ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第1章

27話

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「終わった……」

 外を見ると、まもなく夜が明けようとしていた。

「……少し寝るか」

 帝国にいる親しい人間に送る手紙を書いたことで、一仕事終えた気になっていた。この後自分の足で届けなければいけないのだが、そのような事は今は忘れたかった。
 人間でも吸血鬼でも布団が気持ちいいのは同じのようだ。


 どれほど経ったか分からないが、叩くようなノック音で起こされる。間違いない、リュシールだ。
 渋々と扉を開ける。

「セリィ、おはよう。一応"血の奉納"だから声かけとくよ」

 一応という勢いではなかった。という言葉を飲み込んで吸血鬼の正装とも言うべきマントを羽織って長テーブルのある、あの部屋へ向かった。
 ラシェル以外は既に全員その部屋に集まっていた。

「ここに座って」

 と、リュシールが自分の隣の席をすすめてくれる。誰も文句を言うものはないことで、吸血鬼の王の血が入っていることを実感する。


 幸い、セレスタが初めてこの館に来たときのような事はなく、奉納は滞りなく終わったようだった。大人しく眠っていても良かったかもしれない。
 エレッタ以外の吸血鬼が部屋から去っていく。セレスタはこの機に乗じて館から出ようとする。が、玄関ホールで肩に手を置かれた。

「……セリィ、どこに行くの?」
「やあ、リュー。少し外の風に当たろうと思っただけよ」
「じゃあ、その手に持った紙は何?」
「……」
「わたしにも言えないの?」

 これ以上隠し通すのは無理だと悟った。

「……帝国に手紙を出しに行くの」
眷属コウモリじゃダメなの?」
「使えないもの」
「……一緒に行ってもいい?」
「いいけど……」

 館の全員が寝静まってから出ることに決めた。二人はそれまでに準備を整えることになった。
 携帯用の血液、貨幣、その他諸々をリュックに詰める。

「帝国まで何日かかるの?」
「二、三日くらい」
「それって人間の頃?」
「もちろん」
「じゃあ、もう少し早く着くかな」



 陽が高く昇った頃、遮光マントを深々と被り、二人は館の扉を開けた。
 森に入っても明るく、魔物もほとんど確認出来ない。少なくとも、襲ってくるようなことはなかった。
 森を抜けてしばらく歩いていると、

「街だね」
「ええ、来るときも寄ったわ」

 空が赤くなっていた。

「旅の方、この先に用ですか?」

 門の前で声をかけられる。往路の時の門番とは別人だった。セレスタが一歩前に出て答える。

「ええ、帝国に向かう途中なの」
「いくつか質問をよろしいですか?」

 所持品、滞在期間等、当たり障りのない質問に答えると門を開けてくれた。出身地だけは嘘をつき、二人とも帝国出身だと言っておくことにした。

「リュー、このまま通り抜ける? それとも一泊していく?」
「うーん、これから夜だからね。このまま進んだ方が良いと思うよ」
「じゃあ、そうしましょう」

 暗くなるまで飯屋の隅で時間を潰し、陽が落ちきるとマントを脱いで人通りの少なくなった街を通り抜ける。

「真夜中は門番いないんだね」

 リュシールはそう言いながら重そうな門を軽々と押した。そこから続く舗装された道を進んでいく。



「あれが帝国……」

 何かを大きく取り囲むようにそびえ立つ壁が見え始めた。中の様子は分からないほどに高い。

「簡単に入れないんじゃないの?」
「大丈夫」

 入り口は先程の街とは比べ物にならないような強固な門だった。その前には二人の兵士が立っていた。
 セレスタは手のひらの上に光を出す。拳くらいの大きさの白い光の中には青い模様が浮かんでいる。それを兵士に見せながら、

「お婆ちゃんが危ないと聞いて飛んで帰ってきたの!」

と慌てた様子で声をかける。兵士の一人が光を確認し、もう一人に合図をすると、門が上がっていく。

「お疲れ様です」
「御婆様の大事を願っております」

 などと言ってくれて簡単に通れる。

「今のは?」
「特別な通行許可証みたいなもの。普通の許可証と比べて細かいチェックが少ないのよ」

 リュシールは街から帝国までの間に二十以上の質問をしてきた。セレスタは彼女がずっとあの館で暮らしてきた箱入り娘であることを改めて感じた。

「この辺で待っていて」
「分かったよ」

 リュシールを離れた所で待たせ、木造二階建ての大きくも小さくも無い家へ近づいていく。セレスタの生家だ。兄弟姉妹もいないので現在は両親の二人暮らしである。ちなみに両祖父母もまだ生きている。
 扉の横に設置された郵便受けに手紙を入れる。

