無重力少年

apricot

文字の大きさ
上 下
1 / 1

無重力少年

しおりを挟む

身動きが取れなくなったから助けに来て欲しい

と、メールを受けた俺は急いでその主に会いにいった。
病気か何かか、救急車は必要なのか否か、それとも警察沙汰に巻き込まれたのかもしれない。
いろんな可能性が頭を過ぎる。
けれどそれら全ての懸念は的外れだった。

メールの主である彼、フータは自室のど真ん中で浮いていたから。
床に足もつけず、空気の中をジタバタと溺れていた。

「……なにしてるの?」

「タクミ、来てくれたんだ。なんか朝起きて立とうとしたら身体が浮きはじめてさ」

何を呑気な事を言っているのか。こんな事態世界の何処にも前例が無いだろ、と思いながらも
俺自身も何故か「そうか。」と、呑気な返答をした。
とりあえずフータの手を掴んで床に降ろしてやる。

「うーん、駄目だね。床に足をつけようにも2歩目から浮いちゃって進めないや」

「これはまともに生活出来そうにないな。なんでこうなったんだ?」

「………さぁ、わかんない。ごめんね、手を借りちゃって」

「いいよ、幼なじみのヨシミってやつ。それに今日は授業休むつもりだったし」

「わぁ不良だ~」

「うっせ、真面目クンが」

マイペースに笑うフータの手はひんやりしていて、どこか気持ちが悪い。
家が近所で、同い年。仲良くなるには十分な条件が揃っていた。でも成長するにつれ、離れ離れになった。
だから正直メールが来た時には心底驚いたんだ。

「……なんかへんな感じ」

「は?そりゃそうだろ。俺だって変な感じ。ってか、変だよ」

「いや、そういうんじゃなくて」

ゴニョゴニョと言葉を詰まらせるフータ。
でも手を離すと浮いてしまうので離さない。

「久々に会ったでしょ?それでもすぐ来てくれて…しかも今は手まで握ってくれてる。タクミが優しい。変。」

テレッとしながら酷いことを言われた。のに、頬を赤くして言うもんだから、なんだか俺まで恥ずかしくなった。

「あのなぁ、偶々今日は都合が合っただけ。それに危機的状況だったから手を貸してる。俺だって暇ばかりしてるわけじゃない。」

……照れ隠しがあまりにも下手すぎた。
言ってから後悔するのは、こう言うタイプの人間の特徴だよなぁ。

そっか、そうだね。とフータが呟いた。暫く顔なんて見れないな、と思っていたけれど、フータと繋いでいた手が強く引っ張られて思わずフータの方を見る。
フータは先ほどよりも強い力で空へ引っ張られていた。

「え、なに。どうしたフータ!?」

「………」

自分の右手とフータの左手だけが繋がっている。
フータを引き止めているのはこの心許ない腕一本。

きっとこの手を今離してしまったら、フータは一瞬で外へ出て、空へ昇っていってしまうだろう。
そうしたらフータは1人になる。

それだけは、なんとなくわかる。

更に力強く握った手を掴む。
それなのに、逆にフータは力を抜いた。

「タクミ……。僕なんとなくわかったよ。」

「は!?なにが!?いいからちゃんと俺の手握ってろ!!」

焦っている俺の手はびっしょりと汗をかいていて滑る。
なのに比べてフータは変わらずひんやりとしている。

「ねぇ、タクミ。僕は今空っぽなんだ。この世界よりも軽い存在なんだよ。」

「………。」

「君は優しいね。最後の最後までつなぎ止めようとしてくれている。
でも、僕には此処に残る理由が無いんだ。もう離してもいいんだよ。恨んだりなんてしない」

フータが何を言っているのか、理解できないはずなのに、何故か涙が溢れてくる。



離すべきなのか、
この手を。



一瞬、込めていた力が抜ける。
途端フータは空に向かおうとする。



離すべき……
そんなわけ、あってたまるか。



「フータ!!!!」

気づけば俺は、もう一方の手も伸ばし、指を絡ませ、さっきよりももっと強く握りしめていた。

「な、んで、タクミ……?」

「なんでも何も、無いだろ……っ。一人で違う世界に行こうとするんじゃねぇ。お前には100年早いっつーのっっ!!!」

「だ、だって、僕はこんなに空っぽになっちゃったんだ。どうしたって此処にはいられないのに、君は僕にどうしろって言うの…?」

「空っぽになったんなら俺がお前を満たしてやる。俺がお前の錘になってやる。お前が此処から飛んで行けなくなるなるまで、それまで俺がつなぎとめてやる。
だから、だから……」



俺と一緒に、居てほしい。



そう伝えようとした途端、何もない真っ暗な空間に飛び込んでいた。
目を開けてよ、そんな声が遠くで聞こえた気がして、やっと俺は目を閉じたままだと言うことに気づいた。

恐る恐る目を開ければ、見慣れない天井と、見慣れた家族の顔。

目が覚めた!と泣き出す周りと、そこかしこが痛くて言うことを効かない身体の調子でやっとわかった。

「ねぇ……フータ、は…?ふーた、はどこ…?」

母に隣見てご覧、と促されてその方を向く。

「目覚めて…一言目が、僕の、名前なの…?やっぱり、……変だね。タクミ……は。」

あちこちの感覚は鈍っているけれど、マイペースなその声、そしてほんのり暖かい右手の温もりに俺は思わずハハッと声が出た。


その日俺はフータに会いに行こうとしてた。昔みたいに沢山話したり遊びたくて。学校が変わってからほとんど会えていなくて、会えない時間が長くなればなる程、俺の中でのフータという存在のデカさに気付かされたから。

やっぱりお前と一緒にいるのが一番好きなんだよ、と照れずに今度こそ言ってやる!って意気込んでたんだ。

なのにフータに声をかけたときにはベランダから身を乗り出してた。
その時にお互いが伸ばし合った手が、つなぎとめてくれたらしい。

生暖かい手の温度がこっちにも伝わって来て、正直怒りとか哀しみとか呆れる程どうでも良かった。

とにかく今は、話がしたい。触れたい。笑いたい。

「もう、身体は浮かないのか?」

「うん、でももうちょっと手を繋いでいてよ。錘になってくれるんでしょ?」

「はいはい、俺も………もうちょっとこのままがいいし。」

ふたりで並んで笑おうとしたけど、肋骨が痛すぎた。
笑い合うのはもう少し後になりそうだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル

こじらせた処女
BL
 とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。 若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?

つぎはぎのよる

伊達きよ
BL
同窓会の次の日、俺が目覚めたのはラブホテルだった。なんで、まさか、誰と、どうして。焦って部屋から脱出しようと試みた俺の目の前に現れたのは、思いがけない人物だった……。 同窓会の夜と次の日の朝に起こった、アレやソレやコレなお話。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

保育士だっておしっこするもん!

こじらせた処女
BL
 男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。 保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。  しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。  園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。  しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。    ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?

処理中です...