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ユルティナは、つい先月まで王太子の婚約者だった。
皇妃になるため勉強に励み、誰よりも美しく凛とした薔薇のように生きてきたのである。
その婚約が破談になったのは、王太子が独断でユルティナとの婚約を破棄したためだ。
すでに聖殿に認可を取り付けたあとだったため、国王ですら婚約の破談を止めることが出来なかったのである。
しかも、王太子はベレスレント公爵家と対立しているルーン侯爵家の令嬢と婚約したため、国内の貴族の勢力図が大きく変わったのだ。
そして諸々のゴタゴタを経て、ベレスレント公爵家は没落。
婚約破棄の違約金としてユルティナ自身に支払われた個人資産を頼りに、ユルティナは従者兼護衛のカルロ一人を連れて、王都から離れた小さな町に引っ越してきたのである。
今のユルティナに雇えるのは、精々一人だ。
女のひとり暮らしに男手は欠かせないことを考えると、カルロが最も適任だったのである。
(……せめてあとひと月早く記憶が戻ったらよかったのに)
ユルティナはため息をついた。
転生した先で記憶が戻ることがある場合、悪役令嬢として相手をぎゃふんと言わせるとか、乙女ゲームのシナリオ通りにならないようこっそり行動するとか、そういった醍醐味があるはずだ。
少なくとも前世で流行っていた《転生もの》では、そういう展開がセオリーだった。
しかし、ユルティナが転生したこの世界は小説や乙女ゲームのなかではないし、前世の知識を活かして成り上がることも難しい。
世の中、そう上手くいかないのである。
ちなみに髪と目の色は黒で、髪の色ですら憧れのプラチナブロンドではなかった。
(転生特典の能力もないし。……まぁ、変な力があったら悪魔として処刑される可能性も高いけど……)
それにしても、王都追放同然に辺鄙な町にきた途端、前世の記憶が戻るなんて。
どう足掻いても公爵令嬢には戻れないし、慎ましく暮らしていくしかない。
幸い庭が広いから、自給自足もできそうだ。
暖炉のある部屋に戻ってくると同時に、玄関からカルロが入ってきた。
当然玄関ロビーのない家なので、ドアを開けばすぐそこが居間なのである。
「ご不満のようですね」
カルロはふんと侮蔑をあらわにため息を吐くと、そのまま両手に持った荷物を奥の部屋に運んでいった。
(……私みたいな落ちこぼれの世話なんか、嫌よね)
彼は本来、伯爵家の人間だ。
いくらユルティナが元公爵令嬢とはいえ、あくまで『元』だ。
不自由なく暮らしていくだけの資産はあるが、目立つことは許されず、密かに暮らしていかなければならない。
カルロは、そんな暮らしを望んでいないのだろう。
(前世の記憶も戻ったし、何もかも手伝って貰わないとならない公爵令嬢でもない。……カルロを解放しないとね)
しかし生活基盤が整うまでは、彼の力を借りよう。
都合よく振り回すことになるが、ユルティナにも生活があるのだし、雇用主としてある程度はわがままでいようと決めた。
皇妃になるため勉強に励み、誰よりも美しく凛とした薔薇のように生きてきたのである。
その婚約が破談になったのは、王太子が独断でユルティナとの婚約を破棄したためだ。
すでに聖殿に認可を取り付けたあとだったため、国王ですら婚約の破談を止めることが出来なかったのである。
しかも、王太子はベレスレント公爵家と対立しているルーン侯爵家の令嬢と婚約したため、国内の貴族の勢力図が大きく変わったのだ。
そして諸々のゴタゴタを経て、ベレスレント公爵家は没落。
婚約破棄の違約金としてユルティナ自身に支払われた個人資産を頼りに、ユルティナは従者兼護衛のカルロ一人を連れて、王都から離れた小さな町に引っ越してきたのである。
今のユルティナに雇えるのは、精々一人だ。
女のひとり暮らしに男手は欠かせないことを考えると、カルロが最も適任だったのである。
(……せめてあとひと月早く記憶が戻ったらよかったのに)
ユルティナはため息をついた。
転生した先で記憶が戻ることがある場合、悪役令嬢として相手をぎゃふんと言わせるとか、乙女ゲームのシナリオ通りにならないようこっそり行動するとか、そういった醍醐味があるはずだ。
少なくとも前世で流行っていた《転生もの》では、そういう展開がセオリーだった。
しかし、ユルティナが転生したこの世界は小説や乙女ゲームのなかではないし、前世の知識を活かして成り上がることも難しい。
世の中、そう上手くいかないのである。
ちなみに髪と目の色は黒で、髪の色ですら憧れのプラチナブロンドではなかった。
(転生特典の能力もないし。……まぁ、変な力があったら悪魔として処刑される可能性も高いけど……)
それにしても、王都追放同然に辺鄙な町にきた途端、前世の記憶が戻るなんて。
どう足掻いても公爵令嬢には戻れないし、慎ましく暮らしていくしかない。
幸い庭が広いから、自給自足もできそうだ。
暖炉のある部屋に戻ってくると同時に、玄関からカルロが入ってきた。
当然玄関ロビーのない家なので、ドアを開けばすぐそこが居間なのである。
「ご不満のようですね」
カルロはふんと侮蔑をあらわにため息を吐くと、そのまま両手に持った荷物を奥の部屋に運んでいった。
(……私みたいな落ちこぼれの世話なんか、嫌よね)
彼は本来、伯爵家の人間だ。
いくらユルティナが元公爵令嬢とはいえ、あくまで『元』だ。
不自由なく暮らしていくだけの資産はあるが、目立つことは許されず、密かに暮らしていかなければならない。
カルロは、そんな暮らしを望んでいないのだろう。
(前世の記憶も戻ったし、何もかも手伝って貰わないとならない公爵令嬢でもない。……カルロを解放しないとね)
しかし生活基盤が整うまでは、彼の力を借りよう。
都合よく振り回すことになるが、ユルティナにも生活があるのだし、雇用主としてある程度はわがままでいようと決めた。
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