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第2章

肘本典之

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捜査は行き詰まっていた。勢いのあった会見は一層謎を呼び、大日本新聞の記事は国民の好奇心を煽った。しかし、会見から2日、なんの進歩もない。小島亜友里の殺害現場近くの防犯カメラには、怪しい人物が写っていたが、コートを着ていてフードを被りマスクを着けていたので特定できず、画像も荒かったので男か女かもわからないままだ。今は、どうしても横山の遺書が気にかかり、あの『神』を探して宗教法人を探しまわっているのだが、どこも分からないと答えるばかりだ。鑑識の松下に頼んで4歳の頃に父を亡くした『神』を調べてもらったのだが、該当する『神』は分からなかった。それにしても昼時のコンビニは忙しいな。今、西伊予高校の前にあるコンビニの駐車場に車を停めて昼食を裏生に買いに行かせている。
「肘本さん買ってきましたよ」
裏生は自分の昼食を袋から取り出しておにぎりと、コーヒーを袋ごと渡してくる。この場所からは線路を挟んであの「コの字型」
の校舎がよく見える。
「肘本さん、今回の事件これで終わったんですかね」
その質問はきっとこれ以上事件は起きないだろうか、という質問だろう。裏生のその目には何も無かった。
「さあなー、けど終わった気はしないな」
気まずい沈黙。
「そろそろ行きますか」
「そうだな」
と言って車を出す。学校に入り車を止める。コンビニからおよそ2分とかからなかった。肘本が卒業生してから41.2年。ほとんどの校舎が建て替えられている。特にこの「コの字」型の校舎は、今や学園の顔のようになっている。校舎の教職員玄関から入り事務に話を通して、応接室に招かれる。
まもなく下原と名乗る教頭が入っくる。堅物そうな五十代の男だ。
「学校長は只今来客中ですので私の方で受け承ります」
一切笑顔なしで、明らかに古物という感じがする。しかし、こういう人物の方が警察に対して協力的だったりする。今日は学校の防犯カメラのデータが発見されたというので受け取りにきた。という旨を伝える。すると「はい」と学校の頭文字『N』が印刷された白い封筒が渡された。どうもソファーの横に置いておいたようだ。中身を見ると確かに何本かのDVDが入っている。
「ありがとうございます、あと屋上を拝見したいのですが」
「まもなく受験ですのでなるべく集中させてあげたいんですがね」
と露骨に迷惑そうにしながらも鍵を取ってくると告げて、職員室に行った。数分で帰ってきた下原は2人を屋上に案内する、そこはとても爽やかな場所だった。四階建ての屋上には冬風がびゅんびゅん吹いていた、しかし視界を遮る物は何もなく、周りは1.5メートルほどのフェンスに囲まれていた。しかし、登ろうと思えば楽々と登れるだろう。
「事件は、どこまで分かっているんですか」
見た目通りの率直な質問だった。
「捜査状況についてはお伝え出来ませんが、ただ早期解決に全力を尽くします」
そう言って屋上を後にする。一階に戻ってくると、もう用はないので応接室によらず辞去することにした。玄関まで下原教頭が見送りに来た。車に乗り込んで署に向かって車を出す。着くと小走りに署に入り、裏生と2人でDVDに見入った。入り口は全部で4つ。その全てに防犯カメラがあるのだが、1つは壊れていて録画されていなかった。惜しくも事件の次の日、業者が入る予定だったのだ。しかし、校舎内に防犯カメラは無い、そしてなぜこんなに防犯カメラ映像の提出に時間がかかったかというと、この防犯カメラは一度システム管理の会社に映像が送られてそちらで管理されるものだったからだ。しかし、どれを確認しても犯人らしき人物は現れることはない。少し疲れてきた。しかし、次のDVDで害者が写っていた。服は、しっかりと着ているどうも制服のようだ。赤のリボンのセーラー服。しかし、害者は死んでいた。そのカメラは生徒用玄関から中庭を写したものだった。だが、これが最後のDVDだが、他のどれにも害者が学校に入ってくる様子は写されていなかった。「コの字型」の最端、今日肘本たちの入った教職員用玄関はカメラが壊れているだが、この画像の端に写っているので状況は見られる。しかし、そこからも入っていない。
「害者は入ってくる様子が写っていない」
「ああ、映らない方法は2つ。防犯カメラに写っていない窓から入った、もう1つは、授業後もずっと学校に潜んでいた」 
そして遺体発見時には身につけていなかった衣服も今の段階では身につけている、つまり、これから誰かが現れるのだ恐らくは高確率で犯人だ。
そしてそいつは、それから2分ほどでやってきた。あの教職員用玄関から。そいつはコートにフード、それからマスク、手には懐中電灯、懐中電灯以外の出で立ちはあの二件目と同じだ。しかし、二件目の映像が荒かったので、同一人物か、どうかはわからない。が、まず間違いないだろう。身長は170から180だろう、細かく見られるのを恐れて敢えてあの唯一映像が残らない玄関を使ったのか、それとも単に最も近い玄関を使っただけなのだろうか犯人は画面左に映る害者の遺体に近付いて行き、右手に隠し持っていた大振りなナイフのようなもので服を切り裂く、その次はスカート、そして下着。同じようにして、右に避けてそれらを置く。夜なので、あまり良く見えず男か女かわからない。そうすると犯人は遺体を仰向けにして懐中電灯の光をしっかりと当て馬乗りになりナイフをふりかぶり心臓を確実に狙い三度振り下ろす。何故犯人は確実に死んでいる害者の遺体にナイフを入れたのか。その行為が終わると、懐中電灯を回収して何事もなかったかのように玄関に戻り元の通り施錠した。それ以上はこの位置のカメラでは分からなかった。
「肘本さん、一体犯人はいつ校舎に入ったんですか」
あまりに衝撃的な映像でそのことを忘れていた。確かに犯人はいつ校舎に入ったのだろうか。
「もしかすると犯人も校舎内に隠れていたのか」
「もしそうだとすると一応、峰川龍人、川又玲奈、越智雄大、浅浦角斗には犯行は不可能です。身内ですが、アリバイが証明されていますから」
もちろん身内が嘘を付いている可能性もあるが。
「じゃあ、いじめていた側でアリバイがないのはあと小島亜友里だけということか」
しかし、亜友里は死んでいる。では、外部犯なのか。頭を抱えて天井を仰いだ。怪しいと思っていたことは振り出しに戻った。とりあえず、このDVDを鑑識に持っていくと言って裏生は出て行った。これから何時間経ったのか目を瞑って考えているといつの間にか裏生が横で何か考え事をしている。どうもまだ一時間しか経っていないようだ。午後5時。
「肘本さん、5時半から捜査会議です」
と、心ここにあらずといった感じで言って再び腕を組むと何事かを考え始めた。
「さっきから何を考えているんだ」
その考えている顔は、いつもの裏生では無いような気がした。
「いやね、鑑識で聞いたんですけど一件目の遺書は一枚の紙で書かれていて二件目の文書は右側は綺麗だったんですけど左側は切られた跡があるんです」
この事実には、目を見開いた。つまりまだ左側に文書が続くとしたら事件はまだ終わっていない事になる。しかし、どこか、その事実が心に当てはまったきがした。

