ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

文字の大きさ
上 下
15 / 76
第1章

15話

しおりを挟む
「ここだ」

 ジュラルドはただただ広い部屋に黒衣の剣士ヘリオットを案内した。正方形でその四隅付近に柱があり、家具や置物の類いは何もなく、向こうの壁は剣くらいの太さに見えた。

「地の利も障害物も無い部屋か……」
「強者との闘いはその純粋な戦闘力で決着をつけるべきだ。そこには何物にも邪魔されてはいけない。違うか?」
「吸血鬼も"騎士道"なんて言葉を使うのか?」
「俺くらいだがな」

 ジュラルドは微笑を浮かべる。
 ヘリオットは剣を抜く。サイズは両手剣のそれだが片手で構える。
 ジュラルドも先程から持て余していた血の剣を持ち直すが構えは取らなかった。

「どこからでも斬りかかって来い」
「……大した自信だ」

 黒い霧のようなものがヘリオットを取り囲むように現れる。瞬間、霧を残してヘリオットが消える。
 ジュラルドは剣を自身の右側に振るう。刃物がぶつかる音が部屋中に響き渡る。彼が剣を向けた方には黒い霧が浮くだけだった。

「そうだ! 最初から全開で来い!」

 返事はなく、斬撃が振るわれる。銀の剣と赤の剣がぶつかる。
 ヘリオットは努めて冷静だった。ジュラルドは高揚を隠さなかった。

「教えてやろう! 吸血鬼ヴァンパイアにはそれぞれ血を基点とした固有能力があるが、俺に出来るのは剣を創り出すことだけだ」

 ジュラルドの前方に黒い霧が集まる。

「……そんな戯言を信じると思うか?」
「それでいい! 敵の言葉など気にせず叩き切れば終わりだ!」

 ジュラルドは高らかに笑う。
 ヘリオットはまたも姿を消し背中へと斬りかかるが、体ごと剣を回して受けきられる。

「(膂力と反射神経は吸血鬼ヤツの方が上か……)」
「"霧になって消える"能力だと思っていたが、違うようだな」

 その言葉に反応したように部屋中が黒い霧に覆われる。

「こんなところで負ける訳にはいかないからな。これで決めさせて貰う……」

 その言葉は部屋中に反響した。
 ジュラルドは目を閉じる。視界が使い物にならないと判断し、他の感覚に気を集中させる。
 金属が落ちたときの高い音が、一定の間隔で部屋に響き渡る。剣を床か壁にぶつけているのだろう。

「目と耳を奪ったつもりか?」

 そう言い放った瞬間、ジュラルドの左肩に深い切り傷が出来る。

「……ほう」
「腕ごと落とすつもりだったんだがな……」

 銀の剣が多方面から連続して斬りかかってくる。ジュラルドは刃が当たる瞬間に体を動かして致命傷を避けていた。
 次第に傷が浅くなっている。ヘリオットはそれに気が付くと姿を見せた。

「その黒い霧、気配を消すだけのようだな」
「……ああ」

 能力を暴かれたことに警戒しているように返事をするが、それは嘘だった。
 厳密には黒い霧の能力は"空気を乱す"ものである。対象との間に空気を介する光、音、風、すなわち視覚、聴覚、嗅覚を無力化している。しかし、触覚と味覚には影響が薄い。そのため、剣が当たった瞬間に避けられていたのだ。
 霧の効果と吸血鬼と渡り合えるスピードが現れては消えるように見せていただけなのである。
 ジュラルドは霧の中へ突っ込む。
 一見悪手と思われるその行動は、ヘリオットには都合が悪かった。霧を操り先程と同様に攻められないことはないが、これだけの霧を張り続け、操作し、自身も動くには相当の体力を使う。僅かでも気を抜けばたちまち敗れるだろう。
 早く決着をつけたいと思ってしまった。焦るように突きを繰り出す。

「どうやら、霧に触れていた方が気配が分かるようだ」

 銀の剣は吸血鬼に掴まれた。赤い剣で袈裟切りにされるが、咄嗟に剣を放して後ろに跳ぶことで深手にはならなかった。

「芸はこれで終わりか?」

 ジュラルドは持っていた剣を投げた。拾えということだろう。

「終わりにしてほしいか?」

 剣を拾い、もう一方の手で払うような動作をする。部屋を覆う霧が全て消えた。
 ヘリオットは剣を構え、真っ直ぐに斬りかかる。いとも容易く受けきられると大きく下がった。ジュラルドを中心に円を描くように回りながら時折先程の動作を行う。
 ジュラルドはこちらの苛立ちを誘おうとしていると読んで、その場から動かなかった。この方が体力も温存できる。しかし、次第に周囲を駆け回る速度が上がっていることに気が付いた。刹那、気配を失った。
 黒衣の剣士は左斜め前方から向かってくる。その体には黒い霧がまとわりついていた。吸血鬼の剣士は即座にそちらに向き直り迎え撃とうとする。が、遅い。
 吸血鬼の剣士の右腕の肘から先が宙を舞う。右肩から腹まで深い切り傷を負っていた。

「俺の負けだ……。好きにするといい」

 ジュラルドはその場に座り込み、頭を右に傾けて、首の左側を指で軽く数回叩く。首を飛ばせということだ。

「……俺の勝ちだ。俺は殺すつもりで斬った。貴様は死ななかった、それだけだ」

 ヘリオットはそれだけ言うと広い部屋を後にしようとする。
 ジュラルドは左腕を拾いながら、彼の背中を見つめて高らかに笑いだす。

「次は俺が勝つ! それまで生きていろ!」

 敗北者の叫びが部屋中に響き渡った。しかし、その言葉には悔いも、恨みも、悪意も感じられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...