君とミライと未来を

ミヤハル

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君とミライと未来を

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 未来、というものについて、考えたことがあるだろうか?

 ニュースを見れば、いまどき戦争とか、「なにそれファンタジー?」とか言い出すようなものがいまだに実在する。そこでは、一年後の住む場所、明日のご飯どころか夜の命すら曖昧で、命にとって非常にシビアなことになっているとか。ようは、未来について考える余裕もなさそうな世界があったりする。 

 しかしながら、私の住むところは平和な日本なので、未来は当たり前のように存在するのだった。

だが、それは本当に未来なのだろうか。

 ――なーんて、考えて見ちゃったりして。




「野田ー」



「はーい」



 先生の声に従って素直に小テストを取りに行く。



「まぁまぁだな」



「ヤッタネ」このあたりは反射的な言葉だ。



 意味はない。ただ、そういうふうに言えば、それっぽいというだけ。



「葉林―」



「……」



 前の席の葉林君はなかなかに無言だ。

 私は授業中の「わかりません」以外は聞いたことがない。

 二学期も半ば、先生もクラスメイトも慣れたもので、彼に対して何かを強要することもない。それが優しさなのか、面倒くささなのか。考えることもないくらいに、自然と。



「そろそろ大学受験も考えて行かないとな」



 小テストを配り終えた先生は言った。ざわめきが教室中に満ちる。どうしよう。ど

うする?無邪気な未来への不安と期待。

 順当に配られた、小テストという現実と先生の言葉が何らかの影響を与えたのかもしれない。

 自称とはいえ進学校。一年も最初であるが、既に先を見越した何かしらの活動を始めるのである。



「まだ、一年生だと言うことで、早すぎると言う意見もあるだろうが、君達に将来について考えてもらいたいと思う。プリント、回すから、後ろで調節して」



 先生は適当に振り分けたプリントを一番前の席の人達に回していった。

 私は一番後ろの席だから、最後だ。

 一つ前の葉林くんは、私を振りからず、プリントを渡した。そして、無言で立ち上がり、後ろの列で余ったプリントを迎えに行った。

 一枚プリントが足りなかったのか。



「……」



 細身で、肩幅が狭い。

 そんなに話したくないのには理由があるのかしら。等と考えながら、私は小さく視線をプリントに落とした。





「公立大学、私立大学、短大、専門学校、就職」



 書かれた文字を見る。部屋の中は落ち着く。巣のようなものだ。そんな落ち着く部屋のベッドに転がり、私はプリントを広げていた。

 私は、何になりたいのだろう?少し、考えてみても答えが出ない。強いて言うならば、あれだ。



「楽な仕事に就きたいなぁ」



 ニートになるには心苦しいが、しかし、キャリアウーマンだの社畜だのになるのもいやだ。妥当な考え。まぁ、それが一番難しいのだけど。



「ま、いっか」



 携帯が鳴った。震える音を手繰るように携帯に手を伸ばす。文面を確認して私は立ちあがった。適当に服を着、早足で部屋を出る。玄関近くの部屋にいる母にドア越しに話しかけた。



「おかーさん、ミヤコに呼び出されたからいってくる」



「はいはい。早めに帰ってきてね。あ、りっくん、駄目よぉ、そんなにおもちゃ振りまわしちゃ」



「おねたんばいばいー?」



「りっくんばいばーい」



 年の離れた弟はまだ保育園にもいっていない幼児だ。待望の男児。というわけで、期待の新人物である。

 昔ながらの価値観はなかなか消えないもので、このことに父方母方双方の祖父母の興味と母の期待の大半が弟に移った。そうして、第一子だが女の私の存在は彼の誕生で宙に浮いた。気楽になった、と言い換えることもできる。



「いってきまーす」



 玄関を開けば、もう冷たくなりつつある空気。夜の帳が落ちた外へ、私は向かった。




「ねー聞いてんの梨乃」



「聞いてるって―」



 聞いてないにせよ、それを正直に言う必要はない。私は爽やかに嘘をつき、ミヤコの話を促す。

 昼休みは平和なものだ。男子の大半は外や体育館でバスケットボールをしているため、教室には女ばかり。そろそろ寒くなってきたというのにようやるこった。とはいえ、男子がいないわけではない。現に前の席には葉林君がひっそりといる。