「お待たせ、次行くよ」
「もういいの?」
「合わせる顔がない……」

 百歩くらい歩いたところで立ち止まる。その間二人は一言も喋らなかった。先程と同様にリュシールを待たせ、一人で歩き出す。
 帝国魔術学院時代の友人、サーラ・グェルフの家だ。彼女は卒業後、帝国魔術師団に入団すると言っていた。自宅から通っているだろう。
 彼女の家には郵便受けが見当たらなかった。仕方がないので扉に挟んでおくことにする。その際、少し音を立ててしまった。逃げるようにその場を立ち去ろうとするが、遅かった。扉が開き、

「誰かいるの?」

という声が放たれる。聞き間違える事は無い、学生時代苦楽をともにした親友の声だった。

「やあ、サーラ。久しぶり」

 背中を向けたまま話始める。

「セレスタよね? 元気だった?」
「……うん。そっちはどう?」
「訓練厳しくて毎日大変よ。でも充実してるわ。セレスタはフェルツ先輩と会えた?」
「うん」
「ご両親には挨拶した? まだなら泊まっていかない?」
「……父さんと母さんには手紙だけ。泊まるのは遠慮するよ」
「もしかして、顔を見せてくれないのと関係ある?」

 サーラは隠し事を無理に聞き出したり、覗こうとはしないだろう。しかし、それ以上に心配してくれるのだ。顔を見なくても彼女の表情は分かる。
 嘘や誤魔化しは通用しない。リュシールを待たせている。ぐずぐずしていると朝が来てしまう。それらがセレスタを焦らせる。

「……ゆっくりとこっちへ来て」

 扉を閉めた音がして、足音が近づいてくる。背中の前で止まったようだ。

「絶対、心の中に留めてほしい」
「もちろんよ」

 その言葉を聞いて、サーラの方に体を回す。

「私、吸血鬼ヴァンピレスになったの」

 彼女は驚いた様子でセレスタの顔を見る。赤い目と牙が気になるのだろう。

「……どうしたの?」

 事の経緯いきさつを簡潔に話す。

「じゃあ、そのお姫様が死にそうなところを助けてくれたのね」
「うん。彼女もも一緒に来てくれているんだ」
「リュシールさんと話したいんだけど、構わない?」
「聞いてみるよ」

 信じてくれるだろうとは思っていたが、まさかこのような展開になるとは思っていなかった。

「セリィ、終わった?」

 サーラに見つかってしまったこと、彼女がリュシールと話したがっていることを説明する。

「いいよ」
「いいの?」
「セリィが秘密を話しても良いと思える相手でしょ? わたしも会ってみたいな」



「サーラ・グェルフです。よろしく」
「リュシール・パールバートだよ、よろしく」

 二人は握手をし交わした後、セレスタの話題をし始める。当人としては恥ずかしい限りだった。やけに盛り上がっている。
 空が明るくなってきたのに気がつく。

「リュシールさん、セレスタをお願いします」
「もちろん。時間のある時にまた話そう」
「ええ」

 帰ろうとしたところでサーラが呼び止める。彼女は家に戻り、小さな木箱を持ってきた。

「セレスタ、これ持っていって」
「……? ありがとう」

 中には青い石のついたペンダントが入っていた。

「お祖父さんが若い頃に手に入れたものなんだって。少し魔力があるからお守りにって私が小さい頃にくれたの」

 サーラの頬には涙が伝っていた。セレスタは彼女をそっと抱き締める。

「……やめてよ、恥ずかしい」

 セレスタは何も言わない。彼女の肩に落ちた涙で気づかれてしまっただろうか。
 そこでリュシールが横から抱きついてくる。

「また会えるよ、絶対に」

 ふれあう少女たちから笑いがこぼれる。
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