青い学校

萬榮亭松山(ばんえいてい しょうざん)

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第3章

峰川龍人

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あの暴徒事件から、十日以上経ち、未だ進展も無いことから、マスコミの注目度もだんだんと落ちていった。学校は、休校状態のまま冬休みに突入した。が、受験生はそうも言っていられないので、別舎の会議室などを使って勉強を再開している。今日は、もう師走も終わりに近い二十九日。つい、二、三日程前までは、事件に対する、抗議や、自警団や、改革派が、それぞれ活動していたが、今日はもうそのような連中は居なかった。その市中をバスで過ぎて、二十分ほどの所に目的のそれはある。この事件の幕を閉じるためのもの。これで復讐は完結する。今日は、その下見ではあるが、いいようの無い快感に胸が躍る。市の人口五十万人が、いや、一億二千万人が、今、自分の掌で踊っている。事件が暴かれたって構わない、復讐が終わった後ならば。その時には、すでに僕は居ない。そして事件は、被疑者死亡で終わる。ただ、残念なのは、もう人を殺せない事である。この殻を捨てる時、それが、僕の殺人鬼としての終わりだ。それも後、一週間も無い。スマホが、安そうな音と共に鳴り始める。非通知からだった。が、大方の予想はつく。
「もしもし、峰川です」
「ああ、そうだろうな、下見は終わったか」
その声はどこか楽しそうであった。
「ええ、今丁度その前ですよ」
「どうだ、できそうか、それとも無理そうかか」
「少し待ってくださいね」
 パソコンを開けて自作のアプリを開ける。高度なハッキングが出来る。それを作動させて、この施設の耐久性を調べる。
「簡単です、十分もあれば完了できます」
「分かった」
その声と共に、少し考えているような雰囲気が電話からも伝わってくる。少しこちらも探りを入れておく。
「先生、そちらも大丈夫ですか」
「こちらのことは何も心配いらない、君は、務めをしっかりと遂行してくれ」
「わかりました、決行は一日、元日です。」
「分かった、後の段取りは後々こちらで指示する」
「ありがとうございます、では、良いお年をお過ごしください、失礼します」
そう言って電話が切られた。パソコンをリュックサックに仕舞って街に戻るためにバスに乗る。約束の五時までには、まだ一時間ほど余裕がある。ずいぶんと余裕を持って着けるだろう。


