ。ネット販売を中心に活動をしており、発売日に即完売するほど人気がある。
「コアなヤツの作品を持っているということは、それなりにこの業界について詳しい」
「コアじゃないです。カンラさんは発想も作り方も、天才的で」
「一部の人間には人気らしいが、私に比べると小さいな。まぁ、そういうわけで、お前はハンドメイドに興味があり、尚且つ、作品を購入するだけの金銭的余裕がある。となれば、そろそろ自分で作りたいと思えるころじゃないか」
「う」
まさにその通りだ。だが、二年ほど前に軽い気持ちでレジンに手をつけ、自分の下手さに幻滅してから、自重していた。
とはいえ、自分でもやってみたい、という気持ちは今なお健在だ。
上着のポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して、ストラップを眺めた。先月に行った創作ハンドメイド即売会で購入したものだ。レジンを翼の形に固めたもので、黒から赤へのグラデーションになっている。角度によってきらきらと輝き、ひと目で惚れ込み、衝動買いした作品だった。ちなみに、売価三千円。
これが、自分の手で作れたら。
「わ、わたし」
クラフト教師を見て、口早に告げた。
「素材とか、全然知らないんです。作り方なんて、本当に知らなくて。でも、こんな私でも、作れるでしょうか。……こんな、素敵な作品が」
「そんな、ナンチャッテ作品よりも、ずっといいものを作れるだろう。今日作ったお前の色紙もセンスがよかった。何より、商店街で私よりカートへ引き寄せられた辺り、悪くない。大抵の人間は、作品よりも私の美しさに真っ先に目を止めて、気を引きたがる」
「本当に、私でも作れるんですか!」
後半は聞かなかったことにして、私は、意気込んで問う。途端に、クラフト教師は気分を害したように眉をひそめた。
「二度言わせるな。作り方や手順の基礎さえ覚えれば、作れる。時間があれば教えてやろう」
不快だと訴えながらも丁寧に答えてくれる辺りに、はじめてこの教師に好感をもった。
よし、と胸の前でこぶしを握り締める。
***
それは、私の日常に放りこまれた、投石だった。
まさか、その投石が波紋をひろげ、私自身の人生を大きく変えることになるなんて。
この時の私は、今後起こることなど、想像さえしていなかった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
神様の住まう街
あさの紅茶
キャラ文芸
花屋で働く望月葵《もちづきあおい》。
彼氏との久しぶりのデートでケンカをして、山奥に置き去りにされてしまった。
真っ暗で行き場をなくした葵の前に、神社が現れ……
葵と神様の、ちょっと不思議で優しい出会いのお話です。ゆっくりと時間をかけて、いろんな神様に出会っていきます。そしてついに、葵の他にも神様が見える人と出会い――
※日本神話の神様と似たようなお名前が出てきますが、まったく関係ありません。お名前お借りしたりもじったりしております。神様ありがとうございます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ
まみ夜
キャラ文芸
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻(ホラー風味)は現在、更新休止中です。
続きが気になる方は、お気に入り登録をされると再開が通知されて便利かと思います。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる