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本編
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しおりを挟む「……リリィ、泣きすぎ……」
ひと月振りに漸く会えた愛しい人は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で、苦笑するしかなかった。
大雅は悠莉への想いを自覚してから、彼女が通学などで使っている最寄り駅に仕事が終わるとほぼ毎日訪れていた。彼女が帰る時間帯に彼女の姿を探す。何度か似たような女性を見かけるが、近寄って顔を見れば他人の空似で、それがどうしようもなく空しく感じて胸が苦しくなった。
今日もまた、彼女に似た人を見かけて、確かめるために近づいた。小さい小さい声は雑踏の中なのに大雅の耳に届いた。呟かれた自分の名に我慢しきれずに声を掛けて抱きしめた。悠莉は驚いた顔で大雅を見ると、笑うでもなく怒るでもなく滂沱の涙を流した。鼻水と共に……。
感動の再会ではあるのだが……思っていたのとちょっと違う、と思いながら、大雅は上着のポケットから出したハンカチで悠莉の顔をメイクが崩れない程度に拭い、最後に鼻水を拭って、まだ止めどなく流れるのでハンカチを裏返しに畳みなおして悠莉の手に握らせた。
「……もう会え、ない…って、おも……思ってたから……」
「悪かった」
「…ひっく……、タイガ…好きぃ…、」
「うん、俺もリリィが好きだ」
「タイガぁ……」
しゃくり上げながらたどたどしく話す悠莉の姿に、胸が苦しくなって大雅は彼女を抱きしめた。悠莉は、大雅から借りたハンカチで目と鼻を覆いながら、大雅の胸に顔を埋め、思いっきり泣いた。もう、堰き止めることが出来ない想いが、溢れて止まらない。
数分前に、彼を忘れようと決めたのに、大雅を見て、その決意は涙とともに、あっという間に流れ落ちた。
人目もはばからず、大泣きする悠莉を抱きしめ続ける大雅の優しさが嬉しくて、何とかして落ち着こうと呼吸を整えようとする悠莉に、大雅は優しく悠莉の背を撫でた。
漸く徐々に落ち着いてくる悠莉に、
「落ち着いた?」
と、話しかければ、彼女は頷いた。
「顔、見せて?」
「……ん、んぶっ」
ちょっと間が空いたが、彼女は鼻から下をハンカチで隠し、潤んだ瞳が大雅を見る。その瞳が、まるで情事中の瞳と重なって――慌てて悠莉の顔を自分の胸に押し付けた。……危険だ、あざと過ぎる。
今の彼女を誰彼構わずに見られるのは、もっと危険だ。
「リリィ、どこかでゆっくり話がしたい。俺の家に行こう?」
「ごめん。それは無理」
きっぱりと断られたことに、大雅は頭の中が真っ白になった。
22時近くで静かに話が出来る場所は限られていて、二人は駅前まで戻ってその近くのカフェに入った。悠莉には、手をつないで歩くのを誘導するから、なるべく下を向いて歩いてほしいとお願いした。
カフェの中は静か…とは言い難いが、この時間帯にしたら静かな方で、お互いに注文した飲み物を受け取ると空いているテーブルに向かい合って座った。
「メッセージ送ったけど既読にならない。もしかしてブロックしてる?」
大雅はホットコーヒーを、悠莉がホイップを乗せたチャイラテを飲み、一息ついたところで大雅が話を切り出した。
悠莉はその言葉に、無言で自分のバッグの中からスマホを取り出して、カバーを開けて大雅に見せた。
「……ひでぇな」
画面が縦横無尽にひび割れているスマホに素直に驚き、納得した。
「……あの日、タイガにメッセージを送った直後に落としちゃって……もう、電源さえ入らないの」
