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第1章
26話
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意識が朦朧としていた。地面で倒れ、リュシールとヴァルドーに介抱されたのは多少記憶に残っている。重い頭と痛む身体を奮い立たせ起きる。広い部屋と柔らかい布団に見覚えがあった。リュシールの部屋だ。
「……リュー?」
親を探す仔猫のように弱々しく呼んだ。寂しさを感じるより早く扉が開かれた。しかし、入ってきたのはリュシールではなかった。
「お目覚めですか。お体の具合はいかがです?」
エレッタが尋ねる。そう言う彼女の顔には疲労が見てとれた。テーブルに湯気の出たカップを置いた。
「はい、大分良くなりました。……リュシールは?」
「お嬢様はお休みです。セレスタ様が目を覚まされたら起こすように仰せ付かっておりますが……」
起こすのは気が引けると言いたいのだろう。カーテン越しにも分かるほど外が明るかった。従者として当然の躊躇いだ。
「まだ体調が悪いのでもう一度寝ます。エレッタさんも寝て下さい」
「お気遣い感謝致します」
丁寧に頭を下げる。
「それと、私に敬語はおやめ下さい。貴女様はパールバート家の一員も同然なのです」
それを無視するように紅茶の礼を述べて退出させた。
二度寝については、自分のことで余計な気を使わせたくないというのもあったが、疲れているというのも本当だった。目を閉じると何かを思案する暇もなく意識が薄れていった。
目を覚ますとカーテンが赤くなっていた。もうすぐ陽が落ちようとしているらしい。
「セリィ、おはよう。気分はどう?」
「大丈夫」
「じゃあ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
部屋を出ると、血と腐敗臭が入り交じった不快な臭いが鼻をつく。館全域にゾンビが徘徊していたことを思い出させる。
すぐ隣の部屋の扉を開けた。先ほどまでいた部屋に似ている。
「ここがセリィの部屋だよ」
「……え、ああ、ありがとう」
予想もしていなかったので、お礼を言うので精一杯だった。
「ここじゃ嫌だった?」
「いえ、ちょっと驚いただけ」
「好きなようにインテリアしていいよ。必要なものがあったら、わたしかエレッタに言ってね」
そう言って突如与えられた自分の部屋に取り残される。
同時刻、館の主の部屋にノック音があった。
「失礼致します」
「入れ」
「ヴァルドー様、彼女の事ですが……」
「分かっている。既にコウモリを送った」
「……どちらへ?」
「エールフロスだ」
「左様ですか……」
ディレイザの引き起こした事件は、裏切り者を処分したと言えば大した責め立てもなく済むだろう。しかし、セレスタの事に関してはそうはいかない。昨今では珍しい吸血鬼化。それ自体は禁忌ではないが、その人間が”光”の魔術師であったという点である。
人間の住む村に吸血鬼がいれば、その吸血鬼が人間を襲わず、友好的に接しようとしたとしても敵視されるのが普通だ。彼女の存在は少なからず危険視されることだろう。そして、彼女自身が相反するその力をコントロールできていないことも気になる。
「もしもの時は彼女たちを頼んだぞ」
「はい、この命を賭しても」
ヴァルドーが娘たちのことを最優先に動くことは当然理解していた。ならば彼女もそのように動くまでである。
エレッタは普段通りの無表情でヴァルドーの部屋を退出する。こちらに近づく気配を感じていたので、早めに話を切り上げたのだ。
「お嬢様……」
「やあ、エレッタ。部屋の手配ありがとう。セリィも喜んでたよ」
「光栄で御座います」
「お父様に用事だった?」
「ええ、ちょうど終わったところです」
「そっか、じゃあ入っても大丈夫かな」
リュシールも今後について話すつもりだったのであろう。万が一にも聞いてしまわないようにエレッタは自室へと戻ろうとする。
「あ……」
セレスタが空気の抜けるような声を出した。
「どうかなさいましたか? お嬢様でしたらヴァルドー様のお部屋ですが」
「紙とペンはありますか? 帝国に手紙を書きたいんですが」
「承知しました。部屋までお持ちします」
「それと、書庫のような場所ってありますか?」
「ご案内致します」
書庫は一階の奥の部屋にあった。ディミロフの部屋だったところの二つ隣だ。
「ゾンビによる被害がまだ残ったままですが……」
死体こそ残っていないが、腐敗臭が漂い、本が散乱していた。
「不快でしたら片付けてから再度声をおかけしますが」
「いえ、大丈夫です」
セレスタは自分の身体に何が起こったのかを少しでも調べておきたいと思った。
本を探していると、書庫の扉がノックされる。
「失礼致します。便箋と筆記具をお持ちしました」
「ありがとうございます」
礼を言いながら受け取りに行く。エレッタは少しきつい顔をしていた。
「承知の事とは思いますが、我々については決して触れないようにお願いします」