「で?」



「だから、元木君がね」



 隣のクラスの彼氏何某と昨日メールで云々。そっかそっか、よかったねぇ。答えやすい話ばかりでありがたい。



「――ねぇ、ミヤコは元木君と結婚するの?」ふいに浮かんだ質問を話の間に挟み込んだ。ミヤコは瞬きし、肩をすくめた。



「考えたいけど、まだ、行きたい学部すら決まっていないしさぁ。あっちはしたいしたいって言うけどね」



 けらけらと彼女は笑う。私は、「結婚式には呼んでよ!絶対だよ」とそれらしい一言を添えた。

 将来、不確定な未来。しかし、それらはある程度の予想はつくものだ。というか、予想道理に運ぶために頑張ると言うか。そんなこんなで、生きているのだから。

 どこかで、「人間の死にざまより、蟹の死にざまの方がわからない。何しろ、死んでカニクリームコロッケになるなんて、想像できるわけがないからだ」という言葉をみた。そう考えると人間の生涯なんて大したことがないような気さえする。

 生きるか死ぬか。どう生きるか。私は、表面を取り繕うのが得意な方だから、ある程度はやっていけるだろうな。仕事もそれなりに出来る方だし、何とかなるだろうな。

 そんな私はどういう将来を考えるべきなのだろう。



「時間だ。じゃ、あとで」



 予鈴の音でミヤコは手を振って席に戻る。よくしゃべるものだ。周りからしたら、私も似たようなものなのだろうけど。教科書、ノート、それらを出していると、ふいに視線を感じた。



「……」気のせいか。



 葉林君がこちらを見たような気がした。

 ふと、無口でヒトとコミュニケーションをとることが苦手な彼は、これからどうやって生きて行くのだろう。

 余計なお世話だろうが、そんなことを考えてしまった。




「――ただいま」



 帰宅時間は21時ちょっと。気を抜きすぎて遅くなったなぁ、怒られるのは面倒と心でつぶやく。しかし、



「母さん……?」



 鍵のかかっていたドアを自分の鍵で開ける。聞こえない返事に暗いマンション。明かりのついてないリビングを覗くと、テーブルの上に手紙があった。

 りっくんが熱を出したから、病院行ってきます。ご飯は適当に食べててください。母の字で書かれた簡潔な文面に肩をすくめる。一応確かめてもケータイにメールは入っていない。どんだけ急いでいたんだ。あまり使いこなしてはいないとはいえ、母もケータイ位は持っていると言うのに。

 父は長期出張中で、新幹線の距離に住んでいる。そのため、この家には私一人と言うことになる。年の離れた姉弟だから、もう高校生の姉の心配など誰もしない。



「もう少しゆっくりしてきてもよかったかな」



 少し後悔する。

 ふいにケータイが鳴った。

 光る液晶をみる。母からの電話だ。通話ボタンを押して、耳にケータイを押しつける。



「お母さん?」



「梨乃、今どこ?」



「家だけど」



「じゃあ、メモは見たわね。もう、ご飯食べた?」



「うん」嘘だ。しかし、面倒なのでそういうことにしておく。



「今子ども病院の救急なの。りっくんの熱は大したことがなかったんだけど、不安だし、先生にお願いして点滴してもらうことになって。だから、帰るのは遅くなるの。12時過ぎるかも。先に寝てていいからね」



「大丈夫だよ。一人で出来るよ」



「良かった。あ、じゃあ、ね」



「うん」



 電話が切れた。



「外で、食べてこようか、な」



 声を聞く人はいない。一人の家は、寂しい。私はケータイを開いた。




「プリント、集めるぞ!」



 教室に先生の声が響く。プリント。この間の将来についての奴か。私は適当に記入したもの(自分が行けそうな範囲の大学の、文芸部とかそのあたりの希望を書いた奴)を取り出し、立ちあがった。

 一番後ろの席だから、私がプリントを集めないといけないのだ。

 いつも通り、プリントを集めて行く。まず、葉林君のプリントを。そのとき彼のプリントが見えた。



(葉林君、法律系なんだ)



 へぇ、と思う。人は正直よくわからないものだ。彼がそんなものを目指すなんて、私はしらなかった。



(自分の将来は見えた気になっても、他人なんてわかんないもんだよなぁ)




