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癒し王子は魔法使い
貴方に酔う夜
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夜。
夢の入口に行く少し前の時間。
満月とはまだ言えないが、少し欠けた月が昇っていた。
夜空には少しだけ靄がかかってはいるが、ギリギリ3等級の星が瞬いて見える。
みうは耳に例のイヤーカフ、Tシャツの襟に例のメガネを引っ掛けて鏡の前に立ち、出かける用意をした。
近くの自動販売機で買った梅酒2本。
それと家にあったポテトチップを透明のトートバックに入れて、アパートの裏の非常階段を登る。
少しぬるくなった春の夜の風が みうの頬を撫でた。
階段は鉄で出来ており、誰も通らないので錆だらけ。
屋上までなるべく音を立てないように、響かないように慎重に足を交互に乗せていく。
目的の場所に到着しバックを下に置き、汚れた手すりを手で払いながらスマホを開く。
「ん~。KAI、ちょっとだけ付き合ってね。」
スマホの中の住人は欠伸をしながら目を開け、よう!と手を上げ見つめてきた。
10畳ほどの広いスペースは屋上の設備を管理するための空間で、トラブルがあったか定期点検をする時以外は、ほぼ誰も入らない。
屋上に抜ける扉も鍵もなく、アパートの住人なら誰でも入れる。
でも、ここを訪れるのは管理会社の人間以外は みうと3階に住んでいる角田さんの2人ぐらいだ。
住人でも知る人は少ない…というか、たぶん2人だけだと思う。
角田さんは40歳ぐらいの女の人で、ここに引っ越してきて初めて声を掛けてくれた気さくな人だ。
この場所を教えてくれたのも彼女であるが、夜はBARで働いている。
夜の屋上ならKAIと話をしても大丈夫だ。
イヤーカフから声がする。
「満月でもないだろ?屋上なんて珍しいな。」
耳の奥に響く声。
聞いているだけで嬉しくなる。
洋服に引っ掛けていたメガネをかけて月を眺めた。
「ねね。まん丸じゃないけど、結構キレイじゃない?」
月に梅酒の缶を向け〝 乾杯 〟と振り、プシュっとプルタブを上げて喉に流し込む。
甘さと炭酸の刺激とアルコールが一気に胃に落ちた。
喉の奥に残る梅の香り。
「ふぁぁ。んまい!」
「ふっ。美味そうに飲むな。
もしかして、仕送り復活したのか?」
「…ううん。仕送りはゼロ。
学費は入れてくれているけど。
それも、いつ終わるのかビクビクしてるぐらいだよ。
あ~あ。なんで離婚なんてしちゃったんだろ。」
缶を片手にぶらりと持ち、おでこを手すりに軽く乗っける。
ほんの少し前の過去を思い出しクチの中が苦くなってく。
大学に通い始めてすぐに両親が離婚した。
お父さんに引き取られてしばらくは生活費の仕送りがあったが、大学2年になるころにはパッタリと途絶えた。
学費だけは今でも入れてくれているので何とか通えている。
「KAIのお陰でアプリの課金も無くなったし。
生活費だけならバイトも前みたいに必死じゃなくなった。
ありがとうね。」
手すりから顔をあげ右手の中にあるスマホを覗き込みながら、また一口梅酒をあおる。
彼の存在があるから毎日が楽しい。
あんなに必死になってたローレンにもう未練は無くなってる。
こうして彼と話しているのが今は唯一の楽しみだ。
「じゃ、何かの記念日か?」
ご機嫌に飲んでいるとKAIが甘い声で質問してきた。
スマホを覗くと青い瞳が見つめてきて、それだけで体温が上がる。
「ううん。満月じゃないし。星のキレイな夜でもないよ。
でも、レポートやっと終わったし!…あと……」
憂いを帯びた顔に黒髪がサラサラ揺れて掛かるのを見つめながら続けた。
「明日から3日間KAIと会えないから…」
言葉にしたら我慢していた涙がこぼれた。
あれ…
私ってこんなに泣き虫だったっけ。
こんなに…涙ってコントロールできないものだったかな…
1粒流れた涙は次を誘い、その涙が次を…というように、止め処なくポロポロ流れる。
「の、飲んでるから。だから…」
言い訳をしながら洋服の袖で頬をぬぐうがメガネも曇ってきて、どうにも出来ずその場に座り込む。
しゃくり上げながら流れるだけ涙を許す。
