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第1章
16話
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「どういうこと?」と聞こうとしたとき、セレスタの右手に違和感があった。感覚が麻痺したようだ。
「もう気づかれましたか、流石ですね」
「毒を……」
「"仕込み”をさせて貰いました。お仲間が来られた時に少々不利ですので。毒では御座いませんので、紅茶は引き続きお召し上がり下さい」
そう言われてもこれ以上飲む気は起きなかった。
吸血鬼の血には固有の能力があることは聞いていた。恐らくそれだろうが、全く想像がつかない。空気中に舞っているということは考えづらい。右手にのみ作用しているということは……
「……椅子とカップ」
「そこまで理解しますか。もう同じ手は使えませんね。加えて、慌てた素振りをしながらこのようなものを張っているとは……」
エレッタの両足首には薄く光る糸が巻き付いていた。
その糸は部屋に入ったときから薄く伸ばしていた。部屋全体に張ることは出来ず、椅子とその周辺のみとなったが役には立ったようだ。
薄く漏れる魔力は森に入る前に左手に溜めた大技の魔力でカモフラージュした。
「お互いに枷がはめられたようですね」
両足に対して片手だけが封じられたという構図は一見有利に見えるがそのようなことは無かった。
帝国の魔術師は、主に指で術式を書いて魔術を発動する。口述による詠唱という方法もあるが、効率的ではないとして使用するものはほとんどいない。足で術式を書くこともできるが手よりは遅い。何より、口や足では隠すことが難しいのである。
「……ジュラルドが敗れたようです。ラシェルたちはまだ動いているようですが」
セレスタの脳裏に助けが来るかもしれないという気持ちがよぎった。しかし、仲間がここにたどり着いても自分は殺されるだろう。目の前の吸血鬼が多数を相手にするリスクを取るとは思えない。
「私は戦闘は不得手でして、ジュラルドを倒すようなものが来たら、とても勝ち目はありません」
エレッタは他所の様子だけでなく自分の弱味まで話した。敵対するものが言っても、揺さぶりとしか受け取られないであろうがそれでも話した。時間を稼ぐことが主から与えられた任務だからである。
大広間で向かい合う魔術師と吸血鬼は膠着状態にあった。
「お嬢様が貴女に惹かれたのもまた運命なのでしょう」
「……?」
「恐らく、それに関する会話も現在されているはずです。後でお嬢様から聞いて下さい」
遠くから何かが壊れるような音がした。
「下の階からですね」
「下で何が?」
「それを我々が知る必要はありませんし、知ったところで何も出来ませんよ」
カップを持ちあげながらトーンを変えず言った。エレッタの言葉は冷たいようだが正論だとセレスタにも分かっていた。下手に動こうとすればお互い無事では済まない。ここで敵に増援を送らないように留めておくことが今出来る最善だ。
すると、先程リュシールとヴァルドーが出ていった扉の方からも大きな音がした。
「……ヴァルドー様」
エレッタはそちらを見ながら小さく呟く。カップを持った手は震え、寂しそうな表情を浮かべている。
セレスタはヴァルドーという男を何も知らなかった。計画や大義のためであれば、娘に対しても手をあげるような男なのだろうか。エレッタの表情も何を案じているのかも分からなかった。
「勘違いされているかもしれませんが、お嬢様は無事ですよ」
「なんでそう言い切れるの?」
「ヴァルドー様は決してお嬢様に手をあげるようなことはなさりません」
彼女の口ぶりは嘘や盲目的な崇拝によるものではない。ヴァルドーの傍らで百年という時間を過ごした故の信頼を感じさせた。
セレスタは右半身の感覚が戻ってきていることに気がついた。そして、仕掛けた糸の持続時間が終わりそうなことにも。
「そろそろ時間のようね」
「貴女と戦わず済んだこと、嬉しく思います」
「次は分からないけど」
この部屋に走るような足音と気配が近づいてくる。
「もう気づかれましたか、流石ですね」
「毒を……」
「"仕込み”をさせて貰いました。お仲間が来られた時に少々不利ですので。毒では御座いませんので、紅茶は引き続きお召し上がり下さい」
そう言われてもこれ以上飲む気は起きなかった。
吸血鬼の血には固有の能力があることは聞いていた。恐らくそれだろうが、全く想像がつかない。空気中に舞っているということは考えづらい。右手にのみ作用しているということは……
「……椅子とカップ」
「そこまで理解しますか。もう同じ手は使えませんね。加えて、慌てた素振りをしながらこのようなものを張っているとは……」
エレッタの両足首には薄く光る糸が巻き付いていた。
その糸は部屋に入ったときから薄く伸ばしていた。部屋全体に張ることは出来ず、椅子とその周辺のみとなったが役には立ったようだ。
薄く漏れる魔力は森に入る前に左手に溜めた大技の魔力でカモフラージュした。
「お互いに枷がはめられたようですね」
両足に対して片手だけが封じられたという構図は一見有利に見えるがそのようなことは無かった。
帝国の魔術師は、主に指で術式を書いて魔術を発動する。口述による詠唱という方法もあるが、効率的ではないとして使用するものはほとんどいない。足で術式を書くこともできるが手よりは遅い。何より、口や足では隠すことが難しいのである。
「……ジュラルドが敗れたようです。ラシェルたちはまだ動いているようですが」
セレスタの脳裏に助けが来るかもしれないという気持ちがよぎった。しかし、仲間がここにたどり着いても自分は殺されるだろう。目の前の吸血鬼が多数を相手にするリスクを取るとは思えない。
「私は戦闘は不得手でして、ジュラルドを倒すようなものが来たら、とても勝ち目はありません」
エレッタは他所の様子だけでなく自分の弱味まで話した。敵対するものが言っても、揺さぶりとしか受け取られないであろうがそれでも話した。時間を稼ぐことが主から与えられた任務だからである。
大広間で向かい合う魔術師と吸血鬼は膠着状態にあった。
「お嬢様が貴女に惹かれたのもまた運命なのでしょう」
「……?」
「恐らく、それに関する会話も現在されているはずです。後でお嬢様から聞いて下さい」
遠くから何かが壊れるような音がした。
「下の階からですね」
「下で何が?」
「それを我々が知る必要はありませんし、知ったところで何も出来ませんよ」
カップを持ちあげながらトーンを変えず言った。エレッタの言葉は冷たいようだが正論だとセレスタにも分かっていた。下手に動こうとすればお互い無事では済まない。ここで敵に増援を送らないように留めておくことが今出来る最善だ。
すると、先程リュシールとヴァルドーが出ていった扉の方からも大きな音がした。
「……ヴァルドー様」
エレッタはそちらを見ながら小さく呟く。カップを持った手は震え、寂しそうな表情を浮かべている。
セレスタはヴァルドーという男を何も知らなかった。計画や大義のためであれば、娘に対しても手をあげるような男なのだろうか。エレッタの表情も何を案じているのかも分からなかった。
「勘違いされているかもしれませんが、お嬢様は無事ですよ」
「なんでそう言い切れるの?」
「ヴァルドー様は決してお嬢様に手をあげるようなことはなさりません」
彼女の口ぶりは嘘や盲目的な崇拝によるものではない。ヴァルドーの傍らで百年という時間を過ごした故の信頼を感じさせた。
セレスタは右半身の感覚が戻ってきていることに気がついた。そして、仕掛けた糸の持続時間が終わりそうなことにも。
「そろそろ時間のようね」
「貴女と戦わず済んだこと、嬉しく思います」
「次は分からないけど」
この部屋に走るような足音と気配が近づいてくる。
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