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(――そういえば、私の部屋なのよね)

 カルロは物置だった部屋を片付けて使っている。
 彼にも部屋があるのだから、ユルティナが居間に出るんじゃなくて、カルロを部屋に返せばよかった。
 リビングで夜更けまで時間を潰したユルティナは、新規雇用契約書を見ながらそんなことを思った。
 昨夜、部屋からカルロの声が聞こえた気もするが、雇用契約破棄に関する契約書を作成しなければならない責任感で頭がいっぱいで、気にする余裕もなかった。

(仕方ないわよね、キャンセルするか)

 新しく雇用を決めた護衛もなかなかよかったのだが、カルロがここに居たいというのならば彼に続けて貰う方がいい。
 なんだかんだでそれなりの年数の付き合いだし、身元もはっきりしており、間違いなく腕が立つ。

 恋慕という私情を持ち込んではいけない、と一人で悩むほど真面目な性分でもある。
 ユルティナは自分の意志でカルロを引き続き雇用することを決めたのだった。

 ギルドに提出する雇用キャンセルの書類と、雇用する予定だった者に渡す解約金云々の提案書の作成が終わったのは、朝日が昇り始めた頃だった。
 さすがに寝不足と疲労でふらふらになりながら部屋に戻ったのだが、まだユルティナの部屋にカルロがいた。

 彼はなぜかユルティナのベッドの上で全裸でうつ伏せに寝転んでおり、枕に顔を埋めている。
 どうやら彼の欲はまだ満たされていないらしい。

「お嬢様ッ、お嬢様……ッ」

 なんという破廉恥な姿だろう。
 ガタイのよい男が一人でよがる姿というのは、とてつもなくエロティックだ。

 ユルティナは、カルロにくぎづけになってしまう。
 日に焼けた肌が健康的なのにベッドのうえで突き出した尻が白いところも。
 だらしなく開いた口からこぼれる唾液も。
 普段、冷静沈着で厳めしい顔ばかりなのに、よがって顔をとろとろにしているところも。

(なんて卑猥なの……普段は鉄面皮なのに)

 手続きの書類作成が終わって、今後の雇用についていち段落ついたことで、ユルティナの心にも余裕が生まれたようだ。
 カルロはどうやら本気でユルティナに対し、恋愛感情を抱いているらしい。
 その点は構わない、人の気持ちは自由だと考えているから。

 しかしカルロは、ユルティナに対する感情のせいでユルティナを押し倒してしまうというようなことを、言っていなかっただろうか。

(……あの体格で欲望のまま襲われたら、死……)

 ぞわっ、と悪寒を覚えた。
 卑猥な姿を見たことで火照りつつあった身体が一気に冷える。

(冷静に考えるのよ。……本当にこのまま雇用を続けて大丈夫?)

 きっと大丈夫ではない。
 これほどの欲望を持て余していたのだから、何かの弾みで襲われてもおかしくなかった。

 今世では、ユルティナは恋愛から遠い場所にいる。
 政略結婚、そして王妃としての役割を担うことだけを目標に生きてきたのだ。
 ユルティナは由緒正しい公爵令嬢なので、手練手管を学んではこなかった。
 つまり、本来ならば性について無知なのだ。

 しかし、幸いなことに前世を思い出したことで、性的なことにも耐性ができた。
 コンビニで売ってるマンガにも男女の濡れ場が載ってたし、ネットの広告にも男女が絡む場面が流れてくる時代に生きていたのだ。

 前世では年若くして世を去ったが、恋人も何人かいた記憶がある。
 ただどの恋人もカルロのように筋肉質じゃなかったし、体躯も大きくなかったけれど。

「お、お嬢様ッ!?」

 ぎょっとして起き上がったカルロは、真っ青な顔をしていた。
 しかし茫然としていたのは一瞬で、カルロはすぐに我に返ると窓から朝日が差し込んでいることに驚いた。
 ひたすら全身をガクガクと震わせながら、すっと流れるような動きで床に土下座する。

「申し訳ございません!」
「……うん。疲れてるだろうから、このまま休んでて構わないわ。掃除もしておいてね」

 ユルティナはそっと部屋から出た。
 居間に戻ってソファで足を組み、ぐっと目頭を押さえる。

(……なんとかしないと)

 鍛えているだけあって、体力は化け物級らしい。
 下半身の昂りに至っては、化け物どころか魔王級のサイズである。
 あんな身体で本能のまま襲われたら、かなり本気で命が危ぶまれるだろう。

 ユルティナは、盛大なため息をついた。

 
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