24 / 29
第4章
峰川龍人
しおりを挟む
「龍人、ご飯食べるよ」
その声に、部屋から中位の声で返事をして、パソコンをいじり続ける。あと少しだ。あと少しでこの街は闇と化す。よし、これでオーケー。あとは、『enter』ボタン1つだ。
「さてっ」そう呟いて、思い切り立つ。椅子が、立った勢いで壁まで退がった。伸びをして、疲れを取る。いよいよ夕食…。この家での最後の晩餐に向かう。この部屋には、もう一度戻ってくるのだが。ダイニングに向かうと、年越し蕎麦が準備されていた。皆で一年間あった事を話しているが、勿論、分からないことの方が多いので、適当に話を合わしておく。僕が分かっているのは、大まかな事だけだ。明るい笑い声が響く。しかし、この声も、そして、演技で笑っている自分ですらも憎々しい。今年も残すところ、あと4時間の午後8時過ぎ。テレビでは、毎年恒例の人気芸人達が、1日を過ごす番組をしている。食べ終わると、僕以外の3人は、リビングに移り、僕だげは、部屋に戻った。さあ、いよいよだ。頬を叩いて気を引き締める。ニヤニヤが止まらない。この家が、角部屋で、しかも、隣が空き部屋なのは、本当に助かった。リュックサックに、薄型のノートパソコン、財布、スマホ、ICカード、着替え、そして、夜行バスの券を入れていよいよ自分の部屋を出る。この部屋には、短い間であったが、世話になった。感謝の意味を込めて、部屋を出る前に一礼した。ポケットからは、隠しきれなかった拳銃が少しのぞいている。しかし、すぐにリュックサックに入れ替えるから大丈夫だ。頭の中でもう一度今夜の予定を確認する。うん、オーケーだ。ミスは起こらないだろう。起こっても、今夜一夜の予定を達成できれば、本望だ。ドアノブを回す。体が一瞬震えた。恐れや、恐怖ではない。武者震いだ。慣れとは怖い物で、最初こそ、人を殺すのは、怖くもあったが、僕には、もともとサイコパスの一面があるらしく、横山飛鳥を刺した最初の一発意外、何とも思わなくなった。よし、そう言って、ドアノブを回して、廊下に出て、奥のリビングに向かう。リュックサックは、リビングのドアの手前に置いておく。入ると、ちょうど、3人とも、テレビを見ていて、こちらに背を向けていた。ソファに『姉』と『父』、隣の丸椅子に『母』。ソファの肘掛に置かれていたリモコンを取り、急に音量をマックスまで上げる。『父』が何か言っているが、音量のせいか、もしくは、意識的にか、口パクのように見え、全く聞こえなかった。全く、どうしようもない『家族』だ。自分の息子や、弟の入れ替わりにすら気付いていない。前もってスライドを引いて撃鉄を起こしておいたので、あとは、引き金を引くだけだ。スローモーションに見えた。『父』の頭に銃口を突きつける。顔面蒼白になり、叫ばれるより前に引き金を引いた。「パンッ」。予想よりも、小さく、そして幼稚な音で恐ろしいことに一面を血の海にした。テレビの音である程度、音は掻き消される。二発目以降は、スライドを引く必要もないので、続けざまに、隣で血を浴び、叫び声を上げている『姉』を撃ち、そのまま『母』を撃った。三人の死をそれぞれ確認してからテレビを消した。そして家を出る。勿論、銃は、リュックサックに安全装置を降ろして入れた。マンションの前のいつも電車に乗る駅から、街中に向かう。駅からは、電車でおよそ25分。街中に着いたのが9時6分だった。約束の時間には、少し早い。だが、時間には余裕をもって、少しずつ行くことにした。コートを着ているので、胴は寒くないが、首の辺りがやはり寒い。街中は、大晦日だからか、人が少ない。思えば、去年の大晦日には、まさか、自分が顔を変えて、峰川龍人になりすまし、何人もの人を殺す殺人鬼になるなんて、考えもしなかった。いや、それは僕だけじゃない。殆どの人間がそうだ。誰が、一年後の自分の事を見事に当てる事が出来るだろうか。そんなことは、不可能だ。もし、どうしても当てたいのならば、選択肢を2つにするべきだ。