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第1章
15話
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「ここだ」
ジュラルドはただただ広い部屋に黒衣の剣士ヘリオットを案内した。正方形でその四隅付近に柱があり、家具や置物の類いは何もなく、向こうの壁は剣くらいの太さに見えた。
「地の利も障害物も無い部屋か……」
「強者との闘いはその純粋な戦闘力で決着をつけるべきだ。そこには何物にも邪魔されてはいけない。違うか?」
「吸血鬼も"騎士道"なんて言葉を使うのか?」
「俺くらいだがな」
ジュラルドは微笑を浮かべる。
ヘリオットは剣を抜く。サイズは両手剣のそれだが片手で構える。
ジュラルドも先程から持て余していた血の剣を持ち直すが構えは取らなかった。
「どこからでも斬りかかって来い」
「……大した自信だ」
黒い霧のようなものがヘリオットを取り囲むように現れる。瞬間、霧を残してヘリオットが消える。
ジュラルドは剣を自身の右側に振るう。刃物がぶつかる音が部屋中に響き渡る。彼が剣を向けた方には黒い霧が浮くだけだった。
「そうだ! 最初から全開で来い!」
返事はなく、斬撃が振るわれる。銀の剣と赤の剣がぶつかる。
ヘリオットは努めて冷静だった。ジュラルドは高揚を隠さなかった。
「教えてやろう! 吸血鬼にはそれぞれ血を基点とした固有能力があるが、俺に出来るのは剣を創り出すことだけだ」
ジュラルドの前方に黒い霧が集まる。
「……そんな戯言を信じると思うか?」
「それでいい! 敵の言葉など気にせず叩き切れば終わりだ!」
ジュラルドは高らかに笑う。
ヘリオットはまたも姿を消し背中へと斬りかかるが、体ごと剣を回して受けきられる。
「(膂力と反射神経は吸血鬼の方が上か……)」
「"霧になって消える"能力だと思っていたが、違うようだな」
その言葉に反応したように部屋中が黒い霧に覆われる。
「こんなところで負ける訳にはいかないからな。これで決めさせて貰う……」
その言葉は部屋中に反響した。
ジュラルドは目を閉じる。視界が使い物にならないと判断し、他の感覚に気を集中させる。
金属が落ちたときの高い音が、一定の間隔で部屋に響き渡る。剣を床か壁にぶつけているのだろう。
「目と耳を奪ったつもりか?」
そう言い放った瞬間、ジュラルドの左肩に深い切り傷が出来る。
「……ほう」
「腕ごと落とすつもりだったんだがな……」
銀の剣が多方面から連続して斬りかかってくる。ジュラルドは刃が当たる瞬間に体を動かして致命傷を避けていた。
次第に傷が浅くなっている。ヘリオットはそれに気が付くと姿を見せた。
「その黒い霧、気配を消すだけのようだな」
「……ああ」
能力を暴かれたことに警戒しているように返事をするが、それは嘘だった。
厳密には黒い霧の能力は"空気を乱す"ものである。対象との間に空気を介する光、音、風、すなわち視覚、聴覚、嗅覚を無力化している。しかし、触覚と味覚には影響が薄い。そのため、剣が当たった瞬間に避けられていたのだ。
霧の効果と吸血鬼と渡り合えるスピードが現れては消えるように見せていただけなのである。
ジュラルドは霧の中へ突っ込む。
一見悪手と思われるその行動は、ヘリオットには都合が悪かった。霧を操り先程と同様に攻められないことはないが、これだけの霧を張り続け、操作し、自身も動くには相当の体力を使う。僅かでも気を抜けばたちまち敗れるだろう。
早く決着をつけたいと思ってしまった。焦るように突きを繰り出す。
「どうやら、霧に触れていた方が気配が分かるようだ」
銀の剣は吸血鬼に掴まれた。赤い剣で袈裟切りにされるが、咄嗟に剣を放して後ろに跳ぶことで深手にはならなかった。
「芸はこれで終わりか?」
ジュラルドは持っていた剣を投げた。拾えということだろう。
「終わりにしてほしいか?」
剣を拾い、もう一方の手で払うような動作をする。部屋を覆う霧が全て消えた。
ヘリオットは剣を構え、真っ直ぐに斬りかかる。いとも容易く受けきられると大きく下がった。ジュラルドを中心に円を描くように回りながら時折先程の動作を行う。
ジュラルドはこちらの苛立ちを誘おうとしていると読んで、その場から動かなかった。この方が体力も温存できる。しかし、次第に周囲を駆け回る速度が上がっていることに気が付いた。刹那、気配を失った。
黒衣の剣士は左斜め前方から向かってくる。その体には黒い霧がまとわりついていた。吸血鬼の剣士は即座にそちらに向き直り迎え撃とうとする。が、遅い。
吸血鬼の剣士の右腕の肘から先が宙を舞う。右肩から腹まで深い切り傷を負っていた。
「俺の負けだ……。好きにするといい」
ジュラルドはその場に座り込み、頭を右に傾けて、首の左側を指で軽く数回叩く。首を飛ばせということだ。
「……今日は俺の勝ちだ。俺は殺すつもりで斬った。貴様は死ななかった、それだけだ」
ヘリオットはそれだけ言うと広い部屋を後にしようとする。
ジュラルドは左腕を拾いながら、彼の背中を見つめて高らかに笑いだす。
「次は俺が勝つ! それまで生きていろ!」