 ――遠野のお爺ちゃんちに泊まってくるわね。



 母からメールが入っていた。

 遠野のおじいちゃんの家とは、母方祖父の家、すなわち母の実家だ。子ども病院には、祖父母の家の方が近いし、少し不安が残っていると言うことだろう。

 弟が生まれて一番喜んだのは彼らだった。

 母の兄弟は女しかいない。久しぶりに生まれた男のコに、皆喜び、よく家に来るように誘った。

 私も最初は呼ばれていたけれど、いってもさほど楽しくは無いから、途中から断りだし、最近では誘われることも無くなっていった。

 それでいい。問題なく断るのはなかなか難しいし。

 放任主義が過ぎるような気がしないでもないけど、そのほうが楽だからまぁいいやといったところ。



「さて、じゃあ、今日は誰と遊ぼうかな」



 先生の話を横耳で聞きつつ、私のつぶやいた声は誰の耳にも入らない。




 誰も私を知らない。知らないままでいい。私なんて、その辺にいるただの人間で。女子高生という肩書がぎりぎり私の方に乗っているのは、年齢の範囲がソレというだけだ。学校名すら、さほどの意味は無い。

 私という人間に未来などあるのだろうか?未来とは、何なのだろう。

 未来はある。皆そういうだろう。だけど、その未来は結果だ。ここにいるしかない、そうなるしかない未来。私はそのレールに乗っているだけ。私という個人に意味があるのか、よくわからない。

 家族だって、そこに生まれたから繋がっているだけの存在だ。そこに生まれなければ、繋がりなど無い存在。たった一つの理屈だけが私をその集団で特別な存在のように位置づける。

 友人だってそう。偶然出会って、仲良くなって。それは正直ただの適応能力だ。仲間がいないと生きていけない人間だから、私たちは群れるだけ。群れて、それで、社会生活に順応していく。その方法を学ぶ場所が学校。

 だから、個人個人に意味などない。繋がりに、意味は無い。意味があるように感じるのは、それを言葉にするからだ。“親友”“恋人”そんなもの、言葉にしてしまうから、意味になる。カタチになる。――そんな気がする。

 だから、



「未来なんて、未来じゃないんだよ」



 ただの結果をポジティブに言った言葉が、未来。

 結果だ。結論だ。夢は無い。先に在るだけ。広がらない。今が積み重なってだんだん狭まっていくだけ。

 今だって。夜の繁華街。流石に制服だと目立つから、服は着替えてあるけど、本当は制服が、一番受ける。

 犯罪だって、そんなこと、気にせず一時期の気持ちに任せる馬鹿はどこにでもいる。

 “今”というものが一番広いのだ。だから、一番広いそれを有効活用して何が悪い?



「悪いって、皆言うだろうけど」



 そうだね、としかいえない。一応、だけど、言い訳はゴマンと考えてある。



 “今”しか意味がないのならば、今を有効活用する。それだけなのだから。



「――こんばんはっ。ねぇねぇキミ、一人なの?」



 駅前の小さな広場で待ちぼうけをしていると、声をかけられた。



「うん」視線をケータイから外さずに返事をする。



「じゃあ、一緒に飲まない?」



「あんまりお金ないから」



「少しならおごれるけど、どう?」



「ごめん、メール」



 お金がなさそうな、チャラい20代くらいの男をスルーして、ケータイを見続ける。



「人来たから、じゃ」最後まで男の顔を見ずにそう宣言し、歩きだす。



「えー」



 つまらなそうな言葉も無視する。へんに相手をするより、ふわふわと無視した方がいい。経験だ。

 しかし、待ち合わせ場所は微妙に変更、で、改札前にこいとか。



(まぁ、別にいいけど)



 貰うもんもらえればそれでいいのだ。

 繁華街。夜更けなのに、あかるくて人が多い。ゲーセンが目に入る。ゲーセンには補導員がいることがおおいから、見なかった振り。自然と、自然と。こんなところで、つかまっても楽しくない。



