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第1章
21話
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リュシールは目の前に化物がいることを忘れて、セレスタの傍らにしゃがみこむ。
「セリィ!」
左腹部が巨大なスプーンで掬ったかのように抉れている。多量の血がこぼれていく。口元から僅かに呼吸は感じられたが、このままではそう長くはないだろう。
「素晴らしい攻撃だ。戻ってこい、ネクロゲイザー」
ディミロフが命令するが、ネクロゲイザーはその場に立ちっぱなしで指一本動かさなかった。
「俺の命令が聞こえないのか!」
ネクロゲイザーは体を回す。少し顔を下に傾け、リュシールとセレスタを見るような素振りをした。
「……ふん、まあいい。そのまま始末しろ」
リュシールの脳内には二つの選択肢があった。セレスタを抱えて逃げるか、このまま死ぬかだ。
ネクロゲイザーはボールでも投げるかのように乱雑に片手を振り上げた。
リュシールは仰向けのセレスタに覆い被さるように抱きつく。そのまま目を閉じた。
ネクロゲイザーが無造作に上げた手を振り下ろそうとしている。
「……何故諦めようとする? 今の選択は覚悟ではない、放棄だ」
その声に引っ張られるかのように顔を上げる。ヴァルドーがネクロゲイザーの腕を掴んでいた。
「館の中に連れていけ。まだ間に合う」
リュシールは変事もせず、セレスタを担いで館へ向かう。
「貴族級以上のヴァンパイア三人にあの数では時間稼ぎにもならないか。だが、敵はネクロゲイザーだけではないぞ」
大小様々な魔物が木々の間から現れた。
「魔物まで手なずけていたとは……」
「と言っても、ディミロフを斬れば終わりだろう?」
エレッタとジュラルドが館から出てくる。それぞれゾンビを倒しながら、エレッタは魔物の方へ、ジュラルドはディミロフへと向かった。
「ネクロゲイザー、こちらへ戻れ!」
今度はディミロフの方へと行こうとしたが、ヴァルドーがそれをさせなかった。
ネクロゲイザーの腕とヴァルドーの剣が何度かぶつかり合う。
「貴様もディミロフもここで仕留める。それで終わりだ」
「…………そ……なか……ん単……にい…………か」
「死体の塊ごときが私に口を利くか」
ヴァルドーがさらに力を入れて剣を振ると、ネクロゲイザーの右腕が吹き飛び暗闇に消えた。
屍の王は吸血鬼の王と距離を取り、左腕で近くのゾンビと化した魔物に触れた。魔物のゾンビは折り畳まれるようにネクロゲイザーに吸収される。
「無駄だ。そいつは兵のある限り消えはしない!」
「よう、余所見してる場合かよ」
ジュラルドがゾンビの壁を切り崩してディミロフへ剣を振るう。
「見なくてもお前に俺は斬れんからな」
そう言ったディミロフの首と胴が離れる。高い再生能力を持つ吸血鬼といえど、首を跳ねられれば生きてはいられない。しかし、落ちた首はただのゾンビのそれだった。
「なんだと……?」
腑に落ちないといった表情を浮かべるジュラルドに、少し離れた場所でネクロゲイザーと戦っているヴァルドーが声をかけた。
「ジュラルド、替われ」
「俺じゃあ勝てないような言い方だな」
「そんなつもりはない。それに、お前はあっちの方が好きだろう?」
「ふん、まあな」
二人は慎重かつ迅速に立ち位置を入れ替える。その間、ネクロゲイザーは棒立ちしていた。ディミロフが手を地面に置いて何か呟くと、ゾンビがまた立ち上がる。
「まだだ! 行け、兵士ども!」
ディミロフが大声でそう言うと、ネクロゲイザーは高速で動きながら人型のゾンビを吸収していく。すると一回りほど大きくなった。
