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第1章
13話
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「ごちそうさま」
リュシールは口元を指で拭う。セレスタは袖を戻し、火照った身体のまま村に帰ろうとした。
「送ってくよ」
そう言いながら、セレスタの背中と膝の裏側を支えるように抱き上げる。
「……一人で歩ける」
「セリィは本当に強がりだなあ」
「勝手に変なあだ名で呼ばないで」
「可愛いのに。あ、最初に会った時も言ったけどわたしのことリューって呼んでもいいよ」
「呼ばない」
文句を言いながらも大人しく村まで連れて帰ってもらった。暖かい腕の中で微睡みに包まれそうになる。
「着いたよ」
その声で意識が戻る。リュシールは足の方から優しく降ろしてくれた。その姿は姫というより王子のようだった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
リュシールはすぐに森の奥に消えるかと思ったが、境界の外で立ち止まったままセレスタを見つめている。
「一緒に戦うって言ってくれて嬉しかったよ」
「最初から計画通りなんでしょ」
「本当のことを言うとね、最初はただ利用するだけのつもりだった……」
セレスタは拳を握った。リュシールがまた語り始めたので、彼女の頬に拳をぶつけるのを待った。
「確かに、"光"があったから君を見つけられた。一緒に戦ってくれれば心強いと思った。けど、今は利用するつもりなんて無い。闇に住まう化け物が、一人の人間に惹かれただけ。リュシール・エルディラ・ソート・ヴァン・パールバートはセレスタ・ラウが好きだ。これだけは信じてほしいな」
「……っ!」
セレスタが返事をしようとすると、リュシールが口元に人差し指で軽く触れる。
「もう遅いから。お休み、セリィ」
彼女は森の中へと消えた。
セレスタの頬には涙が伝っていた。それが悲しいのか、悔しいのか、はたまた別の理由なのかは自身にも分からなかった。
それから何事もなく数日が経った。今日は『血の奉納』の日だ。アグノという青年とロサという少女の番らしい。
セレスタは教会の地下室から有益な魔術書を探す作業で毎日を過ごしていた。フェルツ曰く、
「付け焼き刃でも選択肢は一つでも多い方が良い」
とのことだ。いくつか見たことない、実戦で使用できそうな魔術に目星をつけていた。後でフェルツと情報を共有するつもりだ。
しかし、いまいち集中が続かなかった。寝ても覚めても彼女のことを意識してしまう。あの時、彼女が最後にぶつけてきた言葉を本気だと信じてしまっている。もしも嘘だとしたら彼女の演技力をこのようなところで腐らせるのは勿体無いと思えるほどに。
「……なんで、私が」
狭くて暗い部屋に独り言が響く。今日はまだ四冊しか読めていない。
天井から光が射し込む。
「セレスタ、お疲れ。今日は奉納だから夕食少し遅くなるが良いか?」
「大丈夫です」
「あと、そろそろ連絡が来るはずだ。覚悟しとけ」
フェルツはさっぱりとした様子で地下室を後にした。
「先輩は凄いなぁ……」
そう呟くと新しい本を開く。魔術で維持している光がぼやけてきた。疲労が貯まってきているのだろう。
「……セレスタ!」
フェルツが肩を揺する。またやってしまったようだ。
「お疲れのとこ悪いが、そろそろ行くぞ」
境界にはリュシールとラシェルが待っていた。その後ろには黒衣の剣士が木を背に預けて立っていた。
「……あの時の!」
セレスタは思わず声をあげる。リュシールは簡潔にあの夜の事を説明した。
「というわけで、彼も協力してくれるって」
「ふん、俺達を止めたときにここまで見越していたんだろう」
「ジュラルドと決着つけたいでしょ?」
「貴様らを手伝う気はないが」
「十分だよ」
ほぼ生身で吸血鬼と渡り合える人間の参戦は心強い。目的も素性も不明な男だが、戦力差が埋められるなら何でも良い。その場の総意だった。
「じゃあ、行こうか」
リュシールが森の奥へと進む。他の四人はその後ろをついていく。魔術師二人は自らに『身体強化』を唱える。セレスタはさらに左手に大技を書き貯めておく。
先頭を歩くリュシールが足を止める。すると、彼女の前に吸血鬼が姿を現した。
「やっほー」
「オフィリア、どうだった?」
「凄いよ。みんなピリピリしてる。こっちがシビれそうだ」
オフィリアという吸血鬼は子供のような口調で話す。
「わたしたちを迎え撃つという体勢か?」
「まあ、そんな感じかな。二人が抜け出したのに気づかないフリしてるように見えたね」
「そうか、それだけ分かれば十分だよ。ありがとう」
「どういたしまして。本当は君たちみんなに観測用の卷属を付けたいんだけど」
「ダメだ」
リュシールより先にラシェルが反対した。オフィリアは小バカにするような笑いをする。
