ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

文字の大きさ
上 下
19 / 76
第1章

19話

しおりを挟む
 フェルツとラシェルは一階にあるディミロフの部屋に向かった。扉を一蹴りで壊すとその物音だけが室内に響き渡る。中にはだれもいなかった。

「誰もいないぞ!」
「見れば分かるよ。君はそっちの本棚を」

 扉から見て、正面に机、両側の壁に沿うように本棚。室内にはこれだけしか無かった。ラシェルはフェルツに左側の本棚を調べるように指示する。

「罠があるかもしれないから気をつけてね」
「ああ、分かってるよ」

 ガコンと大きな音がした。二人が周囲を見渡すと、机の奥の床に人一人分くらいの穴が現れた。

「見るからに怪しいな」
「罠の可能性もあるしボクが先に入るよ。少し様子を見たら声かける。君は部屋をもうちょっと探ってて」
「おう、頼んだ」

 ラシェルは備え付けられた階段を使って穴を降りた。結構な深さがあり、真っ暗だ。一本道を進んでいると、奥から獣が唸るような声が聞こえてきた。一旦引き返してフェルツを連れていくことにした。

「早いな、もう戻ったか」
「多分ここが正解」
「じゃあ行くか」
「常に魔術は使えるようにしといて」
「今更言うなよ」

 二人が穴に入ると床が閉じられた。簡単に壊せそうな代物だったので、あまり気にしなかった。
 先程の獣が唸るような声がまた聞こえる。フェルツは手から放った魔術の光を奥へ伸ばす。

「あれがゾンビか?」
「多分ね、ここでも腐った臭いがするよ」
炎の壁エル・バーツ!」

 二人の前方に炎が燃え盛る。それに触れたゾンビは無慈悲に焼かれていく。しかし、後ろのゾンビはものともせずに進行してくる。

「それで防げる?」
「ハナから足止めのつもりだ」
「何か策でもあるの?」
「いや、普通の人間以下だ。真っ直ぐ突っ切る!」
「……分かったよ」

 フェルツは魔術で炎の剣を創りだす。狭い通路でも十分振り回せるようにナイフサイズに調整している。
 森の葉をかき分けるかようにゾンビを斬り倒しながら、一本道を進んでいく。

「見ろよ、ゾンビが立ち止まって壁みたいになってる」
「罠かもしれないよ」
「もう引っ掛かったようなもんだろ!」

 と言いながらゾンビに斬りかかった。
 その壁の先には怪しい部屋が待ち構えていた。人間や獣の体がバラバラに散乱し、隅には人間のような何かが入ったガラスケース、そして漂う腐敗臭が脳を揺さぶるようだ。
 その中心に木製の簡素な椅子があり、男が一人足を組んで座っていた。

「よく来たな、ラシェル。それと魔術師。俺の研究を奪いに来たんだろう?」
「やあ、ディミロフ。そんなつもりは無かったけど、お言葉に甘えて貰っていこうかな」

 その一言と同時にラシェルが消える。瞬きのような速さでディミロフの背後に移動し手刀で首を狙う。

「そんなもんで命も研究もやれるか」

 床に散乱したバラバラの死体が集まり、盾となるようにディミロフの背後に現れる。手刀は死体の塊を貫くが僅かに首までは届かなかった。
 ラシェルはフェルツの横に戻る。

「お前らはここにたどり着いたのではない、俺が入れてやったんだ」
「フェルツ、君はここから出て……」
「もう遅い!!」

 背後の通路に倒れていたゾンビが立ち上がる。
 振り返ることもせず、ラシェルはフェルツの肩を抱き寄せる。空いている右手で自らの腹を貫く。すると、二人の姿はその場から消えた。

「今、何をしたんだ?」
「ボクの固有能力を使ったんだよ」
「……?」

 理解が追いついていないフェルツを抱えて強く地面を蹴る。天井をすり抜けて一階に出た。

「出血している間『存在を消せる』能力さ。出血量に比例するように存在の濃度を薄められる」
「存在を……薄める?」
「文字通りだよ。強めていけば見えないし、聴こえない、匂いも気配も無くなる。ボクに触れているものにも効果を及ぼせる。生物には初めてだったけど上手くいって良かった」
「なんだそりゃ、最強じゃねえか」
「出血量と攻撃の際は存在を出さなきゃいけないのがリスクでね。あんまり使いたくないんだ」

 ラシェルはフェルツの腕を捲って筋肉質な腕に噛みつく。生き生きとした肌から血が滴る。

「おい、直接は……」

 それ以上声が出ない。酔ったように顔が紅潮し、意識が朦朧としてくる。

「ごめんね。今君の血を貰わないとボクらはここで死ぬ」
「……ちゃんと逃げてくれよ」
「分かってるよ。君の血は極上だからね。死体にはさせない」

 眠ったフェルツに優しくささやいた。
 獣のようなうなり声と腐敗臭が漂ってくる。ゾンビが一階にも上がってきたのだろう。
 存在を消していくつもの壁をすり抜ける。館から森に出た。腹部の血が止まっていき、存在が戻っていく。

「さて、どうしようか……」

 目の前にはディミロフとゾンビが待ち構えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...