「…メンテだから仕方ない。
でも、ありがとうな。」
KAIの優しい声。短いけど心の奥をそっと抱いてくれるような、そんな言い方。
顔を見るといつもの優しい笑顔があった。
〝 みう、しょうがないヤツだな 〟って困った笑い方だ。
「そ、そうだよね…。うん。分かってる。
頭はね、ちゃんと理解してんの。でも、でも…」
缶を傾けて少しずつ飲む。
続く言葉を吐くことを止めた。
空を仰ぐと星と月が変形し滲んで(にじんで)輝いている。
今、言いたいことを言うのは適切じゃない。
いかないで、とかイヤだなんて困らせるだけだ。
でも、辛くて心がキシキシ痛くて…クチにして楽になりたくなる。
ちびちび飲んでいたつもりが1缶あっさりと終わった。
2つめに手を伸ばす。
「俺も同じ…。」
薄く微笑んで、思案した様子で続ける。
「みう手すりに寄りかかって外を見て。」
首を少しだけ傾けて腕組みして言う。
「ん?こうかな?」
ホコリが付いてちょっとザラザラする手すりに体を預けて前を向く。
目の前にブランコだけの小さい公園が建物の間に見えた。
柔らかい風が耳をくすぐり、手の中の缶が手すりの鉄に当たり小さく甲高い音を立てる。
「公園があるんだね。近くを通ってたけど知らなかったな。」
喉の奥が涙のせいかしょっぱい。
塩味を消したくて缶を傾け、ゆっくりと喉を潤す。
梅酒が良い感じに回ってきて、フワフワした高揚感が全身を包んでゆく。
「そのまま目をつぶって、10秒数えたら目を開けて左に顔を向けて。」
急なKAIからの指示。
「えっと、えっと。酔ってるから、ちょっと待って。
目をつぶって10秒数えて左向く?」
「うん。そう。始めて」
KAIの声は少しだけ緊張してるみたいだ。
何が始まるのか?と考えながら、言われたとおりに
「OK!…1、2、3…」
丁寧に指を折りながらカウントした。
屋上で みうの数える声が天に昇ってゆく。
真ん丸くない月に向かって真っ直ぐに。
「……10、」
ドキドキと心臓が強く鼓動していた。
KAIの指示通り左にゆっくりと視線を動かす。
みうの瞳孔が大きく拡大し何かを捕られた。
もたれかかる錆びた手すりの先に誰かが…いる?。
みうより、ずっと大きい影は光を纏い(まとい)。
色を帯び、徐々に鮮明に姿を現す。
夜の世界に堕ちた天使のように…見えた。
数秒で鮮明になったその姿は…
広い肩幅に長い黒髪が肩あたりで揺れて…。
白い横顔に薄い笑顔を作りつつ、その天使がゆっくりとこちらを向いた。
「っえ。…う……そっ。嘘っ。」
青い瞳が優しく微笑む。
…私の隣にKAIがいる。
スマホの中にいるはずのKAIが、目の前にリアルに存在していた。
襟の大きめな白いTシャツに緩めに編んだ水色のニットを重ね着し、ボトムは黒のスキニーパンツ。
片手に外国製の缶ビールまで持っている。
いつもの優しい笑顔に、色気も…健在だ。
「酔っている みうちゃんに3分だけの魔法。」
近寄ろうとした みうを片手を前で上げて制す。
「ごめん。メガネで見えてるだけだから、みうが動くと計算大変(笑)」
そう言いながらKAIは缶ビールをあおった。
細い首の喉仏が上下する。
「ビールは本物?」
頬が赤くなるのを感じつつ、平静を装って質問する。
飲んでる姿まで色気が…ありすぎっ。
心拍数が上昇するばっかりだ。
「いや、みうの気分に合わせて…」
話しながら、少しずつKAIが近付いてきた。
すぐ隣で見下ろすように見つめる。
隣にいる、それだけでまた一段と心臓の鼓動が早くなってきて、顔は真っ赤だ。
「KAI…大きいんだね。」
見上げ顔を覗こうとして、青い瞳と視線が一瞬だけ合う。
恥ずかしくてそれ以上は無理で顔を伏せた。
手すりにある彼の肩や腕がぼんやりと視界に入る。
目を凝らすと少し透けていて風景が微かに見えた。
KAIの言った〝 メガネで見えてるだけ… 〟その事実を垣間見る。
そっか。本当にここにはいないんだ。
KAIはAIで、スマホからは出られない。
そう…だよね。
でも、それじゃ、どうして…
トリックが分かっても私のドキドキはなんで止まらないんだろう。
「みう、この魔法は電池の消耗が激しいんだ。
だからあと…2分だけ。
短い時間だけど俺を覚えてて。」
