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第1章
11話
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セレスタとジェロームが戦っていたのと同じ時間、二人の強者が剣を交わしていた。
吸血鬼の剣士ジュラルドは連続で切斬り込んでいくが、黒い剣士はそれを全て受けきっている。
「やるじゃないか! 人間!」
ジュラルドは大きく後ろに下がり剣を捨てる。攻め込んでいるのは自分だが、相手のペースに誘い込まれていることを理解したのだ。そして右手の手刀で自らの左手の手のひらを貫き、流れ出た血から大剣を創り出した。
「少しは楽しめそうだ」
その言葉に反応して黒い剣士はジュラルドを睨みつける。
「……同感だ」
刹那、双方の姿が消え、金属がぶつかり合う音だけが森に響き渡る。斬り合いが十回ほど行われた後、二人が姿を現す。それぞれの両手首には赤い鎖が巻き付いていた。
「双方控えよ! 我らが領地で不遜な行いは何人たりとも許さない!」
鎖の先の闇からリュシールが姿を見せた。吸血鬼の剣士は驚きの表情を隠せずにいる。一方で黒い剣士は怒りと不満の混じったような顔をして吸血鬼二人を見比べる。それを見たリュシールは申し訳なさそうに話を切り出す。
「部下が迷惑かけました。『黒衣の剣士』さん、ここは吸血鬼の姫リュシール・パールバートに免じて手打ちにして貰えないでしょうか?」
黒い剣士は吸血鬼たちに背中を見せる。リュシールは彼の手首の鎖を外す。彼女の言葉や態度は非を認めるようなものだが、実際は脅しだ。ここでジュラルドとの戦闘を続けても、一人で二人を相手にすることになりすぐに殺されてしまうだろう。先程瞬時に二人の猛者の手首を抑えた動きを見るとリュシール一人でも難しいのかもしれなかった。
「貴様との決着はいずれまた……」
「望むところだ、人間。ああ、名乗り忘れていたな。ジュラルド・エルディラ・ナハク・ウィームスだ」
「……ヘリオットだ」
互いに名前を告げるとヘリオットは森に消えた。
「……ヤツとは近々再戦出来そうだ」
「何かっこつけてるんだよ。真名まで言って」
リュシールはジュラルドの手首に繋がったままの鎖を引っ張りながら言った。
「説明して貰おうか」
「ちっ……。エレッタのやつ、しくじったのか」
「エレッタならやけにそわそわしながら、いつも以上にわたしに付きまとうから眠ってもらったよ。森に落ちてたこのロザリオのこと含めて全部話せ」
ジュラルドは魔術師抹殺の命令のことを洗いざらい話す。それをヴァルドーが下したことも。
「……お父様が彼女を?」
「ああ、計画の邪魔になるんだとよ」
ジュラルドは『計画』と言った後に慌てて口を塞ぐが、大体の事を知っているので驚かない。
「もういい、館へ戻れ」
ジュラルドの鎖を解き、森の先に続く魔力の痕跡を辿ってセレスタの元へ向かった。
まだ姿は見えないが、セレスタにはリュシールが近づいているのが感じられた。魔力やそれに関わる力が以前よりも強くなっている。これが白紙の本によるものだと薄々感づいていた。フェルツは最初、白紙の本のことに触れたにも関わらず組手の後は関心を無くしたような素振りだった。
その本が自分に力を与え、それには何かしらのデメリットもあると考えるのが最も自然だろう。
「セレスタ」
背後から声をかけられる。彼女のことを名前で呼びたくなったが、声が出なかった。
「……」
「無事だったんだね、良かった」
リュシールは心から心配したというような表情をしている。今にも泣き出しそうだ。
「それにしても、また強くなった?」
やはり気づいていたようだ。何を言及されるか分かったものではない。
「無茶しないでね……」
またも心配するようなことを言い出し、セレスタのペースは完全に狂いだす。
「……姫様、そろそろ」
リュシールが来てから無言を貫いていたラシェルが重そうな何かを持っているように口を開いた。恐らく以前話そうとしていたことだろう。リュシールは小さく咳払いをする。セレスタは唾を飲み込む。
「"歩く死者"って知ってる? "ゾンビ"とか"アンデッド"とか呼ばれたりするやつ。人間の死体に手を施して動かしたものらしい」
「本で読んだことはあるわ。私が読んだのには"ゾンビ"って書いてあったけど」
「お父様……、吸血鬼の王ヴァルドーはそれを創る計画をしてるんだ」
セレスタは全くと言っていいほど驚かなかった。存在自体が伝説級である吸血鬼という存在と当たり前に関わっているのだから無理もない。
「それを止めようとしているの?」
「そう、それを手伝ってもらいたいんだ。無限の軍隊なんか存在させる訳にはいかない。あんなのは生命に対する侮辱だ」
まるで人間のような理由だ。吸血鬼も倫理や哲学という概念的なものに突き動かされるらしい。その言葉には熱があった。
セレスタはその正義感と熱意に突き動かされる。何より、先輩や村人たちのこともある。