動き回るネクロゲイザーにしびれを切らしたジュラルドが斬りかかる。しかし、紙一重で全て回避された。
「こいつ、さっきより速くなってるのか……」
「セリィ!」
左腹部が巨大なスプーンで掬ったかのように抉れている。多量の血がこぼれていく。口元から僅かに呼吸は感じられたが、このままではそう長くはないだろう。
「素晴らしい攻撃だ。戻ってこい、ネクロゲイザー」
ディミロフが命令するが、ネクロゲイザーはその場に立ちっぱなしで指一本動かさなかった。
「俺の命令が聞こえないのか!」
ネクロゲイザーは体を回す。少し顔を下に傾け、リュシールとセレスタを見るような素振りをした。
「……ふん、まあいい。そのまま始末しろ」
リュシールの脳内には二つの選択肢があった。セレスタを抱えて逃げるか、このまま死ぬかだ。
ネクロゲイザーはボールでも投げるかのように乱雑に片手を振り上げた。
リュシールは仰向けのセレスタに覆い被さるように抱きつく。そのまま目を閉じた。
ネクロゲイザーが無造作に上げた手を振り下ろそうとしている。
「……何故諦めようとする? 今の選択は覚悟ではない、放棄だ」
その声に引っ張られるかのように顔を上げる。ヴァルドーがネクロゲイザーの腕を掴んでいた。
「館の中に連れていけ。まだ間に合う」
リュシールは変事もせず、セレスタを担いで館へ向かう。
「貴族級以上のヴァンパイア三人にあの数では時間稼ぎにもならないか。だが、敵はネクロゲイザーだけではないぞ」
大小様々な魔物が木々の間から現れた。
「魔物まで手なずけていたとは……」
「と言っても、ディミロフを斬れば終わりだろう?」
エレッタとジュラルドが館から出てくる。それぞれゾンビを倒しながら、エレッタは魔物の方へ、ジュラルドはディミロフへと向かった。
「ネクロゲイザー、こちらへ戻れ!」
今度はディミロフの方へと行こうとしたが、ヴァルドーがそれをさせなかった。
ネクロゲイザーの腕とヴァルドーの剣が何度かぶつかり合う。
「貴様もディミロフもここで仕留める。それで終わりだ」
「…………そ……なか……ん単……にい…………か」
「死体の塊ごときが私に口を利くか」
ヴァルドーがさらに力を入れて剣を振ると、ネクロゲイザーの右腕が吹き飛び暗闇に消えた。
屍の王は吸血鬼の王と距離を取り、左腕で近くのゾンビと化した魔物に触れた。魔物のゾンビは折り畳まれるようにネクロゲイザーに吸収される。
「無駄だ。そいつは兵のある限り消えはしない!」
「よう、余所見してる場合かよ」
ジュラルドがゾンビの壁を切り崩してディミロフへ剣を振るう。
「見なくてもお前に俺は斬れんからな」
そう言ったディミロフの首と胴が離れる。高い再生能力を持つ吸血鬼といえど、首を跳ねられれば生きてはいられない。しかし、落ちた首はただのゾンビのそれだった。
「なんだと……?」
腑に落ちないといった表情を浮かべるジュラルドに、少し離れた場所でネクロゲイザーと戦っているヴァルドーが声をかけた。
「ジュラルド、替われ」
「俺じゃあ勝てないような言い方だな」
「そんなつもりはない。それに、お前はあっちの方が好きだろう?」
「ふん、まあな」
二人は慎重かつ迅速に立ち位置を入れ替える。その間、ネクロゲイザーは棒立ちしていた。ディミロフが手を地面に置いて何か呟くと、ゾンビがまた立ち上がる。
「まだだ! 行け、兵士ども!」
ディミロフが大声でそう言うと、ネクロゲイザーは高速で動きながら人型のゾンビを吸収していく。すると一回りほど大きくなった。
動き回るネクロゲイザーにしびれを切らしたジュラルドが斬りかかる。しかし、紙一重で全て回避された。
「こいつ、さっきより速くなってるのか……」
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