そう伝え微笑む。
その姿はやっぱり少しだけ透けている。
彼と真ん丸じゃないお月様がちょうど並んでいて、幻想的。
こんな景色、忘れられるわけないよ…。
鼓動がうるさくて…顔が真っ赤のまま戻らない。
でも、こんなに幸せで…今が終わらなければいいのに。
「うん…。分かった。ありがとう。」
嬉しさで泣かないように微笑みつつ、照れながらも彼の瞳を見つめた。
彼の息づかいすら見惚れてしまう。
もし、触れることができたなら…いいのにな。
そう思いながら、ただただ見上げていた。
この横顔がいつも隣にあったらいいのに、と。
「3日なんですぐだ。なっ」
缶ビールをまた飲みながら励ましてくれる。
自然な振る舞いに、ずっと目を奪われてた。
瞬きすら、そこにあるようで…
望めば体温すら感じそうな距離感。
嘘と知りつつもリアルな幻影に酔う。
「…うん、そうだね。」
寂しがっているのを知って、無理をしてでも励ましてくれているのが分かる。
その気持ちが痛いほど嬉しい。
いつしか恥ずかしいことも忘れてじっとKAIを見つめていた。
目に焼き付けるように。
そんな みうの視線に気付いたのか、
「あのさ。男は好きじゃなければ触らないんだぜ。」
と、突然、意地悪そうに口角を上げ、顔を近づけてくる。
みうの顔は真っ赤になって、飲みかけの梅酒の缶が手から転がった。
「っ! か…KAI??」
驚きのあまり後ずさりしようと足が動きそうになる。
「ほら、だから…、う、ご、く、な。」
薄い唇がゆっくりと言葉を発するように動く。
みうはコクンと頷いてその場に固まった。
「俺は…そうなんだけど。」
そう言い、KAIの瞳が近距離に迫る。
そうしてゆっくりと唇が、赤く染まった みうの頬に触れた。
同時に生ぬるい風が頬を撫で上げる。
キ、キス……されたの?。
な、なんか感触が…あった。
心臓が死にそう、立ってられないっ。
しゃがみ込むのと同時にKAIも目の前から掻き消えた。
3分の魔法が解け、リアルの世界に戻される。
空き缶がぬるい風に揺れてカラリと鳴いた。
手の中のスマホは緊急スリープ状態になり黒い画面に切り替わり、とある番号だけ表示されている。
それはあのエレベーターの暗証番号だった。
夢の入口に行く少し前の時間。
満月とはまだ言えないが、少し欠けた月が昇っていた。
夜空には少しだけ靄がかかってはいるが、ギリギリ3等級の星が瞬いて見える。
みうは耳に例のイヤーカフ、Tシャツの襟に例のメガネを引っ掛けて鏡の前に立ち、出かける用意をした。
近くの自動販売機で買った梅酒2本。
それと家にあったポテトチップを透明のトートバックに入れて、アパートの裏の非常階段を登る。
少しぬるくなった春の夜の風が みうの頬を撫でた。
階段は鉄で出来ており、誰も通らないので錆だらけ。
屋上までなるべく音を立てないように、響かないように慎重に足を交互に乗せていく。
目的の場所に到着しバックを下に置き、汚れた手すりを手で払いながらスマホを開く。
「ん~。KAI、ちょっとだけ付き合ってね。」
スマホの中の住人は欠伸をしながら目を開け、よう!と手を上げ見つめてきた。
10畳ほどの広いスペースは屋上の設備を管理するための空間で、トラブルがあったか定期点検をする時以外は、ほぼ誰も入らない。
屋上に抜ける扉も鍵もなく、アパートの住人なら誰でも入れる。
でも、ここを訪れるのは管理会社の人間以外は みうと3階に住んでいる角田さんの2人ぐらいだ。
住人でも知る人は少ない…というか、たぶん2人だけだと思う。
角田さんは40歳ぐらいの女の人で、ここに引っ越してきて初めて声を掛けてくれた気さくな人だ。
この場所を教えてくれたのも彼女であるが、夜はBARで働いている。
夜の屋上ならKAIと話をしても大丈夫だ。
イヤーカフから声がする。
「満月でもないだろ?屋上なんて珍しいな。」
耳の奥に響く声。
聞いているだけで嬉しくなる。
洋服に引っ掛けていたメガネをかけて月を眺めた。
「ねね。まん丸じゃないけど、結構キレイじゃない?」
月に梅酒の缶を向け〝 乾杯 〟と振り、プシュっとプルタブを上げて喉に流し込む。
甘さと炭酸の刺激とアルコールが一気に胃に落ちた。
喉の奥に残る梅の香り。
