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第4章

肘本典之

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捜査は全く行き詰まっていた。越智や、石水、大森の一夜連続殺人を最後にして、犯行は、全く行われていなかった。まあ、まったくもってそちらの方が良いに決まってはいるのだが。しかし、そのせいでただでさえ情報の少ないこの事件の情報は集まらない。それに、その間も市民、県民は、不安を抱え続け、落ち着くことなど出来ない。そして犯人は絞ることすら出来ない。普通の連続殺人の場合、犯行を重ねるたびに証拠が集まってくるのである。しかし、今回はその鉄則に当てはまらなかった。犯行についてわかっていることは、僅少と言わざるをえない。
1、犯人は中肉中背
2、単独犯の可能性は低い(グループの可能性有り)
3、男(女である可能性は拭いきれない)
4、委託殺人の可能性有り
5、横山飛鳥と関係のある人物
確実なことと言えば、この程度だ。5項目は、ネットの普及などで、関係があったものを全て把握するのは、なかなか難しく、他の項目も、直接犯人に繋がるものは、少ない。このままでは、次の犯行まで、手掛かりも得られない。
「裏生、まだ着かねえのか、遅いぞ」
「これでも法定速度ギリギリですよ」
もう年の瀬だというのに、この分では正月もろくに休めないだろう。今日は12月30日。何もしていない訳にもいかないので、今日は、朝から事件現場を順に回ることにした。今は、午前9時半、最初の事件現場、西伊予高校に向かっている。今日は徹底的に調べてみよう。そう思って目を瞑った。
「肘本さん、肘本さん、着きましたよ」
「んん、ああ」
いつの間にか寝てしまっていてその間に着いたようだ。車を降り、事件現場の普通科校舎の教職員入り口から入る。事務に行くと、職員室の横の応接室に案内された。応接室の窓も未だ割れていて、ダンボールで応急処置がしてあり、まだ直されていない。しばらくして、あの教頭が入ってきた。
「今日は何でしょうか」
「これはこれは、教頭先生、お忙しい中ありがとうございます。実はですね、防犯カメラ映像の確認をした時に疑問点がありましてね、それを確認させて頂こうと思って参りました」
「ほう、疑問点ですか」
この教頭も、少しづつ暴徒騒ぎから落ち着きを取り戻しているようだ。
「学校の隅々まで確認したいのですが、許可いただけますね」
教頭は、口元に似合わない笑みを浮かべた。
「それは断ることが出来るのですか」
「ええ、どうぞ、学校を再開したくないのであれば」
教頭は一瞬、不機嫌な様子であったが、
「愚問でしたね」
と、言って許可をくれた。教頭が、山岡という、40代くらいの男の事務員を案内に付けてくれた。
「え~と、どんな所を案内しましょうか」
怯えるようにおどおどしていて、明らかに器の小さそうな男だ。
「そうですね、じゃあ、校舎内で見廻に見つからない所を案内してください。それから、この校舎の警備状況も教えてください」
「わかりました。では、移動しながら」
そう言って、一階から見ていく事にした。中肉中背の山岡が動くと、とても地味に見える。 
「一階は、主に教職員室、事務室、面談室、校長室など、まあ、事務関係のもので、1階にある教室は自習室だけです。この校舎の警備は、見廻は、当番の先生3人が7時に、それと、9時に警備員2人が見廻る。それだけです」
んん、いやに軽いな。
「やけに軽いように思うのですが」
聞いてみるが、山岡は、顔を顰めた後、しばらく困っているようだった。『コの字』型の校舎は、外見はコンパクトだが、中は十分過ぎるほどに広い。
「肘本さん、少し事務の人に話聞いてきますね」
そう言って、山岡と肘本を残して裏生は、事務室に向かって行った。
「この階で夜も施錠されない所はありますか」
「んー、そうですね、全階施錠されないのはトイレだけだと思います」
やはりそうだったか。山岡は、ですが…、と続けた。
「ですが…、教員の見回り時に個室まで一つ一つ確認されていますよ」
本当に教師達がそんなに丁寧にやっているのなら、見落としはないだろう。だが、実際、犯人と横山飛鳥は、校舎内に止まっていた可能性が高い。
「本当に全部の階でトイレ以外は施錠されているのですね」
山岡は変な汗をかきはじめている。
「ええ、うちの学校は、去年、不審者が忍び込んで以来、厳重に見回りと施錠をしているので」
「そういえば、屋上はどうなっているんですか」
そう聞いた瞬間、山岡がかいていた変な汗は、より量を増した。暑くもないのに。
「屋上の鍵は、本当に事件の日掛かっていたのですか」
「ええ、掛かっていましたよ…」
語尾がだんだんと小さくなっていった。
「じゃあ、本当は公表されていない鍵があるんじゃないですか」
山岡の汗は、明らかに一層増えた。あと一押しで落ちる。
「どうなんですか、山岡さん」
山岡は、とうとう諦めたように頭を下げた。
「すみませんでした、ただ…」
「ただ、なんですか」
頭を上げだ山岡の顔は、まるで小動物の様な目をしていた。
「合鍵がある訳じゃないんです、鍵が壊れているんです、屋上の」
驚きしかなかった。いや、呆れてしまった。
「はー、何でそんな大事なことを黙っていたんですか」
山岡は釈明するように言う。
「学校側の責任を問われると思って」
もはや、呆れるしかない。ん、しかし、おかしい。たしかこの前、教頭と屋上に行った時、しっかりと鍵はしまっていたはずだ。その悩んでいるような様子を察して山岡は言う。
「どういうことかお見せします。少し待っていてください」