捜査会議が始まった。暖房が弱いのか、それとも冷え込んでいるのか、会議室の中はいつも以上に寒い。裏生が鑑識と交代で犯人についての見解を述べる。ここで初めて見えてきた犯人像、あの防犯カメラの映像が再生される。
「犯人はどこから校舎を出たのでしょうか」
それは、深い疑問では無い。
「はい、 犯人はきっと防犯カメラに写らない位置の窓から出たと思われます」
「では、害者と犯人はいつ校舎に入ったんだ」
次はお偉方の中でも中心、本部長が聞いてくる。
「はい、現在捜査中ですが、害者の下校している姿が確認できない上、防犯カメラにも写っていない点から下校せずに校舎内にとどまっていたと思われます」
皆が渋い顔をしている。もしそうなら、学校の警備上の見落としだ。
「では害者の荷物やカバンは犯人が持ち去ったのかね」
ええ、おそらく、と裏生。これに続き、鑑識が見解を発表し始めた。それにしてもこの事件はなんなのだろうか、まだ何も分かっていない。犯人が男なのか女なのかすらも。本当はDVDでわかるはずだった。しかし、あまりにも映像が暗くて荒かった。
「えー、そこを踏まえて鑑識はこの事件はまだ続くという見解を示します」
捜査員からざわめきが起こる。
「紙の大きさからあと何枚文書があるのか分からないのかね」
「そうですね~、最低一枚後は。紙を足せばいいので、そういう意味では無限ということになります」
捜査員も明らかに落胆する。皆身体の疲れもそうだが、精神が先にやられるかもしれない。
「諸君、総力をあげて犯人の早期逮捕を目指してくれ」
はいっ、といういっせいの声と共にこの日の捜査会議は終わった。
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