敗北者の叫びが部屋中に響き渡った。しかし、その言葉には悔いも、恨みも、悪意も感じられなかった。
ジュラルドはただただ広い部屋に黒衣の剣士ヘリオットを案内した。正方形でその四隅付近に柱があり、家具や置物の類いは何もなく、向こうの壁は剣くらいの太さに見えた。
「地の利も障害物も無い部屋か……」
「強者との闘いはその純粋な戦闘力で決着をつけるべきだ。そこには何物にも邪魔されてはいけない。違うか?」
「吸血鬼も"騎士道"なんて言葉を使うのか?」
「俺くらいだがな」
ジュラルドは微笑を浮かべる。
ヘリオットは剣を抜く。サイズは両手剣のそれだが片手で構える。
ジュラルドも先程から持て余していた血の剣を持ち直すが構えは取らなかった。
「どこからでも斬りかかって来い」
「……大した自信だ」
黒い霧のようなものがヘリオットを取り囲むように現れる。瞬間、霧を残してヘリオットが消える。
ジュラルドは剣を自身の右側に振るう。刃物がぶつかる音が部屋中に響き渡る。彼が剣を向けた方には黒い霧が浮くだけだった。
「そうだ! 最初から全開で来い!」
返事はなく、斬撃が振るわれる。銀の剣と赤の剣がぶつかる。
ヘリオットは努めて冷静だった。ジュラルドは高揚を隠さなかった。
「教えてやろう! 吸血鬼にはそれぞれ血を基点とした固有能力があるが、俺に出来るのは剣を創り出すことだけだ」
ジュラルドの前方に黒い霧が集まる。
「……そんな戯言を信じると思うか?」
「それでいい! 敵の言葉など気にせず叩き切れば終わりだ!」
ジュラルドは高らかに笑う。
ヘリオットはまたも姿を消し背中へと斬りかかるが、体ごと剣を回して受けきられる。
「(膂力と反射神経は吸血鬼の方が上か……)」
「"霧になって消える"能力だと思っていたが、違うようだな」
その言葉に反応したように部屋中が黒い霧に覆われる。
「こんなところで負ける訳にはいかないからな。これで決めさせて貰う……」
その言葉は部屋中に反響した。
ジュラルドは目を閉じる。視界が使い物にならないと判断し、他の感覚に気を集中させる。
金属が落ちたときの高い音が、一定の間隔で部屋に響き渡る。剣を床か壁にぶつけているのだろう。
「目と耳を奪ったつもりか?」
そう言い放った瞬間、ジュラルドの左肩に深い切り傷が出来る。
「……ほう」
「腕ごと落とすつもりだったんだがな……」
銀の剣が多方面から連続して斬りかかってくる。ジュラルドは刃が当たる瞬間に体を動かして致命傷を避けていた。
次第に傷が浅くなっている。ヘリオットはそれに気が付くと姿を見せた。
「その黒い霧、気配を消すだけのようだな」
「……ああ」
能力を暴かれたことに警戒しているように返事をするが、それは嘘だった。
厳密には黒い霧の能力は"空気を乱す"ものである。対象との間に空気を介する光、音、風、すなわち視覚、聴覚、嗅覚を無力化している。しかし、触覚と味覚には影響が薄い。そのため、剣が当たった瞬間に避けられていたのだ。
霧の効果と吸血鬼と渡り合えるスピードが現れては消えるように見せていただけなのである。
ジュラルドは霧の中へ突っ込む。
一見悪手と思われるその行動は、ヘリオットには都合が悪かった。霧を操り先程と同様に攻められないことはないが、これだけの霧を張り続け、操作し、自身も動くには相当の体力を使う。僅かでも気を抜けばたちまち敗れるだろう。
早く決着をつけたいと思ってしまった。焦るように突きを繰り出す。
「どうやら、霧に触れていた方が気配が分かるようだ」
銀の剣は吸血鬼に掴まれた。赤い剣で袈裟切りにされるが、咄嗟に剣を放して後ろに跳ぶことで深手にはならなかった。
「芸はこれで終わりか?」
ジュラルドは持っていた剣を投げた。拾えということだろう。
「終わりにしてほしいか?」
剣を拾い、もう一方の手で払うような動作をする。部屋を覆う霧が全て消えた。
ヘリオットは剣を構え、真っ直ぐに斬りかかる。いとも容易く受けきられると大きく下がった。ジュラルドを中心に円を描くように回りながら時折先程の動作を行う。
ジュラルドはこちらの苛立ちを誘おうとしていると読んで、その場から動かなかった。この方が体力も温存できる。しかし、次第に周囲を駆け回る速度が上がっていることに気が付いた。刹那、気配を失った。
黒衣の剣士は左斜め前方から向かってくる。その体には黒い霧がまとわりついていた。吸血鬼の剣士は即座にそちらに向き直り迎え撃とうとする。が、遅い。
吸血鬼の剣士の右腕の肘から先が宙を舞う。右肩から腹まで深い切り傷を負っていた。
「俺の負けだ……。好きにするといい」
ジュラルドはその場に座り込み、頭を右に傾けて、首の左側を指で軽く数回叩く。首を飛ばせということだ。
「……今日は俺の勝ちだ。俺は殺すつもりで斬った。貴様は死ななかった、それだけだ」
ヘリオットはそれだけ言うと広い部屋を後にしようとする。
ジュラルドは左腕を拾いながら、彼の背中を見つめて高らかに笑いだす。
「次は俺が勝つ! それまで生きていろ!」
敗北者の叫びが部屋中に響き渡った。しかし、その言葉には悔いも、恨みも、悪意も感じられなかった。
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