そう言って小走りにどこかに行ってしまった。数分後、山岡は、事務室から、物差しとついでに裏生も連れて戻ってきた。
「では、参りましょうか、」
そう、観念したような声で山岡は言って、肘本と裏生を屋上の扉の前まで連れて行った。
「では、お見せ致します」
そう言うと、中腰になって、片目で扉と壁との間の隙間をじっくり見て、場所を定めると、そこに物差しを刺した。物差しを手放しても落ちなくなり、ドアノブを下げると、ガチャンッ、という音と、少し軋むような音をたてて開いた。冬で澄んでいる空。冬の風が吹いてくる屋上。そこにベンチが1つ。
「こんなに簡単に開くなんて…」
裏生の声には、明らかな驚きが混ざっていた。それもそうだろう、これで一気に犯行は簡単になったと、言わざるを得ない。
「この鍵の事を知っている人は他にいますか」
「この鍵のことは、私達も生徒達から言われて知った事ですから、生徒はほとんど知っていたと思います」
『コの字』型の校舎の『コ』の字の長い方は、三角屋根で、短い方だけに屋上があり、この前は気付かなかったが、隅の方に幅2メートル、奥行き3メートル程の小屋があった。
「あれは何ですか、山岡さん」
「ああ、あれは以前まで、国旗、校旗が仕舞われていた倉庫です、3年ほど前に旗は移されて、今は空のはずです。それ以前は、新品の椅子などを置いていたようですね」
「あの小屋の中も見てみたいのですが、鍵はありますか」
困ったような顔をして山岡は言う。
「いえ、あの小屋の鍵は、1年ほど前から紛失しているんです」
「もしかして、犯人か横山が盗んだのですかね」
と、裏生が耳打ちしてくる。
「その可能性はあるな。けれど、あそこは、既に鑑識が調べている筈だ」
「あのー、そろそろ」
そう言って、山岡が、屋上から降りる事を提案してきたので、降りる事にした。降りたら、もうほとんど見て回ったので、辞去する事にした。車に乗ると、次は、第2の小島亜友里殺人が行われた堀之内公園に向かう事にした。本当であれば、このまま、第3の越智雄大殺害現場の西伊予高校野球グラウンドに行けば良いのだが、時系列の意味や、場所の意味を調べる為に事件順に行く事にした。
「裏生、俺は、学校の屋上には、犯人か、横山飛鳥のどちらかが、隠れていたと思っている。お前はどう思う」
車内で浮かんでくるのは、こんな疑問ばかりだった。裏生は、困るように唸るだけだった。犯人が、窓から侵入したのであれば、窓は、割られていないとおかしい。しかし、この現場だけを見れば、犯人は、校内に留まってた可能性が高い。暫くすると、第2の事件現場が見えてきた。車を近くのコインパーキングに入れ、事件現場に向かう。この公園は、美術館や、図書館も併設していて、昼間は、そこそこ人が行き交うが、夜は、人が少なく、その上、公園が広過ぎるため、外灯もも少なく、防犯カメラも少ない。そのせいで、小島亜友里殺害の目撃情報は無く、直接の殺害の様子もカメラには写っていなかった。冬である事を、このコンクリート造りの美術館や、図書館がより寒そうに映している。しかし、妙に清々しい。所々に樹木があり、中央の少し大きな木の下に小島亜友里の死体はあった。さぞかし無念であったであろう。
「肘本さん、当たり前ですけど、こんな公園に夜遅く高校生が1人で普通来ませんよね」
「ああ、そうだな。きっと誰かに誘い出されたんだろう」
そう、それもきっと、とても親しい人物に、だ。
「さあ、もう1回戻って次はグラウンドに行ってみるか」
学校からの情報提供で、越智雄大の体重が80キロを超えていたことが分かった。その巨体を持ち上げて吊るすには、複数人が必要になる事だろう。今、バックネットの鉄柱を見ても、折れなかったのが不思議なくらい細い物だった。そしてその同じ日、大森京悟、石水時花も殺されている。きっとこの3人の死が重なったことは偶然では無い。その2人が暴行された橋の下に来ると、さすがに冬の岸辺、冷たそうな水。その上、冷たい空気。こんな所で死ぬとは、全く可哀想にも程がある。そこに、花を丁度供えている途中の峰川龍人の姿があった。こちらの足音に気付いたのだろう、一瞬肩を強張らしたが、こちらを振り返って、驚いた顔をした。
「刑事さん達も、手を合わせに来たんですか」
分かっているのだろう、少しニヤついている。
「いや、事件の捜査で来た。君こそ、物騒だから早く帰りなさい、もう年も暮れなんだから、やる事もいっぱいあるだろう」
「ええ、たしかにそうだ。では、失礼します」
そう言って立ち去って行った。何なのだろう、あの子を見ると、暖房の効いた部屋でも寒く感じるだろう。しかし、まだ今日出会って間も無いのに、頭から離れない。だが、細かな印象は一切覚えていられないような、そんな特別な感じもした。いや、自分の歳のせいかもしれないが。一応、振り返ってみたが、その姿はもう無かった。 
「肘本さんここは、多いですね…花束」
「ああ、確かにそうだな……」
他のところは、花束の類の物は、極めて少なかった。もしかすると皆、心のどこかで、殺されて当たり前とでも思っているのかもしれない。だが、この2人には皆、本当の被害者への同情を持っている。そんな感じかもしれない。
「この事件が起こってからもう大分経つ。そろそろ、次の事件が起こってもおかしくない」
「本当に、本当にまだこの事件は続くんですかね」
事件の終わりが見えない。それは、操作に当る全員の刑事が思っている事でもある。
「さ、裏生、帰るぞ、冷えてきやがった」
「はい、車取ってきますね」
今日は一日が早かった。もう太陽も沈みそうになっている。


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