ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第1章

10話

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 ロザリオを外したことで動きは速くなるが場所が知られるリスクもある。セレスタはこのまま逃げ切るのは不可能だと判断していた。倒すとはいかないまでも、追ってこれないようにしなければこちらの体力が尽きるだろう。
 しばらく攻撃を避けながら走り続けていると、相手はつかず離れずの距離を保ちながら追っているような気がした。

「……」

 息を殺して少し広くなった場所に立ち止まる。手は休めないで術式を構築しておく。斜め上四方向からの飛び道具を一回転して全てはたき落とす。そのまま手のひらを地面に置く。

土の壁トル・バーツ

 周囲の土が隆起しセレスタをドーム状に囲う。身動きは取れないが防御力が高い魔術だ。

「この程度の壁で守ったつもりかよ!」

 ジェロームは土の壁の前に立ち、自らの牙で指を傷つける。小さな傷だが血があふれ出て手を覆い、刃物のようになった。その手で土の壁に攻撃する。穴はあかなかったが大きく削れた。おそらくもう一撃で壊れるだろう。

「壊した瞬間に大技叩き込もうってハラだろ。分かってんだよ!」

 そう言いながら二撃目を放つ。

「何だこれは!?」

 壁の中には誰も見当たらなかった。光る糸がとぐろを巻いた蛇のように地面に置かれているだけだった。
 糸はジェロームに襲いかかるが、手の一振りで落とされ消滅した。すると、ジェロームを囲うように土が盛り上がる。

「こんなもんに捕まるかよ!」

 土の壁は中に何も無いまま完成した。

「つまんねぇ時間稼ぎはよせよ! いるのは分かってんだよ!」
「そのつまらない時間稼ぎに引っかかってくれてありがとう」

 ジェロームの声にセレスタは初めて応える。ジェロームの口角が下がった。

「追い詰めることが好きなようだけど、追い詰められるのは初めて?」

 ジェロームは声の方向に血から創りだした刃物を投げる。しかし、当たった様子はなく、木に刺さったような音がしただけだった。ジェロームにはすでにセレスタがどこにいるかも分からなかった。一定方向にあるはずの魔力が感じられない。いや、前後左右全てから感じられるのだ。
 ジェロームの背後から炎が襲う。音が聞こえてから回避動作に入ったが何とか避けた。その後もあらゆる方向から炎が飛んできた。

「クソっ、どうなってやがる!?」

 開けた場所から逃げようと木に飛び移ったが、何重にも張り巡らされていた透明の糸が絡まった。

「バカな、俺が人間ごときに……」
炎の咆哮エル・ランザート!」

 身動きが取れなくなったジェロームを炎系最強の魔術が狙う。糸を振り払って逃げようとするが、広範囲の炎は吸血鬼の身を焼いた。




「お見事~」

 セレスタの背後から賞賛と拍手が送られてくる。

「防御に徹して時間を稼いで、視覚に影響する魔術を張って場所を悟られないようにする。小規模の攻撃を繰り返して、糸を張り巡らせておく。そして、外に出ようとしたら糸で動けなくなるから大技でトドメ。……こんな感じかな?」

 突如現れて一方的に喋り出す吸血鬼ヴァンピレスにセレスタは何も答えない。

「その無言は肯定と受けとるよ。それにしても、本当に先輩より強いんじゃないかな」
「もしかして、あなたがフェルツ先輩と通じている吸血鬼?」
「そうだよ、ラシェルって呼んでいいよ」

 ラシェルと名乗る吸血鬼はフェルツの頼みでセレスタを見張っていたことを告げた。そして、今回の襲撃は吸血鬼の王ヴァルドーが直接下した命令だということも。

「じゃあ、これからも吸血鬼の追っ手が来るってこと……?」
「だろうね。まあ、そこは姫様と相談して何とかしましょ」

 リュシールもここへ向かっているのだろうか。
 セレスタは結果的とはいえ、自分を助けてくれた黒い剣士のことを思い出し、彼のところへ向かおうとした。

「大丈夫、あっちももう終わったから。もちろん誰も死んでないよ。というか、行かない方がいい」 

 ラシェルは強く制止した。  セレスタはそれに従うことにした。最後の「いかない方がいい」の言い方に妙に力が入っていたからだ。
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