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 グレゴール・フリオは、はやる気持ちを無理やり押し込めていた。今すぐにでも彼女のもとに飛び込み、愛しい人を抱きしめたくてたまらない。

(やっと、ここまできた……!)

 グレゴールはこの国の王太子として生まれ、いずれ王になるために帝王学を学んできた身だ。

 そして、それらはすべてが順調だった。
 ルーン侯爵に薬を盛られ、あの男の娘と強引に婚約させられるまでは――。

「殿下、やはりおひとりでは危険です」
「いや、問題ない。この町の治安も良いし、私一人で誠意を見せたいのだ」

 心配そうな側近のティアロに、グレゴールは軽く手を振った。視線は町外れにある、丘の上の家に向けたままだ。
 小雨が降っていて視界があまり良好では無いが、今度こそ決して離さないというように、視線を逸らさなかった。

 幼い頃から婚約者として大切に接してきた女性――ユルティナと、やっと再会できる。
 漆黒の髪と黒い真珠のように艶やかな瞳を持つ愛しい婚約者を思い浮かべて、グレゴールは知らずのうちに微笑んでいた。

(迎えに行ける。……やっとだ、やっと)

 ユルティナもまた、今回の騒動の被害者だ。
 ルーン侯爵が実権を握るためにグレゴールを利用しなければ、彼女は未来の王妃として変わらず公爵令嬢でいられたのに。

 此度のユルティナとの婚約解消は、決してグレゴールの意志によるものではない。
 傀儡薬と呼ばれる、まるで催眠にかかったかのように相手の洗脳を受けやすくなる薬を盛られた際に、ルーン侯爵に命じられて行動してしまったことなのである。

 すべてはルーン侯爵が傀儡薬を手に入れ、欲望のままに行動したからだ。
 しかし、そんな愚かな作戦は長く続かない。

 すでにルーン侯爵は捕縛された。
 失脚したふりをして秘密裏に行動していたベレスレント公爵が、その忠義を見せ、ルーン侯爵の悪事に確固たる証拠を突きつけて暴いたのである。

 ルーン侯爵捕縛後も、グレゴールはその後の後処理に終われた。
 一刻も早く愛しい婚約者を迎えに行きたかったが、ユルティナはすでに王都を離れていた――。

 今のユルティナは、婚約解消で支払った資金を頼りに細々と生きているという。
 その姿を想像するだけで、グレゴールは胸が締め付けられた。

「……私はユルティナを迎えに行ってくる。お前たちは宿で待て」
「殿下」
「心配いらぬ。だが、ユルティナは頑固なところがあるからな。説得に時間がかかるかもしれん。……そうだな、日が沈んでも戻らなければ、様子を見に来ても構わない」

 ティアロは渋々といった様子で引き下がり、グレゴールは単身でユルティナが暮らすという丘の上の家に向かった。
 
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