「――待って」



 ふいに、肩を掴まれた。さっきのチャラ男か。でも、こんな声だっただろうか。



「しつこい」振り払う。しかし、すぐに今度は右の手首が掴まれる。



「野田さん」



 なんで、名前。私は目を見開いた。初めて聞く声。だけど、妙に懐かしい。

 振り返って目に入った顔に私は呆然とつぶやいた。



「葉林君」



 手首に食い込むのは彼の固い手だ。



「待ってください」



 私の前で彼は二度目の言葉を放った。





「放して」



「嫌です」



「なんで」



「貴方は、これから何をするんですか」



「葉林君には関係ないでしょう?」何度もシミュレートした言葉は上手く出てこなかった。その辺にあるような、中途半端な言葉だけが漏れる。



 だって、想定外だったから。葉林君だ。前の席で坐っていて、話したことがないひとが今、目の前で私の手を掴んでいる。何故、教師や母や、警察でなく、彼なのかわからなかったから。

 周りを歩くやつらは皆少し面白そうな顔でこっちをみて、横を通り過ぎて行く。

 きっと痴話げんかだと思われているんだろう。妙にむかつくいらつく。



「関係ありません」



「じゃあ、はなしてよ」



「嫌です」



「なんなの、もう」



 落ち着け。私。いつも通りだ。いつも通り。まだ、決定的なところまで行っていない。だから、大丈夫。逃げ切ればいい。いつも通り、さしあたりのない言葉を言えばいい。だから、



「はなして」



「来ませんよ。貴方にメールを送った人は」



「……なんですって」



「それは、僕なんですから」



 終わった。私はそう思った。



「そう」抵抗をやめた。



 彼は何がしたいんだろう。私を破滅させたいのか。何なんだろう。もしかして、学校で何かしろとか。そういうことになるのかな。私は考えていると、



「じゃあ、もう、貴方は家に帰ってください。今度見かけたら、警察に通報します。では」



 彼は手を放し、満足げな顔でそう言うと、駅に向かって歩きだした。



「へ」



 おいてけぼりの私は固まった。






 振りまわされるだけなのは性に会わない。私は、我に返ると、すっきりした顔で帰宅しようとする葉林君を掴み、引きづって、24時間営業のハンバーガー屋にむかった。連れてくる以上、おごってやろうかと彼に「何か飲む?」と聞いたところ、彼は容赦なく一番高いハンバーガーセットを頼んだ。飲むかって聞いたのに。むかつく。

 私は財布の中身を確認し、自分の分はコーヒーだけにした。

 トレイを抱えて、やけに慣れない歩調の彼を人目につかない上の階の席に連れて行く。

 席に腰を落ち着けていると、葉林君は言った。



「先に断っておくと、僕はメールを送っていません」



 なんだと。騙された。私は葉林君を睨む。



「嘘付き」



「とはいえ、貴方がやっていることよりはましですけどね。貴方がやっていることはいいことではありません。やめるべきですし」



「何よ、何していたっていうの」



「円光ってやつです、援助交際、いまはアレですかパパ活?ともかくそういうものです」



「人聞き悪いわね、でぇとよ、でぇと」



「内容に変わりはないでしょう」



「安心して。身体は売っていないし」



「嘘だ」



「神誓ってもいいよ」



「だとしても、健全な行為ではありません。やめるべきです」



「……」



 相手は揺るがない。私が黙っていると、彼は堂々とハンバーガーを食べ、ストローで壮健美茶を飲んだ。

ふてぶてしい。教室では存在を消し切って生活しているのが嘘のようだ。

 イメージが違いすぎる。

 ていうか、話しすぎ。口回り過ぎ。



「――いつもしゃべんない癖に、なんでしゃべってんの」



「しゃべると大方いじめられるからしゃべりません。必要な時だけしゃべるようにしています」



「なんなのそれ」



 私はブスくれた顔をしている。ったく。

 彼のいうことはわからないでもない。このモノ言いを教室でしていたら、面白がられるか、嫌がられるかのどちらかであろうし、多分後者の方が可能性は高い。

 これが彼の地。ギャグかよ。私は小さく息をついた。



「で、葉林君、私をとめて、何がしたいの」



「どうしたいも何も、この世界をよくしたいので、とりあえず出来そうなことを片っ端からやっているだけです。貴方が変なことをしているのがわかったので、止めました。それだけです」