悠莉のしょぼんとした顔に何とも言えず、起動さえしなくなったスマホを睨む。
「修理に出さなかったのか?」
「一緒に居たハル…兄が修理代を出すからすぐに修理しようって言ってくれたんだけど……自分の不注意で壊したから自分のお金で修理するって断ったんだ。けど…修理代がどれくらい掛かるか分からなくて、足りなかったら困るから今はバイトのシフトを増やして稼いでる途中なの……」
「ん゛ん゛?誰と一緒に居たって?」
「ん?お兄ちゃん」
「あの日、一緒に居たのって……お兄ちゃん?」
悠莉がコクンと頷いき、チャイラテを飲む。
「ああ、そう。お兄ちゃん、ねー」
大雅が頭を抱えている。悠莉は、なんかまずい事でも言ったかなぁと、自分の発言を思い返してみるも、まずそうな点が見つからない。
大雅がひび割れたスマホの画面を撫でた。画面には保護フィルムが貼ってあるので撫でても指先が引っかかることもなく滑らかに滑る。保護フィルムのおかげで割れた画面の破片が飛び散らずに済んだ。
「明後日の土曜日にスマホの修理に行こうか」
「え?」
大雅の提案に悠莉は顔を上げた。
「明日はバイト?」
悠莉は頭を振った。
「明日は会社が終わったら会おう。そのまま泊まって、次の日に修理に出そう。それが終わったら、どこかでランチに行くのもいいし、一度、家に戻って車で遠出するのもいいな」
「土日はバイトが入ってるの」
「何時まで?」
「えっと、10時半から15時半まで」
「じゃあ、バイトが終わる時間に迎えに行く」
大雅の提案に信じられないという顔をしている悠莉に、大雅は苦笑して彼女を見た。
「何か言いたそうな顔だな」
悠莉はちょっと迷ってから意を決して聞いてみる。
「タイガ、自分の家に他人を呼ぶの嫌いって言ってたよね?」
「ああ」
コーヒーを飲み頷いた大雅の表情からは何も読めない。
「そういえば、そんなことも言ったな。でも、最初の頃だろ?」
大雅の家に行きたいと言う女性が多くて、一度でも招けば後々が面倒くさくなる。ということで、女性達を牽制するために、自宅には誰かがいるのが嫌だと言った。一緒に飲んだ女性がどれだけ酔いつぶれても自宅に連れ帰るようなことをしなかった。
「リリィは別。どちらかといえば、俺の家に居てほしい」
自分は特別っぽいことをサラッと言われて、悠莉の顔が赤くなる。照れ隠しでチャイラテを飲み、ちらりと大雅を盗み見る。
「何?」
大雅が首を傾げる仕草に悠莉の心臓がドキリと跳ねる。首を傾げる仕草は悠莉の好きな仕草の一つ。
「好きだなぁと思って」
「俺もリリィが好きだ」
素直に気持ちを言葉にすれば、恥ずかしげもなく大雅も気持ちを言葉で返してくれる。こんな日が訪れるとは思ってもいなくて、悠莉の止まった涙がぽろりと零れた。
「ふっ、まだ出るのかよ」
大雅の困ったように笑う顔も好きで、
「それ以上、泣くと家に連れ帰るぞ」
言葉はイジワルだけど、伸びてきた手が悠莉の頬に触れ、親指で涙を拭う仕草が優しくて、悠莉は頬に触れる大雅の手に自分の手を重ね、
「それはダメ」
ニッコリと笑って断った。
「明日も早いんだもん。家に帰ったら、少しでも課題を進めないといけないし」
悠莉を追い詰めた理由が自分の所為であることが分かったので、大雅は不満を飲み込むことにした。少し、消化不良を起こしそうだが仕方がない。
「でも、金曜の夜から日曜までは……その…お泊りしたいと思います」
もじもじしながら上目遣いで大雅の顔を窺う悠莉に、飲み込んだ不満が一瞬で昇華されたのが分かった。自分も、惚れた女の前だと案外ちょろい男なんだな…と思った。
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