ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第1章

18話

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 ある夜、ヴァルドーは父ヴェザンに呼び出された。内容は既に知っている。
 吸血鬼の正装である黒いマントと白い手袋を着用して

「ヴァルドー、お前の縁談のことだが……っ!?」

 ヴァルドーは真っ直ぐに跳び、ヴェザンの首に手刀添える。

「動くな!」

 その一喝で周囲の部下たちは動けなくなる。

「何のつもりだ?」
「父上、貴方は終わりです」

 そこで、城のものではない吸血鬼十数名が現れる。

「ヴェザン卿に禁術研究及び戦争画策の疑いあり! 直ちに他の王による査問を行わせていただく」
「……馬鹿な!」
「その必要はない」

 ヴァルドーは父親の首を刎ねる。その首を掲げながら叫んだ。

「この男は吸血鬼の秩序と誇りを汚す行いをした! その愚行は次期王であるヴァルドーが直々に裁いた!」

 その場の誰もが新たな王に視線を注いだ。それを確認するように顔を斜め下に向けて続ける。

「私は責任を取り、領地を手放す。以後のことはデュザーム王へ頼んである」

 デュザームと事前に通じ、ヴェザン殺害を計画していた。ヴァルドーは領地の大半を明け渡す代わりに全てを黙認してほしいと願い出た。デュザームはその計画に前向きでなかったが、次期王である子息が口を添えてくれたそうだ。
 ヴァルドーは玉座を後にした。その間、時間が止まったように誰も一言も発さなかった。剣を収めたジュラルドだけが王の後ろを付いていく。



 リューナとエレッタは事前に用意されていた館に先に向かっていた。

「リューナさん、吸血鬼と関わるということはこういうことです。この先も決して平和に暮らせるとは限りません」
「ありがとう、優しいんですね。ヴァルドー様が信頼しているのもうなずけます。でも、私は大丈夫です。彼を信じていますから」

 眩しい笑顔がエレッタには妬ましかった。敬愛する主の愛する人であると同時に、たぶらかし危険な道を進ませた原因でもある。
 身重の人間には厳しい距離だ。舗装されていない場所なら尚更である。

「少し休みましょう」

 リューナはこれにも大丈夫だと答えた。エレッタは仕方がなく自分が休みたいと言って休憩した。
 館のある森に差し掛かる手前のところで座っていると、ヴァルドーとジュラルドが追いついた。

「こちらは上手くいった。二人とも無事か?」
「先程からリューナさんに疲労が見られるのでここで休憩しておりました」

 リューナの耳に入らないように報告した。すると、ヴァルドーはリューナにそっと近づき彼女の目の前に手をかざす。するとリューナは糸が切れたように眠りに落ちた。ヴァルドーはそんな彼女を優しく抱きかかえる。



「そして、我々はここに辿り着いた」
「それと今回のことに何の関係があるんですか?」

 その問いにヴァルドーは背中を見せた。

「お前とリューナを会わせてやりたかった。それだけだ……」

 リューナはリュシールを産んだ際に亡くなった。長旅と出産の疲労によるものだ。

「いや、それすらも詭弁だな。彼女が生き返りたいとも、お前が会いたいと言ったわけでもない。私の傲慢だ」

 リュシールは、自分は何も知らなかったのだと思った。どうしてここで暮らしているのかということも、吸血鬼と人間の混血であることも、母親のことさえも……。

「この事は研究しているディミロフさえも知らない。奴は力と権力のための計画だと思っている。そして私は利用されたのだ」
「それが分かっていながら、何故計画を中断しないのです?」
「もう遅い。死者を動かすこと自体は既に完成してしまった」

 なんということだろう。ヴァルドーの目的である"死者を復活"させることは未完成だが、"不死の軍隊"は実現してしまったのだ。

「ディミロフは研究の完成後に、始末されることを恐れて保険をかけたと言っていた。それが何かは分からんが、簡単に止めることは難しいだろう……」
「それでもわたしは止めてみせます!」
「そうか……」

 リュシールが部屋から出ようとした時、ヴァルドーが呼び止めた。

「先程までともにしていた魔術師はお前の何だ? 小瓶を渡していたようだが」
「今までわたしにもよく分かりませんでしたが、おそらくお父様にとってのお母様のような存在だと思います」
「……そうか。ならばこれを持っていけ」

 ヴァルドーはリュシールに小瓶を手渡した。先程、リュシールがセレスタに渡したものと同じくらいの大きさで、こちらも赤い液体が入っている。

「こちらの方が効果があるだろう」
「ありがとうございます」

 それを受けとると、部屋から走るように出ていった。



 ヴァルドーは一人きりになった部屋で呟く。

「リューナ、私とリュシールの百年を君はどう思う。不甲斐ない父親だと怒るか? 娘を立派に育てたと微笑んでくれるか?」
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