「……なにそれ」



「正義のヒーローってかっこいいじゃないですか」



「……」



 胡散臭い。



「僕は正義のヒーローに憧れています。だから、今出来ることをしていくんです」



「正義のヒーローって何よ」



 私の問いに、葉林君は少し戸惑ったようだった。



「なんでそんなこと聞くんですか」



「聞かれたら困るの?」



「いえ……。そんなこと聞いてくるひと初めてだったので。だいたい馬鹿にされるだけですし」



「でしょうね」



「貴方も馬鹿にするために知りたいんですか」



「……私は」



 なんで葉林君にこんなこと聞いたんだろう。自分でもわからない。



「……暇だし。あんたが話してくれたら今日は素直に家に帰るよ」



「そうですか」彼は少し考えて口を開いた。「では、話しましょう」




「創作の世界には沢山いるじゃないですか、ヒーロー。アンパンマンでもいいし、ウルトラマンでもいい。ターミネーターでもいいな。もちろん、2作目以降ですが」



「まぁ、いるよね」



「悪漢を、というか、明確な悪がいて、それを倒す。それはとても気持ちがいいことなんだろうなぁと幼い日の僕は思いました。しかし、なかなか現実では明確な悪などいないものです」



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「……」



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 諦めなきゃいけない。そこに辿りつくことを。しかし、彼は諦めていない。

 なんで頑張れるんだろう。なんで諦めないんだろう。



 ――妙に、心が痛い。



「なんで、頑張るの」



「やりたいからです」



「むりだって、わかってんでしょ」



「無理っていうのは、何がですか?」



「ヒーローになるなんて、無理でしょ。無理だよ。だって、そんなの、上手くいきっこない」



「なんでわかるんです」



「だって、現実に、夢なんて、ないもん……」



「何を言っているんです」



 あきれるような葉林君の言葉に顔が赤くなる。

 馬鹿みたい。馬鹿みたい。馬鹿みたい。

 私が。



「夢は、叶わないものだもん……。馬鹿みたい」



 何が言いたいのか、自分でもわからず、同じ言葉を繰り返した。葉林君は変な顔でこっちを見ている。むかつく。だって、だって、だってさ。

 現実は壊れやすくて、すぐに、壊れてしまって、私がそこにいる理由なんて、存在しなくて。頑張ったって、どうしたって、未来なんて信じられないから。

 でも、そんなの言い訳だって、わかっているのに。

 未来は信じられなくて、今しか考えたくなくて、その場を切り抜けられたらそれでよくて、だから。

 なんで頑張れるの、なんでそんな当たり前の顔でそんなこと言ってんの、なんで恥ずかしくないの、なんで、なんで、



「葉林君、あんたなんなの」



 変に因縁をつけるような言葉を言ってしまった。



「あ、あの、野田さん」



「……何よ」



「泣いていますよ」

 



「……ごめん」



 泣いたら鼻水も出る。生理現象だ。私は葉林君が持ってきた紙ナプキンで鼻をかんだ。



「いえ」



 どうしよう、どうしたらいい。とでも顔に描いてあるような葉林君にすこしいい気味だなと思う。

 泣いたら、なんだか、馬鹿らしくなってきた。

 なんで本気になってんだろ。ここは葉林君の本性を知ったことでこいつを学校内でいじることが出来るようになったと言うだけじゃない。というか、こいつのほうが意味わかんないし、こいつが何言っても私より相手されるわけないし。

 もう、本当意味わかんない。



「あー、もう、葉林君きらい」



「はぁ」



「私のこと情緒不安定な馬鹿女だと思ってんでしょ。なんなのよ、本当葉林君きらい」



「……あの、なんだかわかりませんけど、僕が貴方に嫌われているのはわかりました」



 妙に下手にでるように葉林君は言った。



「……………もういい」



 もう一回チーンとナプキンで鼻を拭く。



「一応言っておきますけど」葉林君は少し遠慮がちに言った。「貴方を馬鹿女だとは思っていません。情緒不安定だとは思っていますけど」



「それでフォローしたつもり?」



「ええっと」

 困り顔に優越感を覚える。もっと困りやがれ。



「いいよ、わかったよ、葉林君は意味わかんない存在だと言うことがわかりましたー。はい、とりあえず今日は私帰ります。やる気無くなったし」



「また貴方が円光しようとしていたら妨害しますよ」



「なんで」



「それが正義だからです」



「……」



 なんで真っ直ぐにそんなこというのか。



「……あんた本当に意味わかんない」



「僕も貴方がわかりません。あんなにクラスでぎゃあぎゃあ騒いでてうるさいくせに、周りからの評価はよくて、友達が多くて成績もよくて、男子からの評価も高くて、なんでも持っているのにわざわざ自分を下げるようなことをするんですか。あと、なんで僕なんかとこんなところで話をしたんですか」