「せいぜい『不死の軍隊』の計画阻止頑張ってね。事の顛末は見届けてあげる」
と吐き捨てて、木々を飛び移ってどこかへと消えた。
リュシールは口元を指で拭う。セレスタは袖を戻し、火照った身体のまま村に帰ろうとした。
「送ってくよ」
そう言いながら、セレスタの背中と膝の裏側を支えるように抱き上げる。
「……一人で歩ける」
「セリィは本当に強がりだなあ」
「勝手に変なあだ名で呼ばないで」
「可愛いのに。あ、最初に会った時も言ったけどわたしのことリューって呼んでもいいよ」
「呼ばない」
文句を言いながらも大人しく村まで連れて帰ってもらった。暖かい腕の中で微睡みに包まれそうになる。
「着いたよ」
その声で意識が戻る。リュシールは足の方から優しく降ろしてくれた。その姿は姫というより王子のようだった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
リュシールはすぐに森の奥に消えるかと思ったが、境界の外で立ち止まったままセレスタを見つめている。
「一緒に戦うって言ってくれて嬉しかったよ」
「最初から計画通りなんでしょ」
「本当のことを言うとね、最初はただ利用するだけのつもりだった……」
セレスタは拳を握った。リュシールがまた語り始めたので、彼女の頬に拳をぶつけるのを待った。
「確かに、"光"があったから君を見つけられた。一緒に戦ってくれれば心強いと思った。けど、今は利用するつもりなんて無い。闇に住まう化け物が、一人の人間に惹かれただけ。リュシール・エルディラ・ソート・ヴァン・パールバートはセレスタ・ラウが好きだ。これだけは信じてほしいな」
「……っ!」
セレスタが返事をしようとすると、リュシールが口元に人差し指で軽く触れる。
「もう遅いから。お休み、セリィ」
彼女は森の中へと消えた。
セレスタの頬には涙が伝っていた。それが悲しいのか、悔しいのか、はたまた別の理由なのかは自身にも分からなかった。
それから何事もなく数日が経った。今日は『血の奉納』の日だ。アグノという青年とロサという少女の番らしい。
セレスタは教会の地下室から有益な魔術書を探す作業で毎日を過ごしていた。フェルツ曰く、
「付け焼き刃でも選択肢は一つでも多い方が良い」
とのことだ。いくつか見たことない、実戦で使用できそうな魔術に目星をつけていた。後でフェルツと情報を共有するつもりだ。
しかし、いまいち集中が続かなかった。寝ても覚めても彼女のことを意識してしまう。あの時、彼女が最後にぶつけてきた言葉を本気だと信じてしまっている。もしも嘘だとしたら彼女の演技力をこのようなところで腐らせるのは勿体無いと思えるほどに。
「……なんで、私が」
狭くて暗い部屋に独り言が響く。今日はまだ四冊しか読めていない。
天井から光が射し込む。
「セレスタ、お疲れ。今日は奉納だから夕食少し遅くなるが良いか?」
「大丈夫です」
「あと、そろそろ連絡が来るはずだ。覚悟しとけ」
フェルツはさっぱりとした様子で地下室を後にした。
「先輩は凄いなぁ……」
そう呟くと新しい本を開く。魔術で維持している光がぼやけてきた。疲労が貯まってきているのだろう。
「……セレスタ!」
フェルツが肩を揺する。またやってしまったようだ。
「お疲れのとこ悪いが、そろそろ行くぞ」
境界にはリュシールとラシェルが待っていた。その後ろには黒衣の剣士が木を背に預けて立っていた。
「……あの時の!」
セレスタは思わず声をあげる。リュシールは簡潔にあの夜の事を説明した。
「というわけで、彼も協力してくれるって」
「ふん、俺達を止めたときにここまで見越していたんだろう」
「ジュラルドと決着つけたいでしょ?」
「貴様らを手伝う気はないが」
「十分だよ」
ほぼ生身で吸血鬼と渡り合える人間の参戦は心強い。目的も素性も不明な男だが、戦力差が埋められるなら何でも良い。その場の総意だった。
「じゃあ、行こうか」
リュシールが森の奥へと進む。他の四人はその後ろをついていく。魔術師二人は自らに『身体強化』を唱える。セレスタはさらに左手に大技を書き貯めておく。
先頭を歩くリュシールが足を止める。すると、彼女の前に吸血鬼が姿を現した。
「やっほー」
「オフィリア、どうだった?」
「凄いよ。みんなピリピリしてる。こっちがシビれそうだ」
オフィリアという吸血鬼は子供のような口調で話す。
「わたしたちを迎え撃つという体勢か?」
「まあ、そんな感じかな。二人が抜け出したのに気づかないフリしてるように見えたね」
「そうか、それだけ分かれば十分だよ。ありがとう」
「どういたしまして。本当は君たちみんなに観測用の卷属を付けたいんだけど」
「ダメだ」
リュシールより先にラシェルが反対した。オフィリアは小バカにするような笑いをする。
「せいぜい『不死の軍隊』の計画阻止頑張ってね。事の顛末は見届けてあげる」
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