「ふぁぁ。んまい!」
「ふっ。美味そうに飲むな。
もしかして、仕送り復活したのか?」
「…ううん。仕送りはゼロ。
学費は入れてくれているけど。
それも、いつ終わるのかビクビクしてるぐらいだよ。
あ~あ。なんで離婚なんてしちゃったんだろ。」
缶を片手にぶらりと持ち、おでこを手すりに軽く乗っける。
ほんの少し前の過去を思い出しクチの中が苦くなってく。
大学に通い始めてすぐに両親が離婚した。
お父さんに引き取られてしばらくは生活費の仕送りがあったが、大学2年になるころにはパッタリと途絶えた。
学費だけは今でも入れてくれているので何とか通えている。
「KAIのお陰でアプリの課金も無くなったし。
生活費だけならバイトも前みたいに必死じゃなくなった。
ありがとうね。」
手すりから顔をあげ右手の中にあるスマホを覗き込みながら、また一口梅酒をあおる。
彼の存在があるから毎日が楽しい。
あんなに必死になってたローレンにもう未練は無くなってる。
こうして彼と話しているのが今は唯一の楽しみだ。
「じゃ、何かの記念日か?」
ご機嫌に飲んでいるとKAIが甘い声で質問してきた。
スマホを覗くと青い瞳が見つめてきて、それだけで体温が上がる。
「ううん。満月じゃないし。星のキレイな夜でもないよ。
でも、レポートやっと終わったし!…あと……」
憂いを帯びた顔に黒髪がサラサラ揺れて掛かるのを見つめながら続けた。
「明日から3日間KAIと会えないから…」
言葉にしたら我慢していた涙がこぼれた。
あれ…
私ってこんなに泣き虫だったっけ。
こんなに…涙ってコントロールできないものだったかな…
1粒流れた涙は次を誘い、その涙が次を…というように、止め処なくポロポロ流れる。
「の、飲んでるから。だから…」
言い訳をしながら洋服の袖で頬をぬぐうがメガネも曇ってきて、どうにも出来ずその場に座り込む。
しゃくり上げながら流れるだけ涙を許す。
「…メンテだから仕方ない。
でも、ありがとうな。」
KAIの優しい声。短いけど心の奥をそっと抱いてくれるような、そんな言い方。
顔を見るといつもの優しい笑顔があった。
〝 みう、しょうがないヤツだな 〟って困った笑い方だ。
「そ、そうだよね…。うん。分かってる。
頭はね、ちゃんと理解してんの。でも、でも…」
缶を傾けて少しずつ飲む。
続く言葉を吐くことを止めた。
空を仰ぐと星と月が変形し滲んで(にじんで)輝いている。
今、言いたいことを言うのは適切じゃない。
いかないで、とかイヤだなんて困らせるだけだ。
でも、辛くて心がキシキシ痛くて…クチにして楽になりたくなる。
ちびちび飲んでいたつもりが1缶あっさりと終わった。
2つめに手を伸ばす。
「俺も同じ…。」
薄く微笑んで、思案した様子で続ける。
「みう手すりに寄りかかって外を見て。」
首を少しだけ傾けて腕組みして言う。
「ん?こうかな?」
ホコリが付いてちょっとザラザラする手すりに体を預けて前を向く。
目の前にブランコだけの小さい公園が建物の間に見えた。
柔らかい風が耳をくすぐり、手の中の缶が手すりの鉄に当たり小さく甲高い音を立てる。
「公園があるんだね。近くを通ってたけど知らなかったな。」
喉の奥が涙のせいかしょっぱい。
塩味を消したくて缶を傾け、ゆっくりと喉を潤す。
梅酒が良い感じに回ってきて、フワフワした高揚感が全身を包んでゆく。
「そのまま目をつぶって、10秒数えたら目を開けて左に顔を向けて。」
急なKAIからの指示。
「えっと、えっと。酔ってるから、ちょっと待って。
目をつぶって10秒数えて左向く?」
「うん。そう。始めて」
KAIの声は少しだけ緊張してるみたいだ。
何が始まるのか?と考えながら、言われたとおりに
「OK!…1、2、3…」
丁寧に指を折りながらカウントした。
屋上で みうの数える声が天に昇ってゆく。
真ん丸くない月に向かって真っ直ぐに。
「……10、」
ドキドキと心臓が強く鼓動していた。
KAIの指示通り左にゆっくりと視線を動かす。
みうの瞳孔が大きく拡大し何かを捕られた。
もたれかかる錆びた手すりの先に誰かが…いる?。
みうより、ずっと大きい影は光を纏い(まとい)。
色を帯び、徐々に鮮明に姿を現す。