「褒められてる気がしないけども、まぁいいわ。私の勝手でしょ。あと、あんたと話したのは、気まぐれなだけ」



「そう、ですか」



「なんでそんなに嫌そうなの」



「嫌というか、ここ数年で久しぶりに家族以外の女性をまともに話して嬉しいのに、嫌われていることがわかったから悲しいだけです。むしろもう話しかけないほうが良いってことですよね。今度はあんまり話さない感じで止めますね」



「……重ッ。杓子定規な正義感振りまわしてドヤ顔してるくせに、なんでそこで哀しむのよ」



「男はロマンチストなんですよ」



「知るかっての」



 葉林君と視線があう。彼と視線があるのは教室の彼を思い出して新鮮で、なんだか妙に恥ずかしい。

 泣いたり怒ったり恥ずかしかったり。短時間で沢山の感情変化を起こした。だから私はその時変になっていたんだと思う。

 私は、意味も無くコーヒーの入った紙コップを指で突き、口を開いた。



「――ねぇ」



「なんですか」



「あんたが、たまーに私と夜中にマックでコーヒー飲んでくれたら、変な人と遊ばないようにするよ」



 私の言葉に葉林君は少し息を飲んだようだった。彼は少し黙ってから、慎重に口を開いた。



「たまにって、どんなタイミングで」



「私の気が向いたら」



「……コーヒーに付き合ったら、貴方はもう円光しないんですか」



「円光しない。というか、最初からしていない。でぇとしかしてないって言ったでしょ。やらしーこと考えてんじゃないわよ」



「そういうことにしてもいいですけど。というか、やらしいことなんて考えていません」



「へぇー、そうなんだー。で、どうする」



 私の言葉に葉林君は戸惑っていた。でも、私には確信があった。



「……飲みます、コーヒー」



「じゃあ、よろしく。ケータイの番号教えなさいよ」



「持っていません、ケータイ」



「は?!じゃあ買ってこい」



「善処します。あの」



「何」



「壮健美茶でもいいですか?飲むのは」



「好きにしなさいよ」



 ほっとした顔の葉林君を見ながら、私はとても驚きながら、とても満足していた。

 わからないヒトとは会話としてわかりあうべきだと誰かが言っていた。はたから見ているだけとか、他人からの情報で相手を判断するとか、そういうのはあんまりわかりあうにはどうしても邪魔が入るんだと。

 葉林君は意味がわからない頑張りを真顔でしてしまうらしい変な人だ。

 そして、何より、未来を信じて明確な夢を追っている。

 未来が信じられない私は、彼を通して未来を知るのかもしれない。

 これは、予想だけども。





「あ、そう言えば葉林君って、なんて名前だっけ。どうせなら名前で呼びたいんだけど」



 そういうと、彼は慌てたように首を振った。



「葉林でいいです、というか葉林って呼んでください」



「嫌だ。さっさと名前言え。――まぁ、どうせここでわかんなくても明日学校でしらべりゃわかるのよ。今言ってしまいなさいよ」



 戸惑った彼は私の無言の圧力に屈し、小さくつぶやいた。



「―――です」



「何、聞こえない」



「……未来、です。よくある感じの、未来。小学生のころはよくミクって読まれてて。女みたいじゃないですか、この名前。DQNネーム極まりますよこんなの」



 驚いた。



 若干乱暴にいう彼を見つつ、私は思わず笑ってしまった。



「……やっぱり」



「ごめん、多分葉林君、じゃなかった。未来君が考えているのとは違う理由だよ。――うん、似合ってる。ミライっていうの」



 閉塞された時間の檻から、ひょっこりと変な男の子が顔を出した。

 拍子抜けして、思わず呼びとめてしまった。そんな感じで。



「よろしく、未来君」



 当年とって15歳――来月で16歳の私が未だによくわからないミライと言う奴を、先達者である彼を通して見てみようと思うのです。
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