「玲奈~、こっちこっち」
「珍しいね、龍人の方が早く着いてるなんて」
いつも通り、市の中心の市駅待ち合わせだった。玲奈は、ロングスカートに、茶色いコート、そこら辺の女子よりは、数倍可愛いだろう。その事実が、又胸を満足させる。今日は、食事の約束をしていた。年末なので、予約がいっぱいだろうと思っていたが、事件の影響か、治安の低下のせいで、イタリアンの店が予約出来た。駅からは、少し離れていて、街の中心のアーケード商店街の中だが、洒落ていた。二階で、窓際のあまり景色の良くない席に案内された。二人とも、パスタを注文した。フォークをうまく使い、二人とも上品に食べる。
「龍人がこういうお店連れていってくれるのって久しぶりだよね、改めまして、これからもよろしくね」
「なんだよ、改まって、こちらこそ、どうぞよろしく」
こいつが俺に、いや、龍人にゾッコンで助かった。あと、事件の真相を知っていて、且つ、愛媛に居るのは玲奈だけだ。
その後は、どうでもいい雑談で時間を潰した。食事を終えても、未だ、七時半だった。少し気が変わった。少し腹を減らしたい。
「カラオケにでも行くか、久しぶりに二人で」
玲奈は、目を輝かせて大きく頷いた。いくつかあるカラオケ店の中でも、最近できた店に入った。三人部屋に案内されたようだ。玲奈が、早速、最近人気のアーティストの有名曲を入れる。俺も、何曲か入れた。時々は、お互いに相談してデュエットも入れた。五十分程経ったところで、とうとう我慢出来ずに、玲奈に唇を重ねた。玲奈の顔はすでに火照っている。思わず、苦笑いが漏れる。ここでは、なんなので、清算してカラオケ店を出た。商店街の一歩裏は、夜の街だ。一つとラブホテルを選び入る。名前は、『ハチ』。最近のラブホテルは、パネル操作なので、高校生でも、恥ずかしくもなく入れる。部屋に入ると、すぐに玲奈の体を求めた。シャワーも浴びていないが、玲奈は素直に俺の体を受け入れた。知らぬ間柄の身体では無い。全裸にすると、ますますお互いのその性欲をそそった。白い肌、程よい肉付き、ガムシャラに、獣のように求めた。玲奈は身体を反らせて俺を讃えた。決して性欲だけでは無いものが満たされてゆく。征服欲、そうだ、それに似たものだろう。結局三回、身体が欲するまま似た玲奈を求めた。波も去った頃、玲奈はシャワーに向かった。ようやく満たされた気がした。これで何も未練は無い。
「龍人、今日、何かあったの、物凄く激しかった」
恥ずかしげも無く、そんな言葉を吐くな、と、心の中で悪態をつく。
「気分だよ、気分。最近、何日も会っていなかったからな、ついついだよ、何も気にすることは無いさ」
俺もシャワーを浴びて二人でホテルを出た。もう夜もいい時間で、女子一人を歩かせれないので、見送りに市駅に向かった。もう商店街のほとんどの店が閉まっていた。電気のついているところは、ほとんどが、飲み屋か、コンビニで、それを目当てに未だに少なからず人通りがあった。警察官も巡回していて、まだこの商店街は安全だが、道を一本逸れると、治安は、明らかに悪化している。
「ねえ、一つ聞いてもいい」
「ああ、なんだ、答えられる範囲で答える」
「龍人は、何を目指しているの、最近の龍人は、分からない。前は、もっと分かってた」
と、言いながら、玲奈はあからさまに首を横に振った。市駅に着くと、すぐに電車が来たので、玲奈を乗せた。
「龍人は乗らないの、一人じゃ危ないよ、街中は」
「大丈夫だ、ちょっとした用事があるだけだから、それが済んだらすぐに帰るよ、夜道だから気をつけて帰るんだよ、じゃ、また今度」
電車に背を向けて歩き始めてすぐに呼び止められた。
「龍人、困ったことがあったらいつでも言ってね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
と、言ったところで、扉が閉まった。玲奈の惜しそうな顔は、だんだんと遠ざかった。
曲がりきるまで見送って、一度改札を出て、再び商店街に向かった。商店街の中頃の小道を曲がり、路地へ出た。ネオンが輝き、今の時間帯は人が居そうなものだが、一人も見当たらない。そこから一分もしないうちに目的の場所は見つかった。扉の窓には、『CLOSE』と、かかっている。看板の文字は、もう読めない。辛うじて『カフェ、喫茶店』だけが読み取れる。その喫茶店のノブを握った。一度回そうとしてみたが、もちろん、そのままでは開かなかった。
「もしもし、マスター、財布落とされませんでした。あっ、山下です」
「ああ、山本さんでしたか」
そこで、初めて店の中から声が聞こえてきた。声の調子では、どうも六十前後だろう。
「いえ、マスター、山下です」
これが、先生から教えられていた符丁だった。返事があったということは、問題無しということだ。ガチャっという音がして、扉が身がギリギリ入る程度に開いた。
「どうぞ、お入り下さい。財布、ありがとうございます」
この合図で中に体を滑り込ませた。マスターは、白髭を生やした、やはり、六十代くらいの面長な一般的な紳士風な人物だった。しかし、眼は底が見えないほど深く、こちらを推し量っているように思われる。
「山下さん、最初に言っておきます。私と貴方の関係も一回きり、本名を名乗る必要は無い。だから、貴方は山下。私のことはマスターと呼んで下さい。そして当たり前ですが、この店のことは口外は一切禁止です」
もちろんのことだ。
「分かっています、貴方とはこれ一回きり、それ以上は知らない関係です」
マスターは、小さく頷いて、カウンターのごく普通の席に案内した。そして豆を挽き、随分と、本格的なコーヒーを出してくれた。どうも、昼間は普通の喫茶店らしい。何か、工夫があるのか、高校生でも美味しく飲むことが出来た。
「どうですか、味の方は、お口に合いましたか」
「いいや、飲めたものじゃ無い、とても不味い、口に合わなかったらしい」
マスターは、深く真剣に一度頷いた。そう、これが指示された最後の符丁だった。マスターは、未だこちらをじっと見ている。すると諦めたように突然、厨房の下の引き出しから大ぶりな、コーヒー豆の入った瓶を取り出した。その中から、三角形に似た形をした新聞紙が姿を現した。マスターが、その包みを解き、中から黒々と妖しく光る物を取り出した。そしてこちらに推し進めてくる。拳銃だった。
「マカロフです。装弾数は八発、前科は、一切ありません」
「ありがとうございます、お金の方は」
答えは、分かってはいるが、一応聞いてみる。
「ええ、先方から頂いておりますのでお気になさらず、成功を祈っていますよ」
少し頷いて、胸ポケットにしまって喫茶店を出た。外は、底冷えする寒さだった。いや、それ以上に、胸ポケットは、冷たく、不自然で慣れなかった。しかし、血が騒いでいた。早速誰かを殺したくなったが、我慢した。計画までは、派手な動きがあってはならない。あとちょっとだ。この街の新年は素晴らしく自然に迎えるだろう。
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