「詳しく聞かせて。貴女たちの知ってることを全て」
それまでリュシールの背後で二人の会話を聞いていたラシェルが前に出てきた。
吸血鬼の剣士ジュラルドは連続で切斬り込んでいくが、黒い剣士はそれを全て受けきっている。
「やるじゃないか! 人間!」
ジュラルドは大きく後ろに下がり剣を捨てる。攻め込んでいるのは自分だが、相手のペースに誘い込まれていることを理解したのだ。そして右手の手刀で自らの左手の手のひらを貫き、流れ出た血から大剣を創り出した。
「少しは楽しめそうだ」
その言葉に反応して黒い剣士はジュラルドを睨みつける。
「……同感だ」
刹那、双方の姿が消え、金属がぶつかり合う音だけが森に響き渡る。斬り合いが十回ほど行われた後、二人が姿を現す。それぞれの両手首には赤い鎖が巻き付いていた。
「双方控えよ! 我らが領地で不遜な行いは何人たりとも許さない!」
鎖の先の闇からリュシールが姿を見せた。吸血鬼の剣士は驚きの表情を隠せずにいる。一方で黒い剣士は怒りと不満の混じったような顔をして吸血鬼二人を見比べる。それを見たリュシールは申し訳なさそうに話を切り出す。
「部下が迷惑かけました。『黒衣の剣士』さん、ここは吸血鬼の姫リュシール・パールバートに免じて手打ちにして貰えないでしょうか?」
黒い剣士は吸血鬼たちに背中を見せる。リュシールは彼の手首の鎖を外す。彼女の言葉や態度は非を認めるようなものだが、実際は脅しだ。ここでジュラルドとの戦闘を続けても、一人で二人を相手にすることになりすぐに殺されてしまうだろう。先程瞬時に二人の猛者の手首を抑えた動きを見るとリュシール一人でも難しいのかもしれなかった。
「貴様との決着はいずれまた……」
「望むところだ、人間。ああ、名乗り忘れていたな。ジュラルド・エルディラ・ナハク・ウィームスだ」
「……ヘリオットだ」
互いに名前を告げるとヘリオットは森に消えた。
「……ヤツとは近々再戦出来そうだ」
「何かっこつけてるんだよ。真名まで言って」
リュシールはジュラルドの手首に繋がったままの鎖を引っ張りながら言った。
「説明して貰おうか」
「ちっ……。エレッタのやつ、しくじったのか」
「エレッタならやけにそわそわしながら、いつも以上にわたしに付きまとうから眠ってもらったよ。森に落ちてたこのロザリオのこと含めて全部話せ」
ジュラルドは魔術師抹殺の命令のことを洗いざらい話す。それをヴァルドーが下したことも。
「……お父様が彼女を?」
「ああ、計画の邪魔になるんだとよ」
ジュラルドは『計画』と言った後に慌てて口を塞ぐが、大体の事を知っているので驚かない。
「もういい、館へ戻れ」
ジュラルドの鎖を解き、森の先に続く魔力の痕跡を辿ってセレスタの元へ向かった。
まだ姿は見えないが、セレスタにはリュシールが近づいているのが感じられた。魔力やそれに関わる力が以前よりも強くなっている。これが白紙の本によるものだと薄々感づいていた。フェルツは最初、白紙の本のことに触れたにも関わらず組手の後は関心を無くしたような素振りだった。
その本が自分に力を与え、それには何かしらのデメリットもあると考えるのが最も自然だろう。
「セレスタ」
背後から声をかけられる。彼女のことを名前で呼びたくなったが、声が出なかった。
「……」
「無事だったんだね、良かった」
リュシールは心から心配したというような表情をしている。今にも泣き出しそうだ。
「それにしても、また強くなった?」
やはり気づいていたようだ。何を言及されるか分かったものではない。
「無茶しないでね……」
またも心配するようなことを言い出し、セレスタのペースは完全に狂いだす。
「……姫様、そろそろ」
リュシールが来てから無言を貫いていたラシェルが重そうな何かを持っているように口を開いた。恐らく以前話そうとしていたことだろう。リュシールは小さく咳払いをする。セレスタは唾を飲み込む。
「"歩く死者"って知ってる? "ゾンビ"とか"アンデッド"とか呼ばれたりするやつ。人間の死体に手を施して動かしたものらしい」
「本で読んだことはあるわ。私が読んだのには"ゾンビ"って書いてあったけど」
「お父様……、吸血鬼の王ヴァルドーはそれを創る計画をしてるんだ」
セレスタは全くと言っていいほど驚かなかった。存在自体が伝説級である吸血鬼という存在と当たり前に関わっているのだから無理もない。
「それを止めようとしているの?」
「そう、それを手伝ってもらいたいんだ。無限の軍隊なんか存在させる訳にはいかない。あんなのは生命に対する侮辱だ」
まるで人間のような理由だ。吸血鬼も倫理や哲学という概念的なものに突き動かされるらしい。その言葉には熱があった。
セレスタはその正義感と熱意に突き動かされる。何より、先輩や村人たちのこともある。
「詳しく聞かせて。貴女たちの知ってることを全て」
それまでリュシールの背後で二人の会話を聞いていたラシェルが前に出てきた。
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