ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第1章

20話

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 広間の扉が開き、リュシールが姿を見せた。この部屋を出ていく前より晴れやかな表情だった。

「ただいま、セリィ」
「おかえり、リュー。お父様との話し合いはどうだった?」
「全部話せたよ」
「そう、良かった」
「セリィにも後で聞いてほしい。とりあえず今はゾンビを止めないと」
「そうね」

 と言って立ち上がった。右半身も違和感なく動く。
 扉が開く少し前から立ち上がっていたエレッタが心配そうに口を開く。

「お嬢様……」
「わたしは大丈夫。お父様のそばにいて」

 「はい」と俯きながら返事をした。

 一階のディミロフの部屋へと向かう途中、獣の唸るような声が聞こえてきた。その音の方を覗くと腐敗した人型の何かが無数にいた。

「あれがゾンビ……?」
「道を埋めつくしてるわ」

 外で大きな物音がした。それまであてもなく徘徊していたゾンビたちが飼い主の笛に反応する犬のようにある一定の方向へ体を向けた。館の外へと出ようとしているのだ。
 森へ出た二人はゾンビが何かを取り巻くように輪になっているのを見つけた。その輪から少し離れたところに腕を組んで立っている男がいた。

「ディミロフだ!」

 ゾンビに囲まれているのはラシェルとフェルツだった。フェルツはラシェルに抱かれている。気絶しているようだった。
 ディミロフは向かってきた二人に気づく。

「姫と"光"の魔術師か……。だが、誰が来ようと無駄だ!」

 セレスタはディミロフに向けて炎の魔術を放つ。リュシールはそれと同時に飛び出す。しかし、二人の攻撃はいつの間にか現れたゾンビが重なって壁になり防がれてしまった。だが、それで十分だ。

「ああ、そっちが目的か」

 ディミロフの言葉には悔しそうな気持ちは微塵も無かった。
 隙を見つけたラシェルが輪の外へと脱出し、二人の方へと近寄る。

「姫様、あれどうするの?」
「全部倒す」
「無茶だよ。あいつら無尽蔵に湧いてくる。ほら、後ろからも来てる」
「ラシェルはフェルツを安全なとこに置いてきて。ここは二人で何とかする」

 リュシールの言葉を聞き終わる前に、ラシェルは森の方へと飛び出す。
 四方八方をゾンビが囲んでいる。先程の様子だと、大きく跳んでディミロフを狙うのも難しいだろう。

「長期戦になりそうね……」

 セレスタは魔術式を構築しながら言った。リュシールは無言で頷く。
 ゾンビはジリジリと詰め寄ってくる。二人はお互いに背を預けて臨戦態勢をとる。

「ちょっと嬉しいな」
「何が?」
「セリィと背中合わせ」
「こんな状況でバカじゃないの。……でも不思議ね、最初に会ったときは一緒に戦えるとは思わなかったわ」

 リュシールは小さく笑いながら腰の剣を抜く。

光の咆哮ソル・ランザート!」

 セレスタが大魔術を放つ。それで前方のゾンビが大方消える。リュシールはセレスタを守るように全方向のゾンビを順に斬り倒していく。
 数分ほど経ったところでゾンビが動きを止める。

「素晴らしい。これが吸血鬼の王ヴァンパイア・ロードの血を継ぐ者と勇者の素質を持つものの力か。雑兵では相手になるわけがない」

 ディミロフは自分の方へと大量のゾンビを呼び寄せた。死体の群れに手をかざして叫ぶ。

「死者どもよ! 集い、折り重なり、強大な戦士となるがいい!」

 ゾンビが彼の前に集まっていく。何かに吸収されるように一つの塊となる。やがて、手のひらサイズの球体となった。様々な絵の具を混ぜ続けたような禍々しい色をしている。

「な、何が起きたの?」
「分からない。けど、気を引き締めた方が良さそうね」

 不安げな二人にディミロフは楽しそうに叫ぶ。

「俺の研究の最高傑作誕生の瞬間を見せてやる! しかと目に焼き付けるがいい!」

 球体が黒いもやに包まれる。闇からうっすらと見える影が、揺らぎながらも人の形をしていくのが分かった。やがてもやが消えると人型のシルエットが現れた。全身が球体と同じ色をしていた。身長は二メートルくらいで、背中からは木の枝のような細い翼のようなものが生えている。顔面には赤、緑、青、黄の四つの眼が配置されているが、口や鼻のようなものは無い。
 セレスタは全身に冷たい風を浴びたような鳥肌を感じた。

「何なの……これ? 怖い」
「当たり前だ。"死"とは根源的な恐怖。"死"を集めた存在であるこいつは、全ての生物にとっての恐怖そのもの」
「死体を凝縮したってことかい?」
「その通りだよ、姫様」
「……セリィ、今冷静?」
「そのつもりよ」
「勝てると思う?」
「勝たなきゃいけないのよ」

 魔物や吸血鬼のような闇の住人や、それまでのゾンビの群れとも違った雰囲気が漂っていた。一人だったなら手が震え、足が竦み動けなかっただろう。隣にいる彼女の肩が当たる。それだけで体が少し軽くなった気がした。

「……行くよ!」
「ええ!」
「お別れは済んだか? 行け、不死の王ネクロゲイザー!」

 セレスタが両手を前に出すと同時にリュシールは真っ直ぐに化け物の方へと飛び掛かる。

「……!」

 ネクロゲイザーは二人の後ろにいた。ワンテンポ遅れて、リュシールが振り返る。その瞬間、セレスタが倒れていくのが目に映った。
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