「生きているか」か、「死んでいるか」か、だ。この二つなら、50パーセントの確率で的中させられる。しかし、これでも半分は外れる。人間が、明日のことも分からない人間が、一年や十年先の事を考えること自体、生物としての本文を逸脱しているのだ。そう思えば、自然と、明日のことですら二択になる。「生きているか」もしくは、「死んでいるが」だ。ああ、そう考えると、自分のやっている事が、本来の生物の姿をちゃんと捉えているような気がして、心が安らぐ。そう考えながら歩いているうちに、今夜の舞台となる大舞台が目の前に見えてきた。それは、ただ何百年と立っているだけなのに、威厳があり、何者をも威圧し続ける。ちょうど、この最終舞台にぴったりだ。そう、松山城。一旦、そのまま城の麓にある堀之内(城山)公園に入る。そう、ここは、小島亜友里が殺された場所だ。ベンチに腰掛けて、松山城を見上げる。もう2人はすでに約束している場所に来ているかもしれない。時刻は9時57分。今年も残すところ、2時間と3分。リュックサックから、ノートパソコンを取り出して、『enter』ボタンを押す。ただそれだけだった。2分ほど経って、外灯の電気などが一斉に消えた。勿論、ビルや家庭の電気も。丁度、今日は新月で、明かりは殆ど無い。幾重にも重ねてハッキングしたので、しばらくの間、電気は回復しないだろう。ただでさえ今、治安が悪いこの街で、こんな事が起きれば、パニックが起こってもおかしくない。ああ、それにしても、こうなると星が綺麗だ。感傷に浸っている暇はない。すぐに裏の登城口から城山を登り始める。そう、最終舞台へ。
その声に、部屋から中位の声で返事をして、パソコンをいじり続ける。あと少しだ。あと少しでこの街は闇と化す。よし、これでオーケー。あとは、『enter』ボタン1つだ。
「さてっ」そう呟いて、思い切り立つ。椅子が、立った勢いで壁まで退がった。伸びをして、疲れを取る。いよいよ夕食…。この家での最後の晩餐に向かう。この部屋には、もう一度戻ってくるのだが。ダイニングに向かうと、年越し蕎麦が準備されていた。皆で一年間あった事を話しているが、勿論、分からないことの方が多いので、適当に話を合わしておく。僕が分かっているのは、大まかな事だけだ。明るい笑い声が響く。しかし、この声も、そして、演技で笑っている自分ですらも憎々しい。今年も残すところ、あと4時間の午後8時過ぎ。テレビでは、毎年恒例の人気芸人達が、1日を過ごす番組をしている。食べ終わると、僕以外の3人は、リビングに移り、僕だげは、部屋に戻った。さあ、いよいよだ。頬を叩いて気を引き締める。ニヤニヤが止まらない。この家が、角部屋で、しかも、隣が空き部屋なのは、本当に助かった。リュックサックに、薄型のノートパソコン、財布、スマホ、ICカード、着替え、そして、夜行バスの券を入れていよいよ自分の部屋を出る。この部屋には、短い間であったが、世話になった。感謝の意味を込めて、部屋を出る前に一礼した。ポケットからは、隠しきれなかった拳銃が少しのぞいている。しかし、すぐにリュックサックに入れ替えるから大丈夫だ。頭の中でもう一度今夜の予定を確認する。うん、オーケーだ。ミスは起こらないだろう。起こっても、今夜一夜の予定を達成できれば、本望だ。ドアノブを回す。体が一瞬震えた。恐れや、恐怖ではない。武者震いだ。慣れとは怖い物で、最初こそ、人を殺すのは、怖くもあったが、僕には、もともとサイコパスの一面があるらしく、横山飛鳥を刺した最初の一発意外、何とも思わなくなった。よし、そう言って、ドアノブを回して、廊下に出て、奥のリビングに向かう。リュックサックは、リビングのドアの手前に置いておく。入ると、ちょうど、3人とも、テレビを見ていて、こちらに背を向けていた。ソファに『姉』と『父』、隣の丸椅子に『母』。ソファの肘掛に置かれていたリモコンを取り、急に音量をマックスまで上げる。