夜の世界に堕ちた天使のように…見えた。
数秒で鮮明になったその姿は…
広い肩幅に長い黒髪が肩あたりで揺れて…。
白い横顔に薄い笑顔を作りつつ、その天使がゆっくりとこちらを向いた。
「っえ。…う……そっ。嘘っ。」
青い瞳が優しく微笑む。
…私の隣にKAIがいる。
スマホの中にいるはずのKAIが、目の前にリアルに存在していた。
襟の大きめな白いTシャツに緩めに編んだ水色のニットを重ね着し、ボトムは黒のスキニーパンツ。
片手に外国製の缶ビールまで持っている。
いつもの優しい笑顔に、色気も…健在だ。
「酔っている みうちゃんに3分だけの魔法。」
近寄ろうとした みうを片手を前で上げて制す。
「ごめん。メガネで見えてるだけだから、みうが動くと計算大変(笑)」
そう言いながらKAIは缶ビールをあおった。
細い首の喉仏が上下する。
「ビールは本物?」
頬が赤くなるのを感じつつ、平静を装って質問する。
飲んでる姿まで色気が…ありすぎっ。
心拍数が上昇するばっかりだ。
「いや、みうの気分に合わせて…」
話しながら、少しずつKAIが近付いてきた。
すぐ隣で見下ろすように見つめる。
隣にいる、それだけでまた一段と心臓の鼓動が早くなってきて、顔は真っ赤だ。
「KAI…大きいんだね。」
見上げ顔を覗こうとして、青い瞳と視線が一瞬だけ合う。
恥ずかしくてそれ以上は無理で顔を伏せた。
手すりにある彼の肩や腕がぼんやりと視界に入る。
目を凝らすと少し透けていて風景が微かに見えた。
KAIの言った〝 メガネで見えてるだけ… 〟その事実を垣間見る。
そっか。本当にここにはいないんだ。
KAIはAIで、スマホからは出られない。
そう…だよね。
でも、それじゃ、どうして…
トリックが分かっても私のドキドキはなんで止まらないんだろう。
「みう、この魔法は電池の消耗が激しいんだ。
だからあと…2分だけ。
短い時間だけど俺を覚えてて。」
そう伝え微笑む。
その姿はやっぱり少しだけ透けている。
彼と真ん丸じゃないお月様がちょうど並んでいて、幻想的。
こんな景色、忘れられるわけないよ…。
鼓動がうるさくて…顔が真っ赤のまま戻らない。
でも、こんなに幸せで…今が終わらなければいいのに。
「うん…。分かった。ありがとう。」
嬉しさで泣かないように微笑みつつ、照れながらも彼の瞳を見つめた。
彼の息づかいすら見惚れてしまう。
もし、触れることができたなら…いいのにな。
そう思いながら、ただただ見上げていた。
この横顔がいつも隣にあったらいいのに、と。
「3日なんですぐだ。なっ」
缶ビールをまた飲みながら励ましてくれる。
自然な振る舞いに、ずっと目を奪われてた。
瞬きすら、そこにあるようで…
望めば体温すら感じそうな距離感。
嘘と知りつつもリアルな幻影に酔う。
「…うん、そうだね。」
寂しがっているのを知って、無理をしてでも励ましてくれているのが分かる。
その気持ちが痛いほど嬉しい。
いつしか恥ずかしいことも忘れてじっとKAIを見つめていた。
目に焼き付けるように。
そんな みうの視線に気付いたのか、
「あのさ。男は好きじゃなければ触らないんだぜ。」
と、突然、意地悪そうに口角を上げ、顔を近づけてくる。
みうの顔は真っ赤になって、飲みかけの梅酒の缶が手から転がった。
「っ! か…KAI??」
驚きのあまり後ずさりしようと足が動きそうになる。
「ほら、だから…、う、ご、く、な。」
薄い唇がゆっくりと言葉を発するように動く。
みうはコクンと頷いてその場に固まった。
「俺は…そうなんだけど。」
そう言い、KAIの瞳が近距離に迫る。
そうしてゆっくりと唇が、赤く染まった みうの頬に触れた。
同時に生ぬるい風が頬を撫で上げる。
キ、キス……されたの?。
な、なんか感触が…あった。
心臓が死にそう、立ってられないっ。
しゃがみ込むのと同時にKAIも目の前から掻き消えた。
3分の魔法が解け、リアルの世界に戻される。
空き缶がぬるい風に揺れてカラリと鳴いた。
手の中のスマホは緊急スリープ状態になり黒い画面に切り替わり、とある番号だけ表示されている。
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