「分かってます」
笑顔で返すと、彼女はぎこちなく微笑んで書庫を出ていった。
セレスタは散らかった書籍を全て片付けて自室へ戻ることにした。
「……リュー?」
親を探す仔猫のように弱々しく呼んだ。寂しさを感じるより早く扉が開かれた。しかし、入ってきたのはリュシールではなかった。
「お目覚めですか。お体の具合はいかがです?」
エレッタが尋ねる。そう言う彼女の顔には疲労が見てとれた。テーブルに湯気の出たカップを置いた。
「はい、大分良くなりました。……リュシールは?」
「お嬢様はお休みです。セレスタ様が目を覚まされたら起こすように仰せ付かっておりますが……」
起こすのは気が引けると言いたいのだろう。カーテン越しにも分かるほど外が明るかった。従者として当然の躊躇いだ。
「まだ体調が悪いのでもう一度寝ます。エレッタさんも寝て下さい」
「お気遣い感謝致します」
丁寧に頭を下げる。
「それと、私に敬語はおやめ下さい。貴女様はパールバート家の一員も同然なのです」
それを無視するように紅茶の礼を述べて退出させた。
二度寝については、自分のことで余計な気を使わせたくないというのもあったが、疲れているというのも本当だった。目を閉じると何かを思案する暇もなく意識が薄れていった。
目を覚ますとカーテンが赤くなっていた。もうすぐ陽が落ちようとしているらしい。
「セリィ、おはよう。気分はどう?」
「大丈夫」
「じゃあ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
部屋を出ると、血と腐敗臭が入り交じった不快な臭いが鼻をつく。館全域にゾンビが徘徊していたことを思い出させる。
すぐ隣の部屋の扉を開けた。先ほどまでいた部屋に似ている。
「ここがセリィの部屋だよ」
「……え、ああ、ありがとう」
予想もしていなかったので、お礼を言うので精一杯だった。
「ここじゃ嫌だった?」
「いえ、ちょっと驚いただけ」
「好きなようにインテリアしていいよ。必要なものがあったら、わたしかエレッタに言ってね」
そう言って突如与えられた自分の部屋に取り残される。
同時刻、館の主の部屋にノック音があった。
「失礼致します」
「入れ」
「ヴァルドー様、彼女の事ですが……」
「分かっている。既にコウモリを送った」
「……どちらへ?」
「エールフロスだ」
「左様ですか……」
ディレイザの引き起こした事件は、裏切り者を処分したと言えば大した責め立てもなく済むだろう。しかし、セレスタの事に関してはそうはいかない。昨今では珍しい吸血鬼化。それ自体は禁忌ではないが、その人間が”光”の魔術師であったという点である。
人間の住む村に吸血鬼がいれば、その吸血鬼が人間を襲わず、友好的に接しようとしたとしても敵視されるのが普通だ。彼女の存在は少なからず危険視されることだろう。そして、彼女自身が相反するその力をコントロールできていないことも気になる。
「もしもの時は彼女たちを頼んだぞ」
「はい、この命を賭しても」
ヴァルドーが娘たちのことを最優先に動くことは当然理解していた。ならば彼女もそのように動くまでである。
エレッタは普段通りの無表情でヴァルドーの部屋を退出する。こちらに近づく気配を感じていたので、早めに話を切り上げたのだ。
「お嬢様……」
「やあ、エレッタ。部屋の手配ありがとう。セリィも喜んでたよ」
「光栄で御座います」
「お父様に用事だった?」
「ええ、ちょうど終わったところです」
「そっか、じゃあ入っても大丈夫かな」
リュシールも今後について話すつもりだったのであろう。万が一にも聞いてしまわないようにエレッタは自室へと戻ろうとする。
「あ……」
セレスタが空気の抜けるような声を出した。
「どうかなさいましたか? お嬢様でしたらヴァルドー様のお部屋ですが」
「紙とペンはありますか? 帝国に手紙を書きたいんですが」
「承知しました。部屋までお持ちします」
「それと、書庫のような場所ってありますか?」
「ご案内致します」
書庫は一階の奥の部屋にあった。ディミロフの部屋だったところの二つ隣だ。
「ゾンビによる被害がまだ残ったままですが……」
死体こそ残っていないが、腐敗臭が漂い、本が散乱していた。
「不快でしたら片付けてから再度声をおかけしますが」
「いえ、大丈夫です」
セレスタは自分の身体に何が起こったのかを少しでも調べておきたいと思った。
本を探していると、書庫の扉がノックされる。
「失礼致します。便箋と筆記具をお持ちしました」
「ありがとうございます」
礼を言いながら受け取りに行く。エレッタは少しきつい顔をしていた。
「承知の事とは思いますが、我々については決して触れないようにお願いします」
「分かってます」
笑顔で返すと、彼女はぎこちなく微笑んで書庫を出ていった。
セレスタは散らかった書籍を全て片付けて自室へ戻ることにした。
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