『父』が何か言っているが、音量のせいか、もしくは、意識的にか、口パクのように見え、全く聞こえなかった。全く、どうしようもない『家族』だ。自分の息子や、弟の入れ替わりにすら気付いていない。前もってスライドを引いて撃鉄を起こしておいたので、あとは、引き金を引くだけだ。スローモーションに見えた。『父』の頭に銃口を突きつける。顔面蒼白になり、叫ばれるより前に引き金を引いた。「パンッ」。予想よりも、小さく、そして幼稚な音で恐ろしいことに一面を血の海にした。テレビの音である程度、音は掻き消される。二発目以降は、スライドを引く必要もないので、続けざまに、隣で血を浴び、叫び声を上げている『姉』を撃ち、そのまま『母』を撃った。三人の死をそれぞれ確認してからテレビを消した。そして家を出る。勿論、銃は、リュックサックに安全装置を降ろして入れた。マンションの前のいつも電車に乗る駅から、街中に向かう。駅からは、電車でおよそ25分。街中に着いたのが9時6分だった。約束の時間には、少し早い。だが、時間には余裕をもって、少しずつ行くことにした。コートを着ているので、胴は寒くないが、首の辺りがやはり寒い。街中は、大晦日だからか、人が少ない。思えば、去年の大晦日には、まさか、自分が顔を変えて、峰川龍人になりすまし、何人もの人を殺す殺人鬼になるなんて、考えもしなかった。いや、それは僕だけじゃない。殆どの人間がそうだ。誰が、一年後の自分の事を見事に当てる事が出来るだろうか。そんなことは、不可能だ。もし、どうしても当てたいのならば、選択肢を2つにするべきだ。「生きているか」か、「死んでいるか」か、だ。この二つなら、50パーセントの確率で的中させられる。しかし、これでも半分は外れる。人間が、明日のことも分からない人間が、一年や十年先の事を考えること自体、生物としての本文を逸脱しているのだ。そう思えば、自然と、明日のことですら二択になる。「生きているか」もしくは、「死んでいるが」だ。ああ、そう考えると、自分のやっている事が、本来の生物の姿をちゃんと捉えているような気がして、心が安らぐ。そう考えながら歩いているうちに、今夜の舞台となる大舞台が目の前に見えてきた。それは、ただ何百年と立っているだけなのに、威厳があり、何者をも威圧し続ける。ちょうど、この最終舞台にぴったりだ。そう、松山城。一旦、そのまま城の麓にある堀之内(城山)公園に入る。そう、ここは、小島亜友里が殺された場所だ。ベンチに腰掛けて、松山城を見上げる。もう2人はすでに約束している場所に来ているかもしれない。時刻は9時57分。今年も残すところ、2時間と3分。リュックサックから、ノートパソコンを取り出して、『enter』ボタンを押す。ただそれだけだった。2分ほど経って、外灯の電気などが一斉に消えた。勿論、ビルや家庭の電気も。丁度、今日は新月で、明かりは殆ど無い。幾重にも重ねてハッキングしたので、しばらくの間、電気は回復しないだろう。ただでさえ今、治安が悪いこの街で、こんな事が起きれば、パニックが起こってもおかしくない。ああ、それにしても、こうなると星が綺麗だ。感傷に浸っている暇はない。すぐに裏の登城口から城山を登り始める。そう、最終舞台へ。
0
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
それは奇妙な町でした
ねこしゃけ日和
ミステリー
売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。
バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。
猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